印刷現場でのノウハウの伝承が次第に崩れてきていることをそのままにして,若い世代の勉強不足,技能不足を嘆いても解決にはならない。自動化,ブラックボックス化の流れは止めることはできないので,その弊害をどう解決するかは会社の教育の問題であろう。社内外での教育研修プログラムをしっかり構築する必要がある。
■最近の印刷機の傾向
最近数年間の枚葉印刷機の動向を見ると,両面機,UV乾燥装置,小型機,段取りシステムが顕著となっている。2003〜2007年の5年間が枚葉印刷機の転換期になっていると思われる。
4つの動向のうち,段取りシステムは,印刷現場で蓄積してきたノウハウをソフトウエアとして印刷機制御に織り込んだものであり,インキプリセット,紙サイズ合わせ,自動版交換,印刷物測色がシステムの一部となっている。これらの便利な機能は必須となっている。フィーダに紙を積んでスイッチを押せば自動的に紙が出てくるので,理屈の上では自動生産できる。
しかし,印刷は原稿から始まり,紙,インキ,湿し水といった材料,それを管理,運用する現場のノウハウ,あるいは企画も巻き込んだ物作りとしての最適な組み合わせなど,単に一部の機器の進歩だけではない総合力が必要である。例えば,ブランケットへの紙粉の堆積,版面の汚れなど,トラブルの原因はたくさんある。本来はトラブルを予想して事前に対応策を取っておくべきであるが,トラブルの解決方法を知らないと自動生産が不可能になってしまう。そのためには周辺環境のいろいろな知識が必要である。自動生産のように高度に管理された状態でなくても,日常的なトラブル対策や予防措置にもノウハウと技術が必要であり,印刷現場の課題でもある。
■標準印刷について
物作りでは,より簡単に,より安定して,良い製品を作るための努力がどの産業でも連綿と続けられてきた。「工業製品としての印刷物」や今日注目されているCMSの一環としての「標準印刷」もこの考えを印刷業界に適用した例である。
「標準印刷」は,印刷物の品質基準を決め,標準化された手順で印刷すれば,品質基準内の印刷物ができ,色調調整は不要になり,生産効率は上がるはずであるという考え方に基づいている。作業手順の標準化,材料・環境の標準化,保守点検の励行など多くに実施事項が求められており,機器・材料メーカー,印刷会社ともそれ相応の努力が必要である。
標準印刷によってどこの印刷会社も同じになり,差がなくなることを心配するあまり,否定的に捉えられることがあるが,それは大きな誤解である。管理手法やプロセスを共有化して印刷物の標準的な基準をもつことで,対得意先に工業製品としての印刷を提示できることは大きなプラスであろう。芸術的,工芸的要素や要求を無視しようというものではない。
■印刷現場の一コマ
印刷機のローラ交換と調整は印刷会社で行ってきたが,ローラ交換をできない,あるいは自分でしようとしない機長が増えている。もっとも会社側も技能の落ちた現場には任せられないとして,すべてメーカー,ディーラーに依頼するという方針のところも確かにある。これに似たことはいくつも挙げることができる。
若い世代にとってはスイッチを押せば,ノウハウと技術力がなくても印刷物が出てくる環境で仕事をしており,会社でもそれ以上の技能を要求しないのであれば,彼らだけのせいではない。自動化,ブラックボックス化の流れは止めることはできないであろう。しかし,そのことで弊害があるとすれば,どう解決するかである。課長や先輩に教えてもらいながら腕を上げていくというノウハウの伝承が崩れてきていると言われているが,それであれば,社内外での教育研修プログラムしっかり構築する必要があろう。
機械操作はどんどん平易になるであろう。また機材はどんどん改良されるであろう。そのこと自体は決して悪いことではないだろう。しかし,印刷現場がそのことに寄り掛かって,プロとしての技能や知識を磨かないでいるとどうなるのであろうか。より本質的な印刷品質をチェックする目と知識,どうすればよいかの判断,何を先方に伝えるのか,などを身に着けなければ通用しなくなるということでなないだろうか。
■「オフセット印刷」の定番教科書
10月初旬に発刊された『オフセット印刷技術−作業手順と知識』は,1966年の発行以来,4代目に当たる。この間,書籍名と内容は時代とともに変わってきているが,40年間オフセット印刷の技術書としてバトンタッチされてきた。
今回の大幅改訂では内容を「作業手順と知識」に分け,今までと大きく変わったのがオフセット輪転機の分野の解説を追加したことである。オフセット印刷技術研究会代表の立場から,作業手順では,将来的にはDVDに動きと声を入れて,学習できればと,ささやかな夢をもっている。
本書では自動化・省力化された最近の印刷機を前提としながらも,手作業を織り込んでいる。
これは,ブラックボックス化した印刷のノウハウと技術をできるだけ共有するためである。印刷機メーカーは膨大なページ数のマニュアルを作っている。大変参考になるが,スイッチを押す手順と保守点検しか書いてない。なぜその手順が必要なのか,紙・インキ・湿し水の関係,印刷物のトラブルについては触れられていない。少し習熟した作業者なら,あるいは意欲のある者ならもっと知りたいと思うことが書かれていない。
印刷現場ではどのようなノウハウと技術が必要かという観点から本書をまとめてきた。印刷機,用紙,インキの各分野ごとの書籍はあるが,これらをまとめて,印刷作業をする立場から書かれた書籍は本書だけではないだろうか。トラブルの解決方法については,上級者の関心が高いので,姉妹編を「トラブル解決」としてまとめる予定である。この2冊がこれからしばらくは「オフセット印刷」の定番教科書となり,印刷現場のレベルアップに役立てばと願っている次第である。
(オフセット印刷技術研究会代表 樋口宗治) |