◆三報社印刷株式会社 SSC事業部部長 佐藤 一幸
DTP技術への確信
私がDTPエキスパート認証試験を受けたのは,1994年の夏にさかのぼる。当時の出版印刷業界の現場は,まだまだ写植・製版部門が奇麗に分業化されていた。私は商業印刷業界に身を置いていたが,1992年に現会社に製版部門の内製化を目的として入社した。専門はスキャナ技術である。内製化はドラムスキャナとCEPSおよびレタッチ要員でスタートした。月産1万5000ページに及ぶ仕事量を既に内製化していた写植部門からの版下を,製版処理することになったのである。
立ち上げは順調に推移し2年後にはほぼ100%近い内製化を達成した。まずまずの出来ではないかと自負があった。しかしそのころ,私の中に疑問も芽生えていた。DTP技術である。写植〜製版フローの内製化は完成したが,次世代技術としてDTP技術が話題になっていたのである。その当時の展示会などで見るDTPのサンプルは商業印刷物が多く,ページものでは満足のいく品質レベルに達していなかったように思う。
しかしである。写植も製版も大掛かりな専用システムを使っていた当時にあって,いくら非力とはいえパソコン1台ですべてができる技術には,何か不吉な予感?を感じていた。業界の情報もDTPを推進する方向で動いていた。そのような状況の中で会社でも2台のMacintoshを導入しテストを始めることになった。私がまずMacintoshと三種の神器であるPhotoshop,Illustrator,QuarkXPressを徹底的にオペレーションしてみた。脅威な技術であった。「不吉な予感」が「将来の確信」へと変わった瞬間である。近い将来,ページもの印刷もDTPで製作される日が必ず来ると確信したのである。
それからはDTPを最重要技術目標として位置付け,いろいろと情報収集を始めた。その時に出合ったのがDTPエキスパート認証試験である。
DTPエキスパート認証の恐怖
周りにまだDTPに詳しい人もなく,関連書籍を片っ端から買い求め勉強をスタートした。全くの独学で進めてみたが,こんなにも広範囲の知識を要求されるのかと圧倒され,それを吸収し切れるのかと恐怖さえ覚えた。事前に行われた模擬試験も散々たる結果に終わった。それからというもの単語帳を作り通勤途中に暗記したり,関連書籍を理解したりと,受験学生に戻ったかのごとく勉強の日々が続いた。
自信はなかったが1994年の夏に第2期の認証試験に挑戦した。だれもが感じることのようだが,問題数の多さと時間配分の難しさで相当苦心した。
認証試験の結果は不合格。しかし第2期の認証試験では,もう少しで合格できた者を対象に追試(※)が行われ,それで何とか合格通知を貰った。奇跡である。手続き上では第3期生ということになった。
それから時代は急速にデジタル化が叫ばれDTP化が業界に浸透していった。当社も例に漏れず素材(画像やトレース)データが入稿され出し,それを単品で出力しレタッチ部門で合成するといった,今から思えばデジアナ的な方法で処理していた時期も経験した。
その後,写植部門も徐々にDTP化が進み,文字と画像のDTPによる完全な統合処理が当たり前の技術となっていった。
DTPエキスパート認証はスタート地点
DTPエキスパート認証試験に合格してから,私の仕事も現場の仕事内容も大きく変わっていった。現場では第3世代のCEPSの導入やDTP技術を駆使しての製作フローに代わっていった。激動期に入ったのである。
エキスパート認証を修得しても,それで終わりというわけではない。常に幅広く新しい知識や技術スキルを修得していかなければならない。それも激動の時代に即したスピーディな対応が必要であり,かつ実行しなければ後れを取ってしまう。これは技術屋にとって非常に難儀な課題である。
私は営業とともにDTPによる製作フローを得意先に説明したり,社内勉強会を開いたりすることが増えた。自分自身のスキルアップと同時に,部下への技術指導,技術の方向性や情報の収集,設備の選定や補充,等々,現場で画像処理をやっていた時代と比べるとまるで別の職業に就いたようにさえ思えた。
これからの印刷会社にはさまざまな方向にアンテナを張り,時代の要求にこたえていく姿勢が必要とされている。そうした環境下での人材のスタート地点が,DTPエキスパート認証なのかもしれない。
営業DTPエキスパート誕生
専用機で製作していた時代には,ある意味印刷会社の技術はブラックボックス的であり,ある程度印刷会社側にもイニシアチブを取れる場面が存在した。しかし,現在のDTP技術では得意先も印刷会社と同じ設備を使い,製作までやってくるケースがあり,時として印刷会社よりも進んだアプリケーションのバージョンや設備で製作されることもある。知識にしても相当なハイレベルなことを身に着けられている方もおられる。
DTP技術で印刷物を製作,進行していくには営業としても幅広い知識の修得とスケジューリングが重要課題である。
昨年1月に営業部の希望者を募って,DTPエキスパート認証修得に向けての計画がスタートした。若手が中心であったが外部教育機関の協力を得ての挑戦である。予想どおり受講した営業部員は問題の多さと幅広さに面食らっていたが,約半年後の認証試験ではN君一人が合格してくれた。一人でも重要な意味をもつ。合格したN君がけん引役となり次代のお手本となってくれるからである。同時にN君は自信も付いたようであり,得意先に対してもそれまでとは違った営業スタイルを確立してきている。当然,仕事の流し方もスムーズである。しかしそのN君も合格に至るには,大変な努力を要したと言っており,改めてDTPエキスパート認証の手ごわさが確認できた。次代の社員は引き続き挑戦を続けていくことであろう。
永遠なるチャレンジ
印刷業は情報処理産業であると言われて久しいが,最近の仕事の内容を見ていると,HTMLは言うに及ばず,さまざまな業界で標準フォーマットとなったPDFの活用法,CDやDVDの製作,XMLによるデータベース組版など,それらを効率的に処理するコンピュータの応用技術は,もはやもともと印刷会社が行ってきた作業とは,掛け離れたものになってしまったように感じる。もちろん「版を作って印刷機で刷る」という従来からの柱としての印刷技術はそのまま残ると思うが,それもオンデマンド印刷などに移り変わるマーケットもあり得るだろう。
付加価値としての技術は,どうしてもIT寄りになってしまうように思うが,印刷会社がそれらに柔軟に対応し,先を見つめていくことで未来は明るくなるのではないだろうか。
私のDTPエキスパート認証修得から早くも10年以上が経過した。しかし技術変化は相変わらず進歩しており,これからも続いていくであろう。技術進化に終わりはない。停滞もない。おそらく今後もひたすらに,さまざまなことを追い求めていく日々が続くのであろう。しかし後には戻れない。
会社のスローガンでもある「永遠なるチャレンジ」,これほどDTPエキスパートとしての自分にとって的を射た言葉はないであろう。この言葉を多くの社員と共有し,これからの5年,10年もやりがいを感じ,多いに楽しめる日々になることを信じて成長していきたいと思う。
※現在,DTPエキスパート認証試験には「追試」という制度はありません。(DTPエキスパート認証・登録事務局)
2005/10/17 00:00:00