コンテンツは記号としての数値「データ」からコンテクストを有する「作品」に移行するにつれ、単一のメディアへの依存性が高まってゆく。データコンテンツ(統計数値、分類項目、等)→情報コンテンツ(インフォメーション、ニュース、レポート、事典、等)→作品コンテンツ(小説、エセエ、映画、等)というステップで高まっていくのである。
データは記号でありそのままでは意味を持たない。その為それを純粋なソースとして様々なメディアの中で様々な形に加工処理することが可能である。
反して作品には作者の意思があり他者による加工処理に適さない。例えば映画は、そもそも劇場空間という暗室の中の巨大なスクリーンに投影され見られることを前提に創られている。小説は、そもそも書(ないしは雑誌という綴じられた本の形式の中で読まれることを前提に創られている。
(その意味では、現在のデジタルメディア上での読書、即ち「紙の本」の置き換えを目指す「電子書籍」の流れは、過渡的なものかもしれないが同時に、整合性を持ち定着する可能性もあるのである。)
これを裏返せば、メディアそれぞれの持つ特性を活かす形で「作品」コンテンツの表現形態、表現手法が集約されていくことが望ましいあり方なのだと言える。
となると、本を目指して書き上げられた「小説」と呼ばれる作品、「コミック」と呼ばれる作品は、いずれはWebを目指して書き上げられた、「小説」「コミック」とは別の呼び名で呼ばれることになるかもしれない作品と、棲み分けていくことになるかもしれない。
実際にWeb、携帯メディアでは、当初より文字情報が独自に配信されてきた。既にインディペンデントな別のメディアとして成熟してきているのである。
しかし一方で、ワンソース・マルチユースという言葉に象徴されるように、一旦デジタル化されたコンテンツが様々なメディアに配信されるクロスメディアの環境構築が徐々に進んできている。紙への配信を前提とした「文字」も今やDTP処理は当り前となり、XML化をはじめとして多メディア配信を容易にする形式化が進展していっている。
また映像は圧縮技術の発展とネットワークのブロードバンド化の急速な定着により、既存のメディアとは違うメディアへも当り前のように配信されるようになってきた。その状況はもはや驚きを伴ったものではなく、日常の一部になってきてさえいる。テレビ、映画館、街頭大型ビジョン、Web、携帯、PDA、……それらを通して映像がメディアの境界を越えてワンソース・マルチユースされていく有り様は、「これがクロスメディア活用である」と敢えて説明する必要もないほどに実現され始めている。
しかしこのマルチユースの中身はほとんどが付帯的な2次活用なのである。映画に代表されるビデオ、DVD等パッケージメディアへのある種のダウンサイジング化による定着を除けば、プロモーション、宣伝活動、ないしは付加サービスの枠の中の越境であり、自立したメディアビジネスのモデルとはなかなかなり得ていない。
その流れで見れば、文字コンテンツも、特にWeb上でのPDF配信に象徴される「後掲載」される形でのワンソース・マルチユース化は進んできていたのである。
そして、かつてよりあった出版の上製箱入→並製→文庫→……というダウンサイジングによる2次利用、3次利用の流れもワンソース・マルチユースの発想であったと言える。印刷会社がこのアナログによるマルチユースの実現を支えていたのである。
しかしこの発想のそもそもは、クロスメディアの環境を前提としたものであった。DB(データベース)に一旦収納したデジタルコンテンツを手動ないしはオートマティックに多メディアに向け的確に再編集し、配信し分けていくことにあった。それによりデジタルであることのメリット――劣化しない、変形が容易――が、より享受できるとの考えも底にあった。
だが、日本ではまだまだこれを実現する為のコンテンツマネジメント(CMS)、デジタルアセットマネジメント(DAM)が浸透していない。
最大の要因は、「収益を確保しうるビジネスモデル」が組み立てられないことにある。そしてそれに携わる人材がいない。その為、投資に対しての運用とリターンにリアリティを伴わせられないのである。
ビジョンとしてその方向に行くことは理解できても、具体的にどう活用すればいいのか知恵が浮かばない、そこでどういう顧客を得られるのか見極められない、ということに基因があるのであろう。
これは特に出版社をはじめとして、従来型のメディアビジネスを行なっている業種、業態での話である。
しかしである。Web上でのサービスに目を転じてみると、殊更CMS、DAMと呼ばずともこの仕組みを独自に実現してしまっているケースが多くある。中でもユーザー参加型によりDBに納めるコンテンツを自然成長させていっているメディアにこれが多い。
今参加型のDBを据えたWebサービスを行なっている会社は、情報配信型のビジネスモデルを組み込むことで、直ちにワンソース・マルチユースを行いうるのである。
Q&A(質問と答え)をベースにしてユーザー同士が知識欲、悩み、素朴な疑問に答えていく形のサービス「OKWeb」を提供している株式会社オーケイウェブという会社がある。優秀な回答に評価を与えながら、Q&Aの全体をDBで検索できるように仕組んでいるため、あらゆる物事に対するFAQとして後利用ができるようになっている。
ここでは「物理的資産」ではない「デジタルコンテンツ資産」を膨大に抱え、それを分類収納蓄積する優秀なDBを運用している。既存の出版社に比べものの資産がない分、機動性を持った展開を行なえる条件をもっていると言えよう。
OKWebに限らずこのような仕組みを持った会社が「紙」への配信も併せて情報配信をビジネスモデルに組む、自社で出版事業を興す、あるいは既存の出版社を通して販売する、ということは十分に考えられるのである。
実際OKWebでは株式会社インプレスと組み、これはワンソース・マルチユースの形式ではないが、「著者と読者の知識交流QAの場」という本、雑誌の著者等と読者がQ&Aを介してやり取りする実験を始めている。
なにがしかの志向性をもつコンテンツが自発的に増殖していく形のDBを中核にしたメディアモデル、即ち新しい情報配信=出版モデルの発想は、「新しい知恵」によって具体化されることを待っているのである。
印刷会社も先ほどのダウンサイジングの例にあるように、マルチユースに対応した情報の可視化プロセスを担ってきたのであり、この発想を更に進め、「DB」を握り、ライツ管理を的確に行ない、実際の運用を行なう情報編集者を育成すれば、「大きな市場」を握れるかもしれないのである。
これまで上流だった業種が劇的に下流にリ・ポジションさせられてしまうこともこれからは当り前のようにでてくるだろう。そしてその逆も、である。
こういうビジネスチャンスが見えはじめた今の時期に、どれだけリテラシーを高め、見晴らしをよくして、知恵を絞れるか、それが今後の社会の情報インフラビジネスの中で、勝敗を決するのである。
そしてこういう形で発想をしていくことが、そもそもクロスメディア的発想なのである。
2003/07/24 00:00:00