最近、印刷物見積りに関する各地のセミナーで、印刷サンプルを見せて参加者にプリプレス工程に限った見積りをやらせたという話しを聞いた。900人弱の見積り結果は、極端な違い(最低金額と最高金額で20倍)は別にして、金額範囲として2万円台〜4万円台が多くその範囲内において倍以上の差があったという。最近では、プリプレスの技術が変わってその算出の仕方がわかりにくくなってきたといわれるが、上記のような違いはプリプレス以外では起きないのだろうか。
別の事例として、ある印刷会社で社長、専務、営業部長に、同社が普通に扱っている20ページ程度の団体機関誌を見積もってもらったことがある。その結果、金額は3者3様で、安い価格は20万円弱、高い価格は30万円近いというものであった。決して、プリプレスの仕様が複雑なものではないし、しかも定期的に扱っている印刷物である。にもかかわらず、幹部でさえ見積り金額が3割〜5割も違っていたということである。読者諸氏の会社でも是非一度やって見てもらいたい。
見積りといえば、顧客に対してどの程度の価格になるかを事前に提示するものである。しかし、明確な形をとるか否かは別にして、ほとんどの場合、なんらかの社内標準に基づいて試算した上で出しているはずである。後者の見積りは「社内事前見積り」とでも呼ぶのだろうが、顧客へ提出する見積りとの混同を避ける意味で「社内基準売価」と呼ぶことにする。
見積りの問題を考えるときには、「社内基準売価」と顧客に提出する「見積り」とを区別して考えておかないと、議論が混乱する。そこで、まず最初に、より単純な社内基準売価について考えてみよう。
先に述べたように、社内基準売価は顧客に提出する前に製品仕様に基づいて社内で決められた単価を使って計算をするものである。単価に数量や工数を掛け合わせて算出する。
単価としては、製造原価、仕切価格(生産部門が社内営業部門に売り渡す価格)、売価(顧客への提示価格)のいずれでもよいが(「印刷見積りの難しさ」(2003/02/12)参照)、いずれにしても社内で決めた標準値を使うことになる。
製造原価であれば、販売一般管理費と会社全体の利益を含めたマージン率、社内仕切価格であれば、営業部門の経費、営業部門への管理費配布分、および営業部門の利益を含めたマージン率を決めておいて、製品仕様を元に製造原価あるいは社内仕切価格を使って数字を出し、それにそれぞれのマージン率を掛けて社内基準売価を計算する。顧客に提出する見積りはこれを元に作ることになる。
「見積り」における第一の問題点は、この社内基準売価の算出にある。それは、ひとつの会社の営業マン全員があるひとつの製品について社内標準売価を計算したときに、どの営業マンの金額も同じになるか?ということである。少なくと、会社の幹部でも、3者3様の金額をはじき出すという事実がある。
問題は、何故、そのようなことが起きるのかである。多くの場合、「営業マンの勉強不足」あるいは「営業マンに対する見積もり教育不足」だと考えるようだが、本当にそうなのだろうか? もしそうだとして、どの部分が勉強不足だというのだろうか? 良く言われるのは、必要な見積り項目を落してしまうということだが、本当にそれだけなのだろうか?もし、項目の見落としであればそれほど頻繁には起こらないだろうし、上記の例のように3人で見積った結果が3者3様になったり、20万円〜30万円の仕事で10万円もの差が出るようなことはあまり起こらないのではないだろうか。
社内基準売価が3社3様になったり、3割〜5割も違ってしまう要因として考えられるのが、どのような工程、機械、材料、やり方で物を作るかという手順計画(「工程管理をするために必要な要素(2003/05/29)」参照)の違いである。
例えば、上質紙で、A4,32ページ、中綴じ、3000部の印刷をするとき(ケース1)の刷版、印刷、製本加工(折り、綴じ)代を計算することを考えてみよう。手順計画のひとつの内容は、半裁での印刷を考えるか全版での印刷を考えるかということである。半裁か全版かによって、刷版工程では焼き付け基本料、板代、面付料が異なるし、印刷、製本では台数が異なるので、算出される価格は相当異なるはずである。公表されている印刷料金表で、刷版、印刷、折り、綴じ料金のみを計算してみると、半裁と全版での印刷では低い料金に対して約6割の価格差が出る。条件によっては、ドンテンにするかしいなかということも考慮されるから、それによっても算出される金額には差が出ることになる。
上記の例が1000冊の場合(ケース2)、品質に関する判断があった上で、使用する版をアルミPS版にするかダイレクト製版にするかが選択されることになるだろうが、手順計画の内容項目がひとつ増えることになる。一応、ダイレクト製版で行うとして、今度は四裁での印刷と半裁での印刷で計算すると倍近くの差が出る。プリプレスに関しては、刷版以降の工程以上に手順計画に差が出るはずである。
このように、手順計画が異なれば大きな社内基準売価の差が出るということだから、自社の営業マンの全てが「社内基準売価」の算定において同じ金額を算出できるようにするためには、各製品仕様に対して標準手順が設定されていて、それが営業マンに徹底されていることが不可欠であるということである。上記の2つの例で見れば、PS版かダイレクト製版かを判断する品質基準と境界部数の設定、ページ数と部数との関係におけサイズやドンテン等の扱いに関する標準ということになる。
このような標準は各社で明確に設定され、営業マンに周知徹底されているのだろうか? 言い換えると、もし標準手順が設定されているならば、かなりの項目については製品仕様を入力すれば自動的に社内基準売価を算出するコンピュータシステムができるはずである。しかし、そのようなシステムを作って運用している企業がどれだけあるのだろうか?もう一度断っておくが、これは顧客に提出する見積り金額ではなく、あくまで社内基準売価の算出においてのことである。
この点について、「我社においては営業マンによる上記のような違いはない」という声が聞こえてきそうだが、まずは単純なケースからやや複雑なケースについて実際に調べてみることをお勧めする。もちろん、印刷サイズと刷版の選択だけのことではない。また、「現実にはいろいろなことがあるから理屈どおりにはいかない」といった声もありそうだが、自社の営業マンの社内基準売価がバラバラなのに料金問題や利益が出る出ないといったことを云々できるのだろか?
考えるべき第2の点は、例えば自社に半裁の印刷機しかないときに、ケース1の場合の金額算出に、金額としては高くなる半裁で計算するのか、あるいは全版で計算するのかといことである。普通は全版での計算になるだろうが、もし全版をベースとした金額で受注をして実際には自社で半裁で生産すれば利益が出ないかもしれない。したがって、この場合には、外注を前提として全版で計算することになるだろう。言い換えると、手順計画には社内生産と外注の基準を盛り込んでおくことが必要ということである。
上記の第2の点は、顧客への見積もり金額として、果たして業界の「標準価格」なるものが有り得るのか、という第3の問題点に繋がってくる。
顧客から見れば、必要な製品仕様のものが出来たときに生産方式が異なるから価格が違うということは納得できない。2色の印刷を、初版では2色機で印刷したが再版では単色機で印刷したから倍の値段を払ってくれ、といって了承する顧客はいないはずである。それでは、顧客はどのような価格ならば納得するのだろうか?
上記のケース1で、もし、日本全国で上記で計算したふたつの生産方式しかない場合には、業界「標準」は両者の「平均」になるのだろうか。標準がそのようなものだとすると、現実を元に考えたとき、果たして標準を設定することができるのだろうかと疑問に思わざるを得ない。先のケース1で、別の生産方式(ダイレクト版での印刷等)で顧客の要望を満たす印刷会社があれば、それを含めた標準値としての平均値を出すことになるだろうが、生産方式はいろいろあるからいったいどれだけの手順計画の範囲を含めれば「標準」として「妥当」な「平均値」が得られるのだろうか?
また、先の計算はあくまでも公表されている料金表の単価をもとに計算したものである。しかし、例えば半裁の印刷機であっても、各社の設備の性能、償却額、作業者の労務費、作業能率は異なるから、標準値は各社で異なるはずである。これは「通し単価」のような「単価」の違いとなり結果として売価の違いになる。
さらにいえば、「平均値」だから印刷価格として「妥当」と言えるのだろうか?という問題がある。印刷会社側から見ると、平均値から設定した「標準」は、ある会社から見れば安値であり、ある会社から見れば高値になる。一方、顧客側から見ると、「平均値」ではなく、さまざまな生産方式、つまり手順計画のなかで最も安くできる作り方(もちろん利益が出るという前提である)に基づく価格を「妥当」と思うかもしれない。
ある時点の技術的状況下において、単価を同一としたときに最も安く作る生産方式、最も合理的な生産方式、手順計画を選択することは可能かもしれない。ただし、個別の印刷会社単位で見れば、ある製品仕様に対して、ある工程では最も合理的な生産ができるが、それ以外の工程ではコスト高になってしまうということが普通だろう。だからといって、工程単位で最も合理的と思われる生産方式の会社に外注して物を作ることが、全体として最良だとは思えない。
JAGATの塚田益男最高顧問は、その著書の中でPricingとCostingという思想を元に、印刷物生産のコストと印刷価格との関連を論じ、社内仕切価格を営業と生産現場の共通の物差とする管理手法について提言している。
1985年にJAGTから発行した「印刷経営のビジョン」における記述の中から、上記の第2点、第3点に関連する見解の要点を以下にピックアップする。
・ 印刷物仕様は非常に多様だが、その一つひとつに最も適した印刷方法はある。しかし、品質基準に関しては、各社が自社の作業上の技術基準は持ってはいるができあがった印刷物の品質基準などあるはずはない。
・ 印刷企業から見ると「社内原価+α=見積り料金」であることに越したことはないが、見積りには常に「市況価格」が意識されていなくてはならない。
・ ただし、ここでいう市況価格とは、競争でこなれた価格のことをいうのではない。印刷は1品生産オーダーメイドだから、原則として1点1点に競争でこなれた価格が存在することはない。だから、正当な価格水準というものは専門家による常識しか頼るものがない。
・顧客が求めているものはコストではないことに留意すべきである。顧客が求めるものは、よい印刷物を得る満足である。
・価格競争による受注量確保と、非価格競争力による利益の確保と、この矛盾したふたつの仕事をバランス良く両立させることがセールスマンの任務である。そして、この両者を両立させるものが得意先との間の信頼感である。
本稿で考えてきた3点の中で、第2点、第3点についてJAGATとして塚田最高顧問の見解以上に述べることはない。ただし、賛否いろいろな意見がありそうである。 以上、縷々述べてきたが、本稿のテーマにおける第1の問題点として掲げた「社内におけるある製品仕様単位での手順計画標準化の必要性」への異論はないのではないかと思う。
2003/06/25 00:00:00