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印刷とデジタルメディアの境界の変化

印刷産業の売上の低下は深刻さを増しているとはいうものの、何々ショックというような大打撃が突然起こったわけではなく、情報伝達の環境変化や印刷方法の変化など業界構造の基盤が徐々に変わったからというのは周知のとおりである。

大きな変化は、ブロードバンドの急速な普及のように、デジタルメディアで起こっている。技術的にはTVにかなり近いものまでオンラインで扱えるようになったが、まだ既存メディアのように日常的に金が動くほどには経済化していない。デジタルメディアの使われ方は、eJAPAN構想やB2Bにみるように、有料メディアとしてではなく、コミュニケーションの道具として用いるのが先になっている。

過去10数年にわたって「ワンソース・マルチユース」のように、既存有料メディアのコンテンツがデジタルメディアの普及の契機になると考えられたが、現状は有料コンテンツが両メディアをつなぐことは稀で、両者はむしろ乖離していった。デジタルメディアの盛り上がりは、デジタルメディアの特徴を面白がる人が自発的に使って起こっている状況なので、既存メディアからの延長的な使い方にならなかったのである。しかしデジタルメディアが広がれば、必ずしも先導的な人達だけが担い手ではなくなり、既存メディアの世界との重なりは多くなっていくだろう。

つまり同じエンドユーザがターゲットでも、今は印刷とデジタルメディアは微妙にすれ違った行き方をしているが、それがいつまで続くか、デジタルメディアの今後の展開に従ってどのように衝突が起こっていくのかなどを見守りながら、印刷の戦略を考えていかねばならない時代になった。

・クロスメディア

ブロードバンドがインターネットの主流になったが、それ用のコンテンツはまだ少なく、見つかってもサーバの能力が十分に思えないことがある。光ファイバの個人向け敷設競争とは、回線業者が集合住宅に先鞭をつけるために、実りを後回しにして市場を奪い合っているのが現状である。

初期のコンテンツはエンタテイメントとかTVショッピングのように既に存在するものを、ブロードバンドでもプロモーションする形だったが、状況は刻々と着実に変わりつつある。単なるコンテンツ流用ではなく、デザイン面ではフラッシュなどのアニメ的で迅速な動きをちりばめて、動画のぎこちなさや小ささをうまくカバーするなどのテクニックもみられる。

長期的にはブロードバンドはネット型の特質である「pull」「1to1」のツールとして大変有望ではあるものの、ビジネスとしては目前の既存メディアの壁はまだとてつもなく厚い。インターネット放送に投資しても、TV放送との画質・サービスの質の格差はなかなか超えられない。ブロードバンドの回線というインフラ整備の次には、情報品質やサービスの底上げが求められて、配信業者やサーバー貸しなどデータセンタ的なインフラ整備が必要になるだろう。こういう条件が整うまではコンテンツの有料化は容易ではない。

広告ビジネスとしてみると、TVのようなマス媒体に比べて、まだオーディエンスの数の限界がある。インターネットはpullであり、つけっぱなしのTVに比べて「濃い」媒体であると主張したいだろうが、それを裏付けるだけのデータはまだあまりなく、インターネット広告は純粋広告代理というよりも、直販のためのツールという位置付けになっている。

しかし販売促進に関してはネットワークは必須のものとなった。最近ではセールスプロモーションで懸賞応募はがきをやめてしまう例がある。Webや携帯電話でくじを引くというのもある。これら何十万何百万人というマスをコンピュータとネットワークでリアルタイムにハンドリングできるのである。これを使うとマスメディアのマーケティングと比べ物にならないレスポンスの速さが得られる。

このように進化はすでに始まっているのだが、従来の印刷発注担当者および金の出どころではないところが対応しているので、この変化の性質の理解はメディアに関して広い視点で考えている人でないとピンとこないようだ。販促に限って言えば、印刷物企画であっても上位の概念であるCRMを理解しなければならないように、WebなどのビジネスもやはりCRMという視点で合わせて考えようというのがクロスメディアという捉え方である。

・カタログ

通信販売用のカタログ、チラシ印刷物は1997年度をピークに全体として下がりつづけているが、通信販売業界ではインターネットに力を入れていて、まだインターンネットによる通販売上の割合は1桁であるにも関わらず、インターネットにかけた費用とその成果を考えると、紙のカタログとは桁違いに費用対効果が高いことが明らかになってきた。

とはいってもインターネットでの販売はカタログのそれと異なる性質があり、Webの場合には、消費者が買う物をあらかじめ決めてWebで検索して買う「目的買い」をするのに対して、カタログのようなpush媒体の場合には、カタログを見ているうちに買いたいものを見つけるといった「発見買い」を誘う傾向がある。だから通信販売の広告媒体がインターネット一辺倒になるといったことは当面ない。

しかし、個人が自宅内で接触する各メディアへの接触時間の推移を見ると、インターネット・eメールへの接触時間は年々増加して、書籍・雑誌媒体への接触時間を抜いてしまった。紙媒体を漸減しつつインターネットに投資して、全体として広告効果を上げていくことが続くであろう。

個人対象ではなくB2Bの通信販売はもっと伸びていて、それに伴って業務用カタログのオンライン化が進んでいる。社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)は、JEITA会員84社の電子部品や材料などを約1万4,000ページ分掲載しているカタログを発行しており、オンラインでは有料のCD-ROMからインターネットを経由してWeb上のデータベースを閲覧するような限定的なシステムを採用していたが、2004年度版からは無料で公開し、刊行物やCD-ROM版は廃止する。このカタログは購買のための参照用なので、そういった業務がインターネット化していることに対応せざるを得ないのだろう。

印刷会社は印刷物を減らすような提案を顧客に行いにくいこともあって、電子カタログ制作の主役は印刷会社ではなく、クライアントのコストダウンを手伝うような形で、IT、EC関連の企業が積極的になりつつある。あくまでカタログは商取引のためにあるので、EC,サプライチェーンマネジメントなどの予定のあるところは、従来の紙のカタログの効率化とは次元の違うところで計画されるために、出入りしている印刷会社も気づきにくいことがあるようだ。

・個人需要

印刷物の大きな特徴として、使い捨てが可能な安いものということと、あらゆる局面で使われているということがある。印刷ビジネスは長い歴史をもつものであるので、印刷は多様化しつつ社会の隅々まで行き渡り、ほぼ市場は開拓し尽くした感がある。しかしそれはあくまで今までの印刷のビジネスモデルにあてはまるもの、言い換えると印刷会社が利潤を得られるものであって、今日ではそこからこぼれた需要をプリンタが拾うようになりつつある。

お年玉付き年賀葉書は30数億枚発売されているようだが、そのうち20%以上はインクジェットプリンタ用である。手作りデジタル年賀状はせいぜい200〜300部の個人需要だが、個人が受け取る年賀状の3分の1から半分くらいがインクジェットであったという人は多い。 こういうものは年に一回しか使わない家庭のプリンタとして軽んじることはできない。要するに印刷物が必要なところにプリンタを置くことは容易になったことを表しているからだ。また個人用の印刷物の単位は小さくとも、キヤノンやエプソンなどのビジネスは「チリも積もれば…」的に非常に大きくなったことも注目すべきである。1社あたり1億枚クラスの年賀状を刷る印刷会社群と匹敵するくらいにパソコンの普及をベースにした、ツールや材料のビジネスが拓けたのである。

中期的に考えて印刷需要が最も流動的になる部分は、従来の印刷とプリンタのオーバーラップした部分であることは間違いなく、そこでビジネスができるように、自らの考え方を変えていかなければならない。特にデジタルカメラの普及によるプリントサービスが増えつつある。あらかじめ印刷しておくのではなく結婚式場などイベントの場での即プリントサービスもある。必要な時にプリントするということがあたりまえの時代になるのだろう。

・業務用情報伝達

軽印刷・帳票・ビジネスフォームなどの印刷分野はIT化でもっとも急速に衰退した分野である。事務処理はOA化、次いでインターネット化で大きく変わったが、その次なる焦点は物流にまつわる処理の自動化である。

例えばICタグは無線技術を使うのでRFタグとも呼ばるが、無線の先にあるネットワーク管理とITが重要である。携帯電話はコンピュータでネット管理していて使用者がどの地区にいるか見張って、「いつでも、どこでも…、モバイル、ユビキタス」を実現した。次はこれらを「モノ」の管理にも使おうというのが、特にアメリカのアフガン攻撃やイラン戦争で弾みがついた分野である。

これまで商品管理など物の移動のために使われていたバーコードに代わって、ICタグを使うと非接触で無人で読み取れるので、管理できる局面が非常に広がり、トータルとして管理のレベルを上げることができる。例えば駅の改札を機械読み取りの自動化にすると、「キセル」がやり難くなるように、商品にICタグをつけると万引き抑止力になると考える人もいる。これが主目的にはならないだろうが、物流管理はすごく進むだろう。

もともとICタグは25年前にバーコードを開発したGilletteやP&GらがMITとともに開発したものであり、バーコード管理のノウハウや機能向上の要求から想定されている。コンビニや宅配業者が独自の物流管理で成果を上げたやり方が、次は社会のインフラ化して、いろいろなところに波及するところに来ている。

大手印刷会社はICタグを製造する側に回るが、複写伝票などを作ってきた小規模の印刷会社は、業態を変更せざるを得なくなる。複写伝票というのはモノの動きを捉えつつ同じ情報を離れ離れの人が共有するための道具だが、モノの追跡も情報共有もネット経由で行われるようになるからだ。

・出版

オンラインショッピングはアメリカの2桁成長を先頭に世界的に伸びているのに比べて、日本のネットショッピングは決済や配送など注文以外のところがまだ整備されていないので利用が限定的である。そんな中でオンライン書店は、「品揃え」と「検索システム」で満足度が高い。過半数の利用者はAmazonで買っており、次いで楽天ブックスと、大半が従来の書籍流通ではない会社が利用されている。これはやはりIT度の違いといわざるをえない。「本屋になかった本を探す」「本屋にいけない」など、本屋が書籍流通の機能を十分果たしていないところをインターネットが補完していることになる。

出版業界自体のIT化ネットワーク化の動きも鈍いので、コンテンツのデジタル化という点でもあまり変化が無い。近年話題をまいたeブックも全般に遅れているが、むしろ携帯電話向け小説配信などが新たな取り組みとしては増えている。それも出版の主流ではないところがそれなりにヒットを飛ばすようになった。

既存の出版市場は飽和してしまったのか? そうではなく、欧米に比べて日本の印刷の伸びがまだ十分ではない分野はいくらでもある。日本では図書館の数が少なすぎ、専門書の市場を狭くしている。しかし専門書の需要喚起の困難さに比べて、電子メディアが印刷物に置き換わることの方が容易なので、印刷の縮小と電子メディアの躍進の対比が目を惹くことが多くなるが、あまりその延長で将来まで考えることも危険である。メディア利用の印刷へのゆり戻しが将来あることも予想して、かなり先でも印刷は今の半分くらいは残るだろうといわれている。それでも成り立つように自分自身を変えられるところが生き延びるであろう。

「グラフィックアーツ機材インデックス」の内容

2003/08/28 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会