2005年1月20日
社団法人日本印刷技術協会・常務理事・山内亮一
●標準化の目的はデジタルネットワーク化への対応
印刷物生産技術は,製版印刷関係の各種設備がデジタル化あるいはコンピュータコントロール化され,これからはそれらを通信ネットワークでつないで格段にスピーディで効率的な印刷物作りを目指す段階に入った。それは,デジタルデータが通信ネットワークを通じて途切れることなく生産設備間を縦横に流れて必要なデジタルデータが与えられれば,人間の恣意的な判断がなくても各設備が最適な条件で物の生産ができるようにすることである。そうでなければデジタルネットワーク化によって得られる効果は投資に見合わないものになる。そのために必要となるのが標準化である。
印刷工程において従来の「校了紙に色調を合わせる」というやり方は,先に述べた印刷段階で「人間の恣意的な判断をして調整をする」ということであり,その調整がいくらリモートコントロールでできたとしてもデジタルデータの流れが途切れて効率を落とすとともに,品質に関する不安定要素を削除できない。この問題は,プリンタやDDCPあるいは校正刷りも本機での印刷も「基準となる目標色に色調を合わせる」ような仕組みが実現できれば解消することになるが,そのためには「基準となる目標色」を設定する必要がある。これが色に関する標準化の内容である。もう一つの標準化は,「基準となる目標色」が安定して再現できるようにするための設備各部の条件設定に関する標準化,あるいは作業の標準化である。
●2つのターゲットの意味
色に関する標準化について,凸版印株式会社生産・技術開発部の大貫忠治氏は,「標準物のターゲットとなり得るものにISO130国内委員会と日本印刷学会が協力して制作した色標準見本『JAPAN COLOR 色再現印刷2001』がある。日本のオフセット印刷の色標準として作られている。175線の印刷物と各種データを含み,用紙もアート,マットコート,コート紙,上質紙を含み印刷標準ツールとして位置付けられている。また,社団法人日本雑誌広告協会と社団法人日本雑誌協会が策定した『雑誌広告基準カラー』がある。オフセット輪転印刷でのコート紙用に,通常使用しているDDCPのLab値や印刷本機で表現できるCMYKそれぞれのベタ濃度数値を元に作られた」と,2つのターゲットの存在を紹介した。
現在,この2つのターゲットの存在については業界内でいろいろ意見があるようだが,大貫氏は「前者はインキ,紙,ベタ色,ハーフトーン色およびそれらの色見本,色彩値などの標準値を含む日本における印刷の色に関する標準を示し,後者は雑誌広告の色見本となるDDCPやプリンタを管理するためのターゲットを,管理されたDDCPにより示すもので,その対象やアプローチが異なる。しかし,いずれもオープンな色基準であり得意先の了解が得られれば協力会社との生産連携をする場合などの色標準として有効である」と述べた。
●結局は生産性の高い方式が主流になる
しかし,「一つの得意先や品目により色基準を一元化することは可能であっても,要求品質や好みの異なる得意先や品目に共通の色基準を作るのは困難な作業である。仮の色基準を設定し協力会社とも連携を取りながら基準の作り込み,レベルアップを粘り強くやっていく必要がある」と現実的な難しさも指摘した。
印刷品質に関する問題は古くて新しい問題である。基本は,品質,価格,納期のバランスに関する個別判断となるが,過去における新しい技術の登場とその後の変化を見ていくと,品質欠陥が出るような場合は論外として,結局は生産性により優れた技術,生産方式が技術改良も熱心に行われて主流になることは明白である。
●インキキープリセットを最大限に生かすポイント
三菱重工業株式会社技術本部広島研究所の金子雅仁氏は,既に一般的になっているインキキープリセット機能を最大限有効に活用するための要件について述べた。その一つとして用紙やインキが異なる場合には,たとえ絵柄面積が同じであってもインキキー開度は変えなければならないが,どのような条件のときにどのように変えていくのかをあらかじめセットしておくためのデータ(同社では「API変換関数」と呼ぶ)を簡便に出す考え方と具体的な方法を紹介した。条件による設定の違いとして,厚盛を好む顧客とさらっとした感じを好む顧客それぞれへの対応ということもある。
同社のインキキープリセットシステムでは,従来から「API変換関数」をプリセットする機能をもっていたが,刷版絵柄面積率計の計測精度の問題や印刷機の色再現性の不安定さによる誤差が大きく,API変換関数を精度良く設定してもその効果が得られなかった。しかし,CTP,CIP3の普及,あるいは印刷機の色調安定性能向上によって,API変換関数をきちんと設定することにより,オペレータによる色調整をほとんどなくせるようになってきた。ある会社で,節電のために常に使用電力レベルを監視して,一定以上の電力が使用されると重要度の低い部分から電力供給を止めるというシステムが稼動していた。しかし,あるとき工場内の設備すべてが一斉に稼動し,工場の空調設備の電源までが切られてしまったが,そのとたんに印刷機の水上がりが変わって印刷ができなくなったという。モルトンを使っていた時代では考えられないことであり,印刷機械のコントロール精度が非常に高くなっていることを示す好例である。
金子氏のもう一つの指摘はまさにこのことに関連しており,印刷物の色調の再現性を確保するためには,工場内の温湿度管理をはじめ呼び出しローラや着けローラ等のインキローラ群のセッティング,胴仕立て,湿し水機構等を中心とする機械各部の日常的なメンテナンスや適正な設定が重要であると述べた。
●今後とも目が離せない環境問題関連の動き
環境関係では,小森コーポレーションの田尾玄治氏が,印刷機械の生産から印刷会社での使用,および廃棄に至るLCA(ライフサイクル・アセスメント)の全体像を紹介するとともに,印刷機使用段階における環境負荷の評価を,例えば連続運転時の1通し当たり消費電力(=総消費電力/1時間÷(生産速度×色数×歩留まり率)や1通当たり消費資材(=総消費資材/1時間÷(生産速度×色数×歩留まり率)といった指標で行うようにしてはどうかという興味深い提案をした。
このような環境問題を視点とした指標は,上記の印刷機だけに限らず,従来の生産性の視点から見た指標を含む総合的なものとなり得る,という点に注目すべきである。
印刷インキ,用紙に関しては,今後,石油系溶剤だけではなくほかの特性化学物質に対する規制強化の可能性など,今後とも目が離せない状況の指摘と,ハイブリッドインキに関する用紙リサイクル上の問題指摘がなされた。かなり前から環境マネジメントを積極的に推し進めてきた丸山印刷株式会社の事例が紹介されたが,本気で取り組めばここまでできるという実例を示した点で大変有意義なものであった。
2004/11/29 00:00:00
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