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活字書体から写植書体、そしてデジタル書体(5)─ フォント千夜一夜物語(38)

前回紹介した「変体少女文字」は「丸文字」とか「マンガ文字」とも呼ばれ、少女のみ に特有に見られる文字で、丸い癖のある変体かなの特徴を具えている。

この「変体少女文字」は平かな・片かなだけではなく、漢字や数字、アルファベットな ど、すべてに丸文字としての変形が見られる。われわれが真似しようとしてもできない特 徴をもつ書体(字体)であり、文字デザイン志向が強いのものといえる。

「変体少女文字の研究」山根一眞著は1985年に講談社から発刊されたが、いまでは絶版 になっている。著者は数年の間、諸国を歩いてデータを収集しまとめているので、その一 部を抜粋して紹介しよう。

「この書き文字の発生は1974年(昭和49年)頃で、急速に普及したのは1978年(昭和 53年)頃と考えられている。1978年といえば日本語ワープロが誕生し、シャープペンシル が急激に普及した頃である。何か文字に関わる因果関係が感じられる。
この頃は、ほとんどの少女達はシャープペンシルを筆記具としていた。あの特徴のある 丸文字は筆記具に関係があると思える。鉛筆では均一な太さに書けないし、削るのが面倒 だ。鉛筆よりも0.5mmのシャープペンシルの方が書きやすいし、丸文字に適しているわけ だ。」

変体少女文字(以下丸文字という)が出現し始めたのは1974年頃である。この文字が「新 人類」と呼ばれる若い世代の意識構造と表裏一体の現象であることも理解することができ る。

●現代のアウトサイダー「丸文字」
「平かな」は女性が作りだしたものであり、これは万葉かなの草書体から派生したもので ある。平安時代、公式文書には漢字の楷書体が使われていたが、文書、書簡などではかな り崩れていた。

特に女性たちは、男文字である楷書体を崩して平かなの原型を創り出した。このため平 かなは「をんなもじ」とか「をんなで」と呼ばれていた。丸文字が現代の女性達の手によ り創造されているのは、歴史の流れといえる。

しかしながら漢字の起こりは象形文字である。紀元前1400年頃の殷(いん)王朝時代、 呪術と祭礼のために亀甲や骨に刻まれた亀甲文の文字が最初の文字だった。絵を記号とし て使う象形文字の誕生である。

現在少女達の携帯メールで日本語表現に流行している不可解な新文字は、まさに現代の 象形文字といえる。しかしこの場合は手書きではなくデジタル文字、といことが違うとこ ろだ。

何か共通性のある意識や行動様式といえる丸文字は、今日通用している平かな・片かな と同じである。日本語文字を表現する一種のアバンギャルド的書体(字体)ともいえるが、 メールに使われている文字は日本語文字としては違和感があり、書体とか字体の領域に入 らないであろう。

しかし一世を風靡した丸文字も、書くという習慣から携帯電話のメールに取って代わる 時代がくるのではないか。文字情報と絵文字・絵記号を組み合わせた情報伝達へと変化し ていくのも時代の流れであろう。

癖のある丸文字は可読性が良い字体とはいえないが、書き手によっては読みやすくもあ り、読みにくいこともある。つまり変な癖がなく整然と書かれた丸文字は、下手な文字よ り読みやすいといえる。

「変体少女文字の研究」の著者、山根氏が収集した資料によれば、少女たちの文章は「か な」書きが多く幼稚な表現で構成されている。その丸文字で書かれた文章が可読性を助け ているとしたら、日本語表記の慣習に反して英語表記と同じ「分かち書き」の形式を用い ていることだ。平かな・片かなが連続している文章は、区切りがないと意味を判読するの が難しいものである(図1.参照)。

昔よく例え話にいわれた、「べんけいがなぎなたをもってさしころしたとさ」というのが ある。この文章は正しくは「弁慶が薙刀(なぎなた)を持って刺し殺したとさ」であるが、 読み方によっては「弁慶がな ぎなたをもってさ しころしたとさ」となり、区切りを間違 えると意味が理解できなくなる、という例である(つづく)。

図1 丸文字の例

フォント千夜一夜物語

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2003/12/13 00:00:00


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