MISページのひとつの目的は、印刷企業のMIS(管理情報システム=経営管理のためのコンピュータシステム)はどのようなものであるべきかについて、もう一度客観的、論理的に読者の方々とともに考えることである。主な視点は、EDI(Electronic Data Interchange)、CIM(Computer Integrated Manufacturing)の実現である。
そのために、MISの使用実態に関するアンケート調査や実例を聞くセミナーなどを行い、本ページで紹介してきた。その中でわかってきたことで非常に重要なこととして「標準」と言う概念がシステムの中で明確に位置付けられていない、あるいは「標準」が組み込まれていないという問題がある。
「標準」が無視される根本的な理由は、本来どうあるべきかということに対する意味付けが軽んじられて、さまざま現場的状況への対処にのみ関心が向けられるからである。また、現実には担当者の頭の中で行われている判断内容の機能的あるいは手順的分解を反映してシステムが作られていないからとも思われる。それはそれで営業、生産各現場の要望に応えるものにはなるのだろうが、「標準」がないことが経営管理上での大きな問題となるとともに、MISの統合処理化や自動処理の妨げになるという点が無視(多くの場合は無意識のうちに)されていることが問題だと思う。
たとえば、本ページ「見積りを考える」(「見積りを考える」)で述べたように、見積りの基礎となる「どのように物を作るかという手順計画」は営業個々人の判断に委ねられている。それは、顧客に見積りを出す場合に、その見積り価格は入札のための競合を含めてさまざまな条件を加味して値付けをしなければならないという現実をもとにしたやり方である。 しかし、そのことによって、顧客に提出する前の社内標準売価(社内事前見積り)算出においても5割、8割という金額差が出てしまうという問題はほとんど意識されてこなかった。現実云々以前に、利益の水漏れを起こすシステム的欠陥があることが放置されたままである。
印刷物の場合、顧客から受注した仕事の生産手段はさまざまあるが1社単位でみれば生産設備あるいは日常的に仕事を依頼する外注先の設備はかなり限定されている。したがって、受注した仕事をどのような工程、機械、材料を使って生産するかという手順計画は現実的には限定的なものになり、製品仕様毎における自社にとっての妥当な手順計画、つまり標準手順計画は各社で異なったものになり、受注価格が同じでもある会社にとっては利益が出る仕事になるがある会社にとっては利益が出ない仕事ということになる。
したがって、「見積り価格は入札のための競合を含めてさまざまな条件を加味して値付けをしなければならない」という現実があるからこそ、自社なりの標準手順に基づく社内標準売価を出した上で、提出する見積価格をどうするかを決めるのが本筋である。そうでなければ利益の管理を最初から放棄していることになる。
JAGATが行ったアンケート調査結果によると、見積りにコンピュータソフトを利用している割合は工程管理や原価管理に比べて少ない。ひとつの理由は、見積りのための入力が営業にとって二重手間になるからだが、その原因は見積りソフトが工程管理と連動しないからである。そして、それらが連動しないのは見積りソフトを「見積り価格は入札のための競合を含めてさまざまな条件を加味して値付けをしなければならない」という現実に沿って、そのような数字を直に出せるようなソフトを作るからである。
一方、現場においても、作業割り当てレベルでは必しも標準手順で生産することが出来ずに、そのときどきの状況に応じて臨機応変に対処しなければならない、あるいは逆に能率面でプラスの仕事の流し方をする場合がある。まさにそれが現実である。しかし、だからといって標準手順計画というステップに意味がないということではない。
現在、コンピュータによる自動スケジューリングソフトは非常に進歩したものになり、かなり複雑で多くの制約条件がある印刷物生産においても有効な自動スケジューリングができるようになってきたようだ。CIMの実現は、ベテランの工務担当者がねじり鉢巻で日程計画を立てることを前提にはできない。
自動スケジューリングを前提としない日程計画においては、工務担当者が日程計画を作るために、手順計画、工数計画を頭の中で同時に行い、その段階でその時々の状況に応じて、納期、生産コストを意識しつつ最善の手順計画を考え、その結果を入力することになる。したがって、「手順計画」というステップは意識もされないし、管理情報システムのフロー図に書かれることもなかった。しかし、自動スケジューリングを前提にすると、コンピュータが処理するために必要な情報は「手順計画」と「工数」となり日程計画立案はコンピュータに任されることになる。この場合、そのときどきの状況に応じて臨機応変に対処しなければならない、あるいは逆に能率面でプラスの仕事の流し方を工夫することは、自動スケジューリングによって出されたシミュレーション結果を元に行えばよい。
以上のように考えていくと、標準手順計画を媒介したひとつの処理フローの骨格が浮かんでくる。それは図のようなもので、ポイントは以下の2点にある。
〔1〕標準手順計画というステップを明確にシステムに組み込み、そこから見積り、日程計画に展開する。
〔2〕上記〔1〕において、まず「標準」に基づく結果をひとつのシミュレーションと位置付けて自動生成し、それを元に営業、生産現場でそれを変更するという2段階プロセスとする。
仕様設計では、営業が最終製品の仕様を入力する。各社は、あらかじめ製品仕様毎に各社における標準手順を決めておき、仕様の入力がなされたら標準手順計画を自動生成する。
さらに、最終製品仕様と標準手順計画に基づいてあらかじめ決めた単価を使って社内標準売価(社内事前見積り)を自動計算する。つまり、仕様入力をすれば、見積りの基礎資料としての社内標準売価を自動的に出す流れである。このことによって、社内の営業マンの誰でもがひとつの仕事に対して同じ見積り基礎資料を得ることができる。
しかし、「ing思想」(「ing思想に基づく経営管理の考え方」参照)においては、顧客に対して提出する見積りはさまざま状況を考慮して恣意的に決めるべきものである、つまりpricingすべきものであるから、各営業マンはそれぞれの判断で基礎資料に手を加えて顧客提出用の見積り資料を作るべきである。
後述のとおり、顧客への見積り提出が求められない仕事の場合でも仕様データは日程計画に活かされる。また、基礎資料としての社内標準売価も自動計算されるから、営業にとっての二重手間は起こらない。社内標準売価データと提出した見積りとの差異データは、個別製品単位、品目別単位、あるいは工程別単位で見ることで、MISの意思決定支援機能のための有用なデータとして活用できるだろう。
日程計画は、最終製品仕様と標準手順計画に基づいて自動スケジューリング機能を使って自動作成する。ここで得られた日程計画は第一次のシミュレーションとして扱い、工務担当者はその時々の現場の状況に応じて変更を加える。変更の内容には、それを変えることによって能率を上げることができる、コストダウンができるといったことも含む。「ing思想」のCostingの実践である。
自動スケジューリング機能を組み込まないとしても、少なくとも手順計画のシミュレーションまでは自動になるから、工務担当者の負荷軽減効果は期待できる。
以上のシステムは、MISが持つべき機能のうち主に計画段階の機能に関する試案である。このシステムの特長は、営業、工務担当者に、見積り、日程計画の基礎資料をひとつのシミュレーション結果として提供することで、それぞれの業務の精度と効率を高めるとともに、「ing思想」実践の軌跡を明確に記録することにより、それが目指す利益管理に活用できる有効な資料を提供することである。
全体の流れとして考え方の違いが出る部分は、ひとつの標準手順計画から社内標準売価と日程計画を作るか否かという点であろう。一般的にいって、社内標準売価算出の面から見ると、ある程度粗い単位での算出が現実的だが作業指示の面からは細かさが要求されるからである。
今回の提案の主題ではないが、図の「最終日程計画」と「実績報告」の情報を必要部署で共有できることも、作業進行段階における機能としてこれからのMISが持つべきものであろう。
MISページ
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2003/08/13 00:00:00