本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。

全体最適の視点から見直すべき見積もりソフトの利用

JAGATでは、1年半にわたる調査、思考の結果として、今後の印刷業界のMISの骨格を提言した。それは、印刷物仕様(サイズ、色数、ページ数、製本仕様等の最終印刷物製品の仕様)を入力することを基点とし、そこから各社毎にあらかじめ決めておいた標準手順計画(どのような工程、機械で物を作るかの計画)を発生させる。そして、その標準手順計画に基づいて社内基準売価(顧客に提出する見積もりの前段階のシミュレーションとして出す金額)を算出するとともに、そのデータを日程計画、作業指示に繋げていくというものである。 (「標準手順計画を軸としたMISの骨格に関する試案」
JFD対応のMISは、標準手順計画を介するか否かははっきりしないが、印刷物仕様入力→見積もり積算→日程計画という流れを想定したものになっているようだ。JAGATが提言したMISの骨格を持ったMISを構築、運用している日本の印刷会社もちらほら見受けられるようになってきたがまだまだ少数派であり、その事例が大多数の印刷企業の同意を得ているわけでもない。
いずれにしても、今年は、上記のような骨格を持ったMISに肉付けをしていきたいと考えており、細部の具体的な内容を詰めていきたいと思っている。 そのために、現時点では以下の3点について、細かく考えていきたいと思っている。
(1)「見積もり」を一連の流れにどのように連動させるか
(2)「見積もり」に使う項目と「日程計画」に使う項目の関係付けをどうするか
(3)「日程計画」の自動化

先日、ある会合で、やや客観的な視点から見た上記(1)に関する意見を聞いた。多くの印刷会社で見積もりにコンピュータソフトが使われない、あるいは使われていても他のアプリケーションと繋がった使い方がなされない理由についての意見である。そこで聞かれた意見は、以下のようなものであった。
(1)顧客の違いに合わせた見積もりができない。
A. 見積もりの基準となるひとつの「価格テーブル」を使った算出結果では、顧客に提出する見積もり金額として使えない。
B. 顧客に提出する見積書の項目が、自社の標準の項目と違っている。(官公庁では、現在でも「版下代」という項目が使われている等)
(2)社内の基準となる数字がない、あるいは統一基準がない。
A.社長が営業に使うように指示している価格表は実際には使われておらず、営業マ ンが個別に価格表を持って使っている。
B.営業に外注権限があるか否かで妥当な基準が変わる。

上記(1)は、「顧客に提出する見積もり」に関する問題である。多くの印刷会社の方々が「見積もり」に関して持っている問題意識は、「顧客に提出する見積もり書」を如何に手早く作るかがほとんどであり、「社内基準売価」といった顧客に提出する見積もりの元になる「基準値」についての意識がほとんどないことは問題である。
見積もりを出すことのひとつの目的は、いくらで受注すればどれだけの利益が出るかあるいは赤字になるかを事前にある精度で知る、つまりシミュレーションしてみることである。そのためには、自社としての適性利益が出せる金額が示されて、それを元に顧客の違いや同じ顧客でもその時々の状況に応じて臨機応変に対応する、つまり、政策的、恣意的な理由で社内の基準に対してプラス、マイナスして見積もり金額を提出することになる。そのことによって、利益に関するシミュレーションが可能になる。見積もり金額は、社内の何らかの基準から出された金額をそのまま使うことが最適であることにはならないというのは現実であり、そのことはどのような産業において変わることはない。「ing思想」(「ing思想に基づく経営管理の基本的考え方」) から見ても当然である。しかし、それはあくまで何らかの基準値を元にして行うという前提においてである。

また、得意先に見積書を提出する必要がない場合でも、「社内基準売価」のような数字は請求段階における基礎データとして使うことができる。そして、最終の請求金額と社内基準売価金額との差異を、顧客毎、製品毎といったような集約した形で比較するならば、基準値を見直すときの実証的データとして使うことができる。というより、日常的に最も多い、得意先に見積書を提出する必要がない場合においても、印刷物仕様データは工程管理に不可欠なデータだから、そのような入力データを再入力することなく有効に使っていこうということがJAGATが提唱するMISの原点である。
顧客側から見ると、「印刷価格はブラックボックスが多くわかりにくい」という見方が多い。印刷業界が、自社における基準値さえきちっと扱わずにどんぶり勘定を続けた結果、印刷価格に関する信用を失ってきたということであり、これが顧客の価格に対する判断が、妥当性よりも安値に流れる要因になっていることを忘れてはならない。
いずれにしても、見積もりに関しては、「顧客に提出する見積書を如何に手早く作るか」だけではなく「基準値」の設定と運用が重要であるということを改めで指摘し、ここでは「基準値」を使うという前提の上で、上記に提出された問題を解消する方法について考える。

さて、「見積もりの基準となるひとつの『価格テーブル』を使った算出結果では、顧客に提出する見積もり金額として使えない」という理由によって、「顧客の違いに合わせた見積もりができない」という問題について考える。
ここでは、「見積もり」がどのような性格のものなのかによって、考え方は大きく変わってくる。競争見積もりのために顧客から求められるものであれば、政策的、恣意的な内容で作る度合いが強く、結局「総額」が決め手になるだろう。一方、基本的には受注が決まっていて、顧客が価格のチェック、確認をするための見積もりの場合には「妥当性」が重要になるのではないだろうか?

後者の場合には、顧客との折衝の中で妥当性が認められれば、総額についての最終調整結果が修正事項のほとんどになるだろう。この場合には、以下のようなやり方が考えられる。
A.製造原価、あるいは製造部門からの仕入れ部分は動かさずに、社内基準売価を元にして出された総額の部分に修正数字を入れ、それに応じて「販売管理費」が変更されるようにする。
B.あらかじめ基準に対して異なる係数を掛けたランク分けをしておいて、妥当と思われるランクに応じて算出する。
Bの場合には、Aのように「販売管理費」の部分のみを調整するやり方と、製造工程に関わる部分を含めて各項目全体を均一に調整するやり方が考えられる。後者の場合には、さらに2つの状況に分けて考える必要がある。ひとつは、製造工程に関わる項目の社内基準売価に、「販売管理費の配賦分」が含まれている場合であり、もうひとつのケースはそれを含まない場合である。顧客から見た妥当性、さらに生産現場から見た妥当性から考えれば、「販売管理費の配賦分」が製造項目の社内基準売価に含まれている場合には「各項目全体を均一に調整する」やり方もあり得るが、そうでない場合には、「販売管理費」の部分のみを調整する方法でなければならない。

基本的には、受注が決まっている時に求められる見積もりでは、例えば幾通りかの部数設定それぞれに対する見積もりを出して欲しいといったことに対して、手間を掛けずにできることが重要になるだろう。このような便宜性を持たせたソフトは既に出ているから、それを「社内基準売価」算出に応用し、必要に応じて、それぞれに対して上記のような調整を行うようにすれば良いということになる。

「見積もり」が、競争見積もりのために顧客から求められるものであれば、総額に関する社内基準売価との参照は当然だが、政策的、恣意的な要素を加味して決めていく部分が多くなるだろう。したがって、各項目単位でランク分けの考え方を適用することも考えられるが、結局は総額が問題となる場合が多いだろうから、その部分を精緻に出来るようにしてみてもあまり意味がなく営業マンにとっては煩わしいだけかもしれない。営業マンが事前の情報をもとにして方針を作り、頭の中で大雑把に計算した数字を一旦置いてみて、それを修正するということになるだろう。

客観データはないが、上記のような競争見積もり件数は全受注件数から見ればかなり少ないのではないだろうか。ここでは、先に述べたように、得意先に見積書を提出する必要がなくても「社内基準売価」に関連するデータを有効に利用するという立場で考えている。大前提は、標準手順計画を基点とした流れを骨格としたMISを考えているので、件数も少なく、政策的、恣意的に決めなければならないような見積もりは、MIS本体とは関連付けない方が良いだろう。受注できるかどうかもわからない仕事だからあえてひとつの流れに乗せる必要もないし、受注決定後に改めての打ち合わせということにもなると思われるからである。
政策的、恣意的に決められる要素が大きい顧客に提出する見積もり金額を器用に出すことをコンピュータ側に求めること自体が問題である。

次に、「顧客に提出する見積書の項目が、自社の標準の項目と違っている」という理由で「顧客の違いに合わせた見積もりができない」というケースについて考えてみる。
ここでも、取引先の状況を分けて考えてみる必要がある。もし、上記のようなことが日常的に取引している得意先において必要ならば、基準となる社内基準売価と得意先が要望する項目との関連性は付けられるはずだから、必要な得意先分の見積もり書の項目を作っておいて、社内基準売価の数字がでれば、それが各得意先の見積もり項目に連動して数字が入るようにすれば良いということになる。
ただし、このようなレベルのことは、MISベンダーに依頼して作るのではなく、自社で作って使うべきものである。最も単純には、エクセルのシート間でデータを関連付ければできるレベルもあるだろう。このようなレベルを含めて「カスタマイズ」をMISベンダーに要求することはそろそろやめにしたいものである。
たまたまの顧客への対応は、例外処置として流れからはずすべきである。

先に掲げた問題点の「(2)社内の基準となる数字がない、あるいは統一基準がない」という問題で、「A.社長が営業に使うように指示している価格表は実際には使われておらず、営業マンが個別に価格表を持って使っている」ということは、「B.営業に外注権限があるか否かで妥当な基準が変わる」ことを含めて如何に妥当な基準を作るかという問題である。
ここでの大前提は、難しいか否かは別にして基準がないことには何事も始まらないと考えることである。また、どこから見ても100%満足だ、というような基準は存在しないということである。これは印刷価格の本質に関することで、詳しくは「見積りを考える」「印刷営業の役割と印刷価格の本質」を参照いただきたい。

したがって、何らかの根拠に基づいて仮説としての基準値を作り、これを運用していく中でPDCAサイクルを回して精度を上げていくことが唯一やるべきことである。根拠としては、標準製造原価、販売管理費、そして標準工数を使ったものにしたい。それが難しいというならば、現在使っている数字を基準値としてある期間運用して、部門単位で請求金額と比較して修正をして精度を上げていけばよい。
基準が出来ないから使わないということは、その段階で利益管理を放棄していることだと強く意識していただきたい。

「営業に外注権限があるか否かで変わる」という問題は、基準値として、社内生産の場合に適用される社内基準売価と外注価格の2重価格があり得るということによる問題であろう。このような2重価格は、社内基準価格が外注価格よりも低ければあり得ない。社内基準価格が外注よりも高いといった場合、その内容を一度確認してみる必要がある。ほとんどあり得ないケースだが、社内基準売価に販売経費が乗っているならば、それが外注費よりも高いからといって外注の方が利益が出るとは限らないからである。また、社内基準売価に販売経費が乗っていない場合でも、外注の方が安いから外注に出す方が会社の全体の利益になるとも限らない。
いずれにしても、2重価格を設定しても、高い価格の方を使う営業マンは皆無だろうから、社内基準売価はやりどちらかに一本化すべきであろう。

以上、JAGATが考える印刷業のMISの骨格を前提としたときに、見積もり機能をひとつの流れに組み入れることについて考えてきた。その場合に問題だと意識されているいくつかのことに対する結論は上記に述べた通りである。基本的には、まれなケースや特殊な処理を含めて100%こなせるソフトでなければならないという姿勢が強いために、全体の効率を上げる方法を採用しない、つまり「部分最適」が強調されている現状を変えて、「全体最適」を重視して作るということである。このことは「精度」という名の元に、部分に拘り過ぎる傾向が強い印刷業のMIS全体に言えることである。

2004/05/26 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会