1. 印刷物の輸出入の状況
輸入は横ばい、輸出は減少
図1(印刷物の輸出入金額推移:円ベース)は、貿易統計による日本の印刷物の輸入額の推移を円ベースで示したものである。印刷物の輸入は、1990年代前半までは増加の一途をたどったが、1990年代後半に入ると全体としては横ばいで推移している。後述のように、東南アジアからの包装資材印刷物、事務用印刷物の輸入は増加しているが、米国からの商業印刷物の輸入が日本経済の不振によって減少しているからである。
一方、日本からの印刷物輸出は1990年代全体として減少傾向で推移している。特にこの5年間での減少が大きく、2002年の印刷物輸出金額は429億円で1997年に対して21%減少している。品目別に見ると書籍の輸出が、金額、構成比ともに大幅に減少している。1988年がピークであるところから判断すると、バブル期までの海外における日本ブームの沈静化によるものではないだろうか?
上記の印刷物輸出入の傾向は、USドルベースでも円ベースと変わりはない。
FAGATメンバー各国における日本の印刷物貿易ついての関心は、日本への輸出、日本から見れば輸入に対してより強いと思われるので、以降、日本の印刷物輸入について細部の状況を報告する。
増加する包装資材印刷物の輸入
主要印刷品目の中分類単位での印刷物輸入推移を調べてみると以下の傾向が見られる。
@ 事務用印刷物では、ダイレクトリー、紙製ファイルのいずれも輸入が増加している。
過去5年間の伸び率は10%で、2002年の輸入総額は55.0億円である。
A 包装資材では、ダンボール、紙器共に伸び、5年間の伸び率は46%で、2002年の輸入額は61.8億円である。
B 書籍では、絵画/写真/デザイン、辞典は減少したが、一般の書籍が増加した。
C 商業印刷物では、はがき、カレンダー、宣伝印刷物の輸入は横ばいだが、「その他の商業印刷物」が5年間で半減し、2002年の輸入額は177億円になった。
「その他商業印刷物」は、いわゆる宣伝広告印刷物ではない。「その他商業印刷物」の輸入金額を輸入数量で割った1点当り金額は1万7千円という高価なものである。1点当たりの金額から見ると実用品的なものではなく芸術作品のような印刷物で、不況色が強まる日本での需要は減少せざるを得ない。上記Bの書籍分野で減少した「絵画/写真/デザイン」の1点当り輸入金額も8500円/点であり、一般の書籍とは異なるものである。
これらの印刷物の輸入は日本経済の景気と連動して変化するもので、近年の輸入減少は思わしくない日本経済の状況を反映している。
40%を超える東南アジアからの輸入シェア
日本の印刷物の輸入状況を国別に見ると、輸出、輸入ともに最大の印刷物貿易の相手国は米国である。輸入についてみると、米国は、印刷物品目小分類34品目中25品目で輸入金額トップ3カ国に顔を出している。米国に次いで多いのが中国で34品目中17 品目で輸入金額トップ3に名を連ねている。第3位は韓国で、英国と同数の11品目でトップ3に顔を出している。しかし、図2(東南アジア各国からの輸入金額とシェア)のとおり、東南アジア主要各国からの印刷物輸入は、金額、構成比ともに年々増加し、2002年には輸入金額全体の4割を超えるまでなっている。日本の印刷市場は東南アジアの印刷業界との関係を深めつつある。
2002年における東南アジアからの印刷物輸入の状況を国別、品目別にみると図3(2002年における東南アジア各国からの印刷物輸入の国別、品目別状況)の通りである。国別に見ると最大の印刷物輸入国は中国で、ついでシンガポール、韓国となっている。2002年の印刷物輸入金額は187.8億円になっている。2002年の東南アジア主要国からの輸入金額の44.2%が中国からの輸入で占められている。
図4-1(国別輸入金額推移)は、1983年から2002年までの国別印刷物輸入の推移であるが、図4-1で見られる顕著な傾向は中国からの輸入の増加である。中国からの印刷物輸入金額は1999年〜2002年の3年間では年平均24%で伸び続けている。1980年代いっぱいまでは、韓国、中国からの輸入額はそれほど差がなかったが、1990年代に入ってからは中国からの輸入増加が他のどの国よりも大きくなっている。
東南アジアからの印刷物輸入を品目別に見ると(図4-2:品目別輸入金額推移)、第一位は出版物の141.7億円、第二位が包装資材印刷物の133.9億円で、これら2品目で輸入金額
の2/3を占めている。一般的には東南アジアでの生産が増えていると思われている事務用印刷物の輸入金額は52億円、カレンダの輸入金額は14.2億円に過ぎない。
包装資材輸入の7割は中国から
東南アジア各国の中で日本での輸入金額が多い中国、シンガポール、韓国それぞれの品目別輸入額の推移は図5の通りである。
先に、印刷物輸入品目別に見ると包装資材の輸入金額の伸びが大きい述べたが、それは主に中国からの輸入金額が1999年以降、急速かつ大幅に増加していることによるものである。2002年の輸入金額は92億円で、中国からの印刷物輸入金額の49%、主要東南アジア諸国からの包装資材印刷物輸入金額の68.7%を占めている。中国に次いで包装資材印刷物の輸入が多いのが韓国だが、輸入金額は21億円と中国の1/5であり、2002年は対前年で35%ほど減少している。
出版物の輸入はシンガポールが最大
東南アジアで中国に次いで印刷物輸入が多いシンガポールは、品目別に見ると出版印刷物輸入が最も多く、しかも継続的に増加していることがわかる。2002年時点における出版物輸入額は66.8億円である。出版印刷物の輸入でシンガポールに次いで多いのが中国で、その金額は30.9億円である。
ただし、ここでいう輸入出版物の内容は、元々日本で印刷されていた出版印刷物がシンガポールで印刷されて輸入されるようになったものだけではない。欧米の印刷物がシンガポールで印刷されて日本に輸入されるものも当然含まれている。
韓国からの輸入の特色は包装資材の輸入とともに事務用品印刷物の輸入が多いことである。
この分野は中国からの輸入がやや減少して韓国からの輸入が増えている。
「空洞化」を云々する輸入水準にはない
最初に述べたように、日本の印刷産業が海外の印刷事情に目を向け始めた最大の理由は、日本国内の印刷需要が低価格を求めてどんどん海外に流出するかもしれないという懸念である。そして、その懸念は既にある部分では現実になっていることが先に紹介した貿易統計でも明らかである。しかし、その流失の程度は、日本の印刷需要が海外に流出して日本の印刷産業が空洞化してしまうといった水準にまでは達していない。
図6-1は、事務用印刷物の国内生産額、海外からの輸入金額、そして国内生産額に対する輸入金額の割合の推移を示している。2001年における事務用印刷の国内生産額は390752百万円(棒線グラフの白抜きの部分)で、輸入金額は図に記しているように4456百万円、約45億円であった。輸入金額は棒グラフ上に現われないほど僅かな金額であり、国内生産額に対する輸入額の比率は1.1%である。同様に、紙器印刷物(図6-2)の輸入金額は3408百万円で、7237億円という国内生産額に対する輸入金額の比率は0.6に過ぎない。ダンボールの輸入は増加しているが、それでも2001年の輸入額は国内生産額の0.1%に過ぎない。
袋については、国内生産額に対する輸入金額の比率は5.4%と、他の製品に比べて構成比はかなり大きいが、金額自体は19億円と少ない。
もちろん、例えばおもちゃのメーカーがその工場を東南アジアに移したときに印刷会社も現地に工場を作り、そこで紙器を作っておもちゃを入れて輸入した場合、その紙器の輸入が印刷物の輸入としてカウントされるとは思われない。したがって、貿易統計だけで日本で使われる印刷物の海外生産の程度を測ることはできないだろうが、それらをカウントしたとしても、図6から類推して「袋」を除いて日本の印刷需要がどんどん海外に流出して国内の印刷需要の空洞化が起こりつつあるという状況にはない。
2.日本企業の海外進出
日本の印刷企業は、最初に述べた3つの理由で、海外に自社工場を建設したり営業所を設けるケースが拡大している。
日本の印刷企業の海外進出状況に関する公式統計は、企業活動基本調査報告書にある。
(図7-1:日本の印刷企業の海外進出状況:海外事業所数とその内容)。同調査は、資本金3000万円以上で従業員数50名以上の企業を対象とした調査データだが、同調査報告書によれば、2001年6月時点において、同調査の対象印刷企業595社のうち,海外に印刷事業の子会社・関連会社を持っている企業は29 社で、子会社・関連会社数は79社ある。事業所の所在地は、アジアが最も多く全体の67.1%を占め、次いで北米(17.8%)、ヨーロッパ(12.7%)その他(2.5%)となっている。
日本の印刷会社の海外事業所数の推移を見ると、1990年代前半は明らかに増加したが、90年代後半においてはそれ以前の増加の勢いは見られない。ただし、出資金が100%の企業数比率は40%未満が60%弱へと増加している。海外への進出が本格的なものになってきたということであろう。上記は、国の公式統計であるが、JAGATが把握しているデータによると、海外に印刷の工場あるいは営業所を展開している印刷企業は70社弱ある。統計に表れない小規模の海外事業所展開は確実に増えている。
日本の印刷会社が、日本国内にある工場で生産した製品を海外に輸出する金額も増え、1998年には1000億円を超えている。大手企業が生産す、シャドウマスクのようなエレクトロニクス製品が多いが印刷物の比率も6割を超えている。最近増えている品目としては、特殊印刷で作られた携帯電話のケースなどがある。
日本の印刷企業が海外進出する理由
日本の印刷会社の海外市場への海外進出の理由は、日本経済のグローバル化と日本国内の経済状況を反映したものである。日本の印刷企業が海外進出する理由は3つある。
(1) 得意先企業の海外工場進出
印刷産業の顧客である企業がその工場を海外に移転させた場合に、その工場で製品と一緒に出荷されることになる包装資材印刷物(パッケージ、ラベル、取扱説明書、マニュアル)の生産は、当然、その工場の近くで行われなければならない。包装資材印刷物は、顧客の製品製造と合わせてジャストインタイムで印刷物を生産し納品して、一緒に梱包することが求められるからである。
JAGATが把握しているデータによれば、現時点で海外に工場や営業所を設立している印刷会社が取り扱っている印刷物品目は、紙器、軟包装、ラベル・シールといった包装資材関係とマニュアルのように製品と一緒に梱包される印刷物が多い。少なくとも今までの日本の印刷会社の海外進出は、大手企業を除いてみれば、「 顧客企業の工場が海外に移転するので、その工場からの仕事を継続するために自社の工場を建てる」という形での進出が多かったことを示唆している。図7-2は、企業活動基本調査報告書に掲載された海外にある印刷企業の事業所の売上構成だが、現地向けの売上が最も高く、次いで、第三国向けの売上で、日本向け製品の売上は1割に満たない。図で日本向けの売上が3年間でかなり上昇しているが、残念ながらそれ意向のデータは企業活動基本調査書には掲載されていない。
顧客が大きな企業で、そこからの印刷物受注が売上の大きな部分を占めている印刷会社の場合、得意先の工場の海外移転と共に自社工場を海外に建設せざるを得ない場合が多い。得意先からそのような要請を受けることも多いし、もしそうしなければ売上の多くを失わざるを得なくなるからである。しかし、そのようなことができる印刷会社はそれなりの規模の企業に限られるので、顧客の工場が海外に移転するのに伴ってその工場の各種の印刷の仕事が日本の印刷会社の手から離れることも多い。
大手企業の工場が海外に移転することにともなう一般中小印刷業への影響は、その工場の印刷需要の海外流出による直接的な影響よりも、工場移転に伴う地域経済の低迷による印刷物需要全体の減少に大きく現われる。近年では、日立製作所やエプソンの工場移転のその典型を見ることができるが、このような影響は決して印刷物の貿易統計には表れない。
(2)顧客からの低価格要求への対応
最近、中規模印刷会社が海外での生産や海外印刷企業との提携を考え始めているのが、顧客からの低価格要求への対応である。日本経済の不振と印刷業界の供給力過剰によって、日本の印刷価格は過去7-8年で2割低下した。この間、日本の印刷企業は最新の印刷機械、枚葉8色機、あるいはCTPの導入で大幅な合理化を図ってきた。日本の印刷業の印刷現場(プリプレス部門を除く)の1人当たり物的生産性は過去10年間で50%上昇した。
しかし、デフレはまだ解消しておらず顧客からの低価格要求はさらに続くものと思われる。今後の大幅な合理化は、JDFを使ったCIMによって実現されるが、それが業界全体として実現されるのは5年以上掛かるだろう。したがって、さらなる低価格要求への対応策として、コストの低い地域での生産もひとつの選択しとして考えざるを得ない。
現在の日本では、幅広い範囲で安価な製品輸入が増加しているので、発注者も印刷物を海外で生産すれば安く出来るのではないかと考え、自らが海外へ発注する、あるいは印刷会社を通して海外へ発注を要望する顧客もいる。このような状況が、最近、中規模印刷会社が海外での印刷に関心を持つようになった最大の理由である。
(3)市場拡大が出来る地域での事業拡大を目指して
多くの日本の印刷会社の東南アジアへの進出理由は、上記の1,2であり、市場拡大が出来る地域での事業拡大を目指して進出した企業は非常に少ない。しかし、当初の理由はどうあれ、企業経営の本質からいって、進出した地域での需要が拡大しその需要の取り込みが利益を拡大する見込みがあれば、当然、そのような仕事を拡大することになる。
当初は、労働集約的作業が不可欠な印刷物生産を労働コストの安い地域で行う目的で海外進出した印刷企業も、今後は現地における市場拡大に伴う事業拡大への方針を転換しつつある。顧客である企業がその工場を海外に移転させたときに顧客と一緒に工場を建設した企業でも、その得意先の仕事だけでは十分な利益を上げることはできず、他の仕事の受注が必要なことも多い。したがって、現地に進出した日本企業からの仕事をしながら商売を軌道に乗せ、さらに現地の市場を取り込んでいくというのがひとつのパターンになる。海外市場での拡大を狙った企業でも、当初は現地に進出した日本企業からの需要で事業を固め、以降、現地の需要を取り込むという方法を取る。
印刷需要が成熟化し、今後、人口の減少が確実である日本の印刷企業にとって、当初の理由如何に関わらず海外進出の機会を得ることは、新たなビジネスチャンスであるともいえるだろう。
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