慶應義塾大学環境情報学部教授の国領二郎氏はビジネスモデルをこのように定義している。
「1)誰にどんな価値を提供するか,
2)そのために経営資源をどのように組み合わせ,その経営資源をどのように調達し,
3)パートナーや顧客とのコミュニケーションをどのように行い,
4)いかなる流通経路と価格体系の下で届けるか,
というビジネスのデザインについての設計思想」であると。
印刷業のように当初より既に確立している業態では,このビジネスモデルというものが改めて意識されることはほとんどなかったであろう。特に,受注型の比較的シンプルな収益形態の印刷業では「そんなものは分かりきっている」とされがちである。
しかしこの暗黙の大前提とされてしまっている「分かっている」ということに対して違和感を抱くか抱かないか,それがこれからの印刷会社,印刷経営の一つの分岐点になると日に日に感じている。分岐点とは拡大進化と均衡縮小の分岐点である。
やや厳しい言い方になるが,印刷は自らの技術や仕組みを顧客の立場に立って理解させるノウハウを蓄積してこなかった。そしてそのような形で顧客の目を覆いブラックボックス化することをメリットとして活用する収益確保の仕組みを綿々とノウハウとして蓄積してきた傾向もある。
そこに,違和感,すなわちこういう顧客との「コミュニケーション不全」のあり方を今後も続けていけるのかということに,疑問を感じるか否かが分かれ目になるということである。
経営にとっては,顧客,その顧客の先の顧客……と目を転じていって,なにがしかの変化の兆しを感じ取り,先に手を打つことがビジネスの主導権を握るチャンスをもたらすことに結びつくのだが,印刷に関してはその兆しがさまざまな形で足元にまで打ち寄せてきている。この5〜6年の間に,例えば東京では,地方から1000社以上の印刷会社が営業を行うようになってきているという話も聞く。同時に,継続的に付き合ってきた顧客が付き合いの長さだけでは発注をしてくれなくなったという話をよく聞くようにもなった。これは兆しであり,この出来事に対処療法的な方策を練ると同時に,抜本的に手法を組み替える必要性があるとするシグナルなのである。
社会は透明化を求め,その流れに沿って動きだしている。
「風が吹けば桶屋が儲かる」とは,「強風で土埃が目に入ると,目を悪くする人が増える。目を悪くすると角付けでもしようということになるから,三味線が売れる。三味線の胴には猫皮だから,猫が減って,鼠が増える。鼠が桶をかじって穴を開けると,桶屋に注文がくる」という因果のこじつけだが,かつては内部の流れが「風が吹けば桶屋が儲かる」の一言でブラックボックス化され,業界の外部の人間には窺い知ることが難しかったものだが,この川上から川下に至る仕組みがどんどん透明化され,エンドユーザーの目に見えるようになり,エンドユーザーに判断を供するような形になりつつある。そしてエンドユーザーは余計なコストを使わないですむ,本当に欲しい商品/サービスを求めて移動をはじめている。
それは内部的非効率,矛盾,要らぬ中間コストの削減と全体を通したシンプル化透明化に向かっているということである。
全産業的にこの流れに対応させるべく自己モデルの再検証,再評価,そして再構築が進んでいる中,印刷業も現在のビジネスの方程式に違和感を感じる必要があるということである。そして今改めて自社を「創業」あるいは「第○創業」と考えて,虚心に自社の資源と社会が求めるビジネスモデルと顧客との関係(コミュニケーション)の間で整合性を図る取り組みにアプローチしてみることが,印刷業の継続的進化の道筋に自社を嵌め込むことに繋がるだろう。
その時,実現したいモデルを完成させるのに,自社の資源で埋めきれないピースがあればそこを積極的に他社と組むことで,あるいは他社の埋めきれない部分の補填に自社資源活用の提案をすることによってモデルを完成させることが,いらぬリスクを背負わない合理的な戦術となる。
顧客との間でも営業的自社利益優先型の「取引」ではなく事業的共同運用型の「関係構築」,すなわちビジネス的信頼関係に基づくパートナーシップを作り上げることが,対処療法にとどまらない合理的な解決手段となりうるのである。
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経営層向情報サービス『TechnoFocus』No.#1356-2004/9/21より転載
2004/10/08 00:00:00