機械彫刻のデザイン上の問題としては大きく分けて二つある。一つは文字部分が凹型のパターンの内側を、フォロアでなぞることで起きる問題である。フォロアはある太さをもっているから、線の細い部分の先端まで入らない。原字はハライの先端までシャープに描いていても、その形を表現できず丸みを帯びることになる。また明朝体の特徴である、横線の始筆のアクセントは表現できず直線的になる。
この問題を解決する方法にパンチ母型がある(詳細は後述)。もう一つの問題は、一種類のパターンから拡大・縮小するわけであるから、デザイン全体のバランスに無理が生ずる。
種字彫刻の場合は、そのサイズごとにバランスをとって彫刻されているが、機械彫刻は写植の場合と同様、一つの文字パターン(文字盤)から拡大縮小するわけだから、線幅の太さや線間、字間などのバランス適性を維持できない。
特に拡大すると、各文字間が空き過ぎることになる。これが「つめ組み」という手法が生れた理由である。この手法はやむを得ず生れた手法で、かな文字の字間調整に対しては有効であるが、全角ボディにデザインされている漢字には、かえって可読性を損ねることになる。また活字組版では物理的に、写植のような「つめ組み」は不可能だからだ。
v 彫刻母型においても同じことがいえる。50ミリ角にデザインしたパターンを使って、本文用サイズから見出し用サイズまで彫刻することは、全体のデザインのバランスを損ねることになる。50ミリパターンからは、9ポイントまでが限度であろう。
そこで社内的に議論になったことは、パターン制作に対し秀英明朝の特徴を活かすには、どのサイズの活字書体を基にしたらよいかである。
社内評価としては、本文用として美しいと思われる秀英明朝は四号か五号が相応しいということであったが、8ポイント制作のためには六号明朝が適当であるとの結論になった。その六号活字を50ミリ角に拡大撮影し、リデザインすることにした。
●新秀英明朝かなの特徴
漢字は六号明朝を基盤にしたが、平かな/片かなのデザインについては、秀英明朝体の両かなの特徴を活かし、かつ近代的なデザインという意見の基にいろいろ検討が加えられた。それが図のようなかな書体で、原字版下は筆者(澤田善彦)により作成された。(図参照)。
ベントン彫刻母型の秀英明朝の平かなの字形には特徴がある。例を上げれば「い」「は」「に」「ま」などの筆運びは他に類を見ない。特に「い」の1画目から2画目に切れ目がなくつながっている運筆は、秀英明朝だけの特徴であろう。したがって印刷物の「い」の字を見れば、大日本印刷の活版組版の印刷物だと判ったものである。活版がなくなった今でも、DNPデジタルコム(元CTS大日本)のDTP組版では、この新秀英明朝かなは使われている。
v これらの彫刻母型の開発は、本社市谷工場が主として行なったが、8ポイント母型の完成を待ちきれず9ポイント改刻の需要が高まった。社内3台の彫刻機のフル稼働と外部の協力を得て8ポイント、9ポイントを1953年に各約3000字の母型が完成した。
そして1954年に、教科書改訂にともない10ポイント活字の需要が起きた。つまり教科書印刷には、従来の五号活字では品質上問題があり、そのため急遽10ポイント母型制作の必要が起きた。
ところが9ポイントまでのパターンから10ポイント制作を試みたが、デザイン的に縦線と横線の太さのバランスが不適当という意見が強く、10ポイント用のパターン設計の必要性が強調された。しかし当時は8ポイントゴシック、9ポイントゴシック、加えて7ポイント、6ポイントなど整備すべき母型は山ほどあった(つづく。
図 8ポイントベントンかな書体
■DTP玉手箱■
2004/05/15 00:00:00