CIMを念頭においたMISにおいては、日程計画の自動化は重要な条件になる。しかし、印刷の工程管理にはかなりの経験が必要だと言われている。印刷会社では、印刷現場の予定、つまり機械取りはベテランの工程管理担当者、あるいは工場長がその役割を担うことになる。かなり前のことだが、出版印刷物中心の150名規模の印刷会社の工場長は、毎週、日曜日になると必要資料を自宅に持ち帰って、次週の印刷機械毎の予定表を作っていると話していた。
この予定表作りには、下版予定日、納期を基準として後加工に必要な日程を算定して印刷の工程納期を設定して、印刷すべき機械を決め、続けて印刷すれば準備作業が効率化できる仕事を連続して流すことを考えたり、適正な乾き待ち時間なども想定して機械の稼働率を落とさないことが求められる。当然、各仕事に要する作業時間を頭に入れて計画しなければならない。したがって、経験が必要だということになる。
ここで、上記の内容を整理してみると大きく2つの部分に分けることができる。ひとつは様々な条件の組み合わせを加味して仕事の順番を決めることである。もうひとつは、これも条件によって異なる必要作業時間を判断することである。
後者の作業時間とはいわゆる標準工数(標準時間)である。この標準工数の見積もりにも経験が必要だと言われるが、少なくとも印刷以降の工程においては、標準工数の設定自体が複雑怪奇だから長い経験がなければできないということではない。熟練が必要になるのは、それを頭にしまい込んで運用するという習慣が続いているからである。
印刷作業時間は、紙の種類(主に紙の厚さ)、インキの種類(金、銀インキ等)、絵柄の内容(ベタ物か否か)などによって差が出る。各条件が単独に与えられた時それぞれについて各社の標準工数を出すことは、現場の正直な答えが得られる会社ならばそれほど難しくはないだろう。上記の特殊条件がいくつか組み合わされた仕事の場合には、各条件下における標準工数の合計値をもって標準工数とすることが妥当でない場合もあるかもしれない。また、他とは特性が異なる紙を使う場合も別途考える必要があるかもしれない。このような場合にはその発生頻度が問題となる。上記のような仕事が日常的にあるのならば、それはその会社にとっては当たり前のことだから標準工数などは誰でもがわかっていることだろう。工務担当者が長い経験の中で得なければならないのは、それが起こる頻度が非常に少ない例外的条件であることと、その状況が担当者の記憶の中でのみフィードバックされるからである。
例外的な事項を持ち出してきて管理精度を問題にすることは、印刷業のMISに関する議論では往々にして見受けられることだが、それこそ全体最適という観点からその得失をきちっと考えるべきである。
以上のように書くと、それは現場を知らないからだという声が聞こえそうだが、もしそのように言うならば、実際の運用上で見積り、運用している予定作業時間の最小単位を考えてみれば良い。標準工数の設定が、長年の経験がなければ設定できないほど各種条件の組み合わせによって複雑怪奇になるということは、ケース・バイ・ケースで非常に多様な標準工数があるということである。そうならば、印刷部数は同じでもその他の条件の組み合わせによって、例えば1分単位で標準工数が変わるといったことにもなるだろう。しかし、そのような単位で時間見積をして運用している実例はないだろ。逆に、細かな単位で計画したとしても現実にそのように出来ないというのが従来の印刷現場である。議論の時にはかなり細かなことを気にするが、現実には相当大雑把な運用になることはMISでは日常茶飯事である。
基本的には、標準工数のようなことは、品質判断とは違って記憶の中から引き出して使っているデータのことだが書き表せないことはないし、実際には、どこまで細かな条件で標準工数を設定するかということよりも如何に集約して運用するかの方が問題である。
ただし、準備作業については、ある仕事の前後に流す仕事をうまく置けば、各部分の調整作業時間を最小限に押さえることができ、この場合には、準備時間を含めた作業時間は標準工数とかなり異なることになる。ただし、これは標準資料のことではなく、後述のようなスケジューリングのロジックのこととして論じるべき内容である。
標準工数だけではなく各種の標準資料の作成、運用は複雑だから出来ないと言われるが、作ることの煩わしさを後ろ向きに表現したものではないのだろうか。
日程計画に経験が要求されるのは、上記のような標準工数の見積もりではなく、様々な条件の組み合わせを加味して仕事の順番を決める部分にある。
1日数十点もある仕事について、下版予定日、納期、後加工の工数、適正な乾き待ち時間の想定、さらに準備作業を効率化できる仕事の流し方などを考慮して、能率的に最適解を求めなければならないということが大変なことは間違いない。したがって、ある規模以上になるといくら経験を積んでも細部まで詰めることが出来なくなる。そして、一般的な仕事については、工程管理の担当者は大枠を設定して現場に下し、各現場で効率的な仕事の流し方が出来るように調整せざるを得なくなる。また、印刷現場の計画はうまく出来てもそれが限界で、後加工のスケジュールについては、ある程度の余裕を持った工程日程のみを指示して、細部のスケジュールだけでなく作業割り当ても現場の進行担当者、あるいは管理職に任せざるを得なくなる。つまり、経験が必要だと言っても、その限界は認識されていて、それをカバーする体制を作って運用しているのが実際である。
複雑な組み合わせ条件のもとで最適解を出すことについて、コンピュータがどのように優れた人間でも及びもしない能力を発揮することはさまざまな世界で実証済みである。印刷業でも使えるTOC「Theory of Constraints:制約理論」に基づくスケジューリング・ソフトも開発され、実用例も出始めた。日程計画自体のアルゴリズムは非常に優れたもので、従来のソフトのような単に山積みをするのではなく、リードタイムを最小化する、準備作業時間を最小化するなどの条件を設定して、それらの条件を加味して最適日程計画をシミュレーションすることができる。予定変更は画面に表示されたガントチャート上に表示された仕事の部分をドラッグ&ドラッグでできるなど運用上の工夫もかなりされている。
ただし、プリプレス工程での標準工数の設定が難しいことと、校正出しのように顧客との関係で設定しなければならない工程納期設定が必要なこともあって、現時点では印刷以降のスケジューリングに使うことがその能力を最大限に発揮する使い方になりそうだ。また、マスターの作り方の検討や、同じ機械でも交代制の場合に人員数が異なることによって生産能力が違ってくる場合の運用上の工夫なども必要なようだ。
いずれにしても、どのようなスケジューリング・ソフトであっても標準工数の設定は不可欠だが、この点についての抵抗がソフト利用の最大の障害となるだろう。ただし、プリセットが自動化され準備時間が5分で済むような機械が一般的になれば自然消滅することになるだろう。
2004/06/16 00:00:00