●写植書体の長所・短所
初期の写植明朝体といえば、石井明朝体に代表されていたので、写植明朝体に対する不満は石井明朝体に対するものといえる。その不満の多くは、「弱い」とか「古めかしい」という抽象的なことであったが、書体デザインに関することだけではなかった。
字枠(仮想ボディ)に対する字面の大きさを抑え、ベタ組みにおける字間の安全性をとったことが影響している。つまり字枠に対して漢字、両かなが小ぶりに設計されているからだ。これらの要素が、活字礼讃者の写植書体を批判した主な理由でもある。
しかしこれらの批判を現代に置換えてみれば、1990年代にDTPが文字組みのツールになったが写研書体は使えなかった。写研書体にこだわるデザイナーや出版社が多く、あたかも活版から写植に切り換える時期の活字礼讃者に似ていた。
当時のDTP環境は写研書体が使えないので、ユーザーはDTPに切り換えたくても、写研の組版専用システムを使わざるを得なかったが、現在では一部のユーザーを除いて写研書体にこだわりをもっていないのが実情であろう。
この写植書体の批判問題は、写植組版システムの違いが原因している。写植組版では、同一書体の大小の表現(変化)がレンズを用いて可能の上、変形レンズを用いて変形処理による豊かな表現ができるという機能は、グラフィックデザインには有効に働いている。
しかし書籍などの編集物ではベタ組み字間の安全性をとったことにより、字間があき過ぎるという問題が生ずる。これをカバーするためにユーザーは、例えば14級本文を13歯で印字するというテクニックを使っている。つまり詰め組みで、欧文組版やDTP組版でいう「トラッキング」である。
またグラフィックデザインにおける写植印字は、文字を見出しなどの大きなサイズで印字すると字間のバランスが崩れるため、写植印画紙を一字ずつ切離し手貼りするという方法をとった。特に両かななどは、漢字に対して小ぶりにデザインされているからだ。写植組版では、字枠(仮想ボディ)に対する字間調整の方法として、「詰め組み」という手法をとっているが、現代のDTPのデジタル組版においても共通な問題になっている。
詰め組みには、ソフトウェアで「トラッキング」とか「カーニング」という機能が用意されているが、DTPユーザー間ではこれが乱用されている傾向がある。つまり美的感覚やタイポグラフィ感覚の自覚の上で、この機能が活用されているとは思えない現象が散見される。
●詰め組みの一般化
写植組版で、詰め組みという手法が生れた理由は上記の通りであるが、活字組版ではできない手法で写植の特性といわれていた。
近年「詰め組みは、グラフィックデザインの世界では一般的になっているが、エディトリアルの世界では和文文字本来の姿ではない。つまりエディトリアルデザインには不向きである」という考えが一般的になっていた。
そして今まで業界の多くの人は、詰め組みは写植時代に開発された手法であると思っている。つまり写植印字の産物と思われていた。それは固定サイズの文字板からレンズを使って拡大するから、字間はあいて見えるわけだ。ところがレンズを使わない活字時代にも詰め組みが存在していたという事実がある。それは昭和4年発行の「昭和新編真宗聖典」に見られる(つづく)。
※参考資料:「日本のタイポグラフィの多様化の前提」味岡伸太郎著、リョービイマジクス発行
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2004/07/24 00:00:00