DTPの重要な要素であるPostScriptが登場して15年になるが、技術変化の激しい今日にあって、これほど長持ちする技術は非常に珍しい。当然最初のレーザライタを使っている人は希で(でもいると思う)、製品としては何世代も移り変わってきたが、当初のPostScriptのコードはそのまま今日でも通用するのである。フォントのType1に対してTrueTypeが現れたが、これは主としてライセンス逃れのためであって、PostScriptRIPはTrueTypeをもレンダリングできるように、PostScriptの土俵の方が勝っている。
PostScriptが出た頃のハードウェア環境では重過ぎて不平も出たのだが、ハードウェアの命は短いし、すぐに飛躍的によいものが出て、ほっといても処理時間の問題は解決されるものであり、またソフトウェアも進化するものである。それよりも規格の一貫性が重要だというのがAdobeの主張であったが、この姿勢を堅持したからこそ今日がある。
逆にその時その時の製品の作りやすさや、セールス文句の魅力から、仕様を何度となく変更したイメージングモデルは消えていってしまった。PostScriptRIPの互換製品も、Adobeとの差別化をしようとすると、かえって短命になるというジレンマの中で力をなくしていった。PostScriptというのは驚愕の奇跡的なイメージングモデルで、Adobeの設立者は先見の明があったと思う。
しかしPostScriptにも弱点はあって、過去にも若干のテコ入れがなされた(ここに参考記事)。PostScriptはプリプレスの既存のあらゆる技術と戦って勝利を納めてきたのだが、最後のプリプレスの砦はCEPSの持つハイエンド出力の安定性であった。PostScriptがいろんなコンピュータ環境に対応するという長所をもつ反面、環境の違いが出力の質にも影響を及ぼすことが拭い去れなかった。要するに出力の安定性の欠如である。
奥の手としてのPDF
PDFのスタートはどこでも同じように文書表示ができるように、PostScriptの派生技術を使ったものであった。PDFにも紆余曲折はあったのだが、結局フォントを埋め込むことで表示の再現性を保証し、CD-ROMやインターネットを通じた広域の文書配布のスタンダードになった。PDFを使えば、PostScriptを意識しないで作ったWindowsアプリケーションの出力も容易にハイエンドのイメージセッタにもって行ける。
プリプレスのデータ交換や出力問題もPDFで同じように解決できるのでは、という期待が高まったので、AdobeはPDFの仕様とRIPを含む出力技術のExtremeを発表した。これによりハイエンド出力メーカーも従来のCPSIのRIPから次第にExtremeを取り込んでいったが、今まではPDFの扱いはオプションのような形で、従来のCEPS的中間フォーマットでハイエンドに必要な便宜を与えるところが多かった。
しかしPDFはPostScriptに比べてコンピュータ言語的なところが欠けることによって、よく見ると専用機時代のプリプレスの出力データ様式(そうだ、PDLと呼んでた時代もあったね)に似ているのである。プリプレスのメーカー間では統一できなかったPDLが、PDF(ちょっと紛らわしくなったが)によって統一されるとしても不思議はないのである。
終着駅としてのPDF
1999年にライノタイプヘルはハイデルベルグといっしょになった。これは30年近い歴史を持つ電子プリプレスの技術が自立してはやっていけないことを世に明らかにした。ライノタイプヘルにはDeltaという出力の中間フォーマット技術があったが、ハイデルベルグの決断はExtremeベースのPrinergyに置き換えていこうというものである。当然既存設備との互換性は考えられているが、今後の買い替えで次第にPDFを主体としたPrinergyに収斂していくシナリオである。
各出力メーカーが個別の設計をしていたCPSIのRIPでは、出力段階のデータを他社のシステムとやり取りするのは非常に制約があった。いったんTIFF/ITなどを介さなければならないからである。しかしExtremeのアーキテクチャなら、PDFというオブジェクトのレベルのデータをメーカーを問わずに授受し、しかも処理する側はそれぞれの出力メーカー固有の技術を Job Ticket Processor という形で組み込むことができる。
PDF/Extremeは過去のプリプレスの問題解決を考えただけではなく、ネットワーク時代にコラボレーションする際に必要な要件をベースにしているため、過去のプリプレス技術ではちょっと太刀打ちできないものではないかと思う。ハイデルベルグの決断は理にかなっている。今後のプリプレスがPDFワークフローという共通の線路を走ることになり、この線路の上で各メーカーの列車が競い合い、またユーザの運行能力が問われる様になる。なにしろPDFに代わるだけの器の広い技術は他にないのだから、キマリである。
とはいっても、まだPDFにもExtremeにも、各社の対応にもいくらかの疑問はある。PAGE2000では、PDF workflowという特別のコースを設けて、Adobeのアーキテクチャから、各メーカーの対応、ユーザ側が考えることまで、一連のセッションを行う。これを通して、PDFの問題を、単なるファイルフォーマットの問題とか、出力部分の新製品の問題という矮小化された理解ではなく、各社が現在行っているプリプレスに劇的な改善の余地を見つけ出して欲しいと願う。
2000/01/17 00:00:00