印刷会社として印刷機・製本機・DTP出力機など等、機械設備の更新は不可欠である。しかし、ハード・ソフト共に、いつ(時期)、どのくらい(投資金額)か、そのタイミングを図るのは経営判断として非常に難しい。
DTP出力機を採っても、かつての専用機に比べれば単価は安くなっているが保有台数分を切り替えるとなれば莫大な投資となる。また、実際にはクライアント数の3倍以上の制作会社からデータが入稿される。その中には、自治体や新規参入など新しい環境で制作されたデータと主に出版社など長年作業してきた環境で制作されたデータなどデジタルでの格差が広がっている。
今後は、新しい機械、ソフト、ヴァージョンへの研究、対応はもちろん必要だが、一方で今までのデータ環境も何らかの形で残すか、再販データ保存の対策など旧体制への責任も背負わなければならない。つまり新旧両方への対応をせざるを得ない。
それでは、現在、変革期真っ只中のレイアウトソフトを例にして、入稿状況から変革背景、クライアント動向、印刷会社のすべきことについて某大手印刷会社のK氏に伺った。
nDesign CS ⇒1割
QuarkXpress 3.3r2 ⇒3割
QuarkXpress 3.3r7 ⇒3割
QuarkXpress 4.1 ⇒3割
これは某大手印刷会社での入稿状況の例である。InDesignの入稿は、まだ全体の1割(2005年9月)程度であるが、出版社・自治体を中心として日本語組版を重視するクライアントに急速に広まりつつある。今後5年程度でこの比率は大きく変わっていくとK氏は推測している。クライアントよるInDesignへの興味関心は高いが現在入稿されているレイアウトソフトの数値と異なっているのには理由がある。
第一に実際に制作に携わるのは編集プロダクションやデザイン制作会社がほとんどであり、そういった会社は社員数人の小規模経営が多く、自社の設備を頻繁に更新しにくい環境だからである。
第二にQuarkXpressでは、不正規版の使用が目立つことがある。不正規版を使用している制作会社は、新規購入には費用がかるうえ、旧バージョンは入手できないこと、現状の作業であまり問題がないため、自ら進んで新しくヴァージョンアップしたり別のソフトを購入するという考えには至らないからのようである。新しい環境に対する制作現場での温度格差が発生しているため、この層の入稿物は残っていく可能性が高い。
第三に今まで紙面を制作する環境は書体の指定などはあるにしても、ある程度制作会社に選択権があったが、今回のレイアウトソフト移行の動向はクライアントからの動きであり、今後は業界全体がクライアントの意向に沿って変わっていくのではないかと思われる。しかし、まだ変化の途中段階でクライアントも制作会社も模索中のため、入稿数値として表面化していないだけである。
また、現在、入稿比率で1割のInDesignでの入稿の種別としては単発の新規物件は少なく、定期刊行物などの大掛かりな切り替えが目立っている。
そもそも、DTPの普及はクライアントの生産コスト削減のため、制作を内製化していこうという動きから始まった。そのためデザイン制作会社やクライアント内部で印刷物にするためのデータを作成するようになった。それでも「美しい日本語組版」を必要とされる、定期刊行物、文芸書、などはクライアントの組版に対するこだわりから印刷会社の写植組版が好まれ、利用されてきた。
しかし、出版市場は年々厳しさを増し、さらなるコスト削減と納期短縮による生産性の向上、そしてワンソース・マルチユースの考えが必要となり、クライアントではワークフローの見直しを本格的に考え始めたのである。
クライアントが新しいレイアウトソフトを導入する際に期待するメリットとして
1)こだわりの文字組(特に縦組み)の品質保持
2)OpenTypeフォントによる豊富な文字利用
3)ワークフロー改善(内製化)によるコスト削減
4)生産性の向上
5)Web対応のためのPDF/XMLへの活用(データの一元化)
6)その他のソフトとの親和性
などが挙げられる。このようにクライアント側は新しいソフトに単なるレイアウトソフトの域を超えた可能性を求め、試行錯誤しながら歩み始めている。
また、これからデザイン業界、出版業界、印刷業界へ学生たちを送り込む教育の現場でもIllustratorやPhotoshopを学ぶのと同様にInDesignを教育する方向にあるようだ。しかし、あくまでデザイン主体であり、補足的にページレイアウトまでの表現方法を広げるためという要素が強い。ある編集専門学校の講師は印刷・組版知識に基づく教育までされるかどうかは疑問であると答えている。
先に述べてきたことを読み返すと、新しい環境は魅力的である。しかし印刷社会の立場から考えると喜んでばかりはいられない。
ここ数年、DTPが一般的で当たり前になったことによる恩恵も計り知れないが、印刷物を制作するために必要だった組版知識や製版知識が失われてきたのも事実である。写植からDTP、CTPが浸透したことによるフィルムレスで製版工程の統合化、デジタルカメラ撮影によりRGBでの入稿、CMYK変換などで技術は大きく変化・進歩しているのだが、アナログ時代に比べて、印刷会社への負担や手間は軽減したであろうか。
一概にはいえないが、新しい技術・機能を採用するには従来のやり方ではなく、新しいワークフローをクライアントも含めて確立しなくてはならない。しかし、クライアントの状況変化とDTP技術が進んだという背景から、目前のコスト削減のみに拍車が掛かっている。その結果、その都度適応するも、ワークフロー構築と人材教育が後追いになってしまい、新しい価値へのチャレンジができないまま製版部門が生み出していた利益が大幅に減少したことは周知の事実である。
InDesign導入が部分的なコストダウンに走るのではなく、クライアントと印刷側で知識の共有化と最適なワークフローを確立することが本質的なコストダウンになり両者ともにメリットを共有できるよう考えなくてはならない。クライアントからの要望が増えたら対応(導入)しようと考え方はDTP化の初めのころと変わらない。多品種小ロット短納期の中で単価は下がる一方で、制作・製造への合理化の主導権も得られない状況が続くのではないだろうか。
組版レイアウト作業において重要なことは、完成度の高い原稿が得られるかである。どんなにソフトの性能が向上しても完成度の低い原稿では良いものが効率よく制作することは無理である。
一方、技術面ではプロセスでの技術がバラバラの場合、最も低いレベルに合わせざるを得ない。印刷会社として技術力が発揮できない。つまり、自社のソフト・ハード環境をどう活かすか、効果ならしめるかは、外部とのコラボレーションを含めたワークフローをどう構築するかである。その窓口が営業マンである。仕事の組み立て方、自社設備への理解、入稿内容のチェック能力のレベルを上げることである。
ここでポイントなのは、クライアントは印刷物だけでなくPDF作成やWeb掲載、そしてデータベース構築など将来的にマルチな利用を考えているということである。それは印刷原稿が最優先ではないということであり、場合によっては印刷物への適正は後回しにされる可能性もある。このような新しい流れの中ではすべてが一気に変わるというわけではなく、新しいものと古いものが交錯し同時に進行していくため、ある程度ワークフローが定まるまでは非効率なことが多くなるだろう。しかし、この変革に参画しノウハウを蓄積すること、そしてクライアントへ先手教育をすることが今後の自社の明暗を分けると言っても過言ではない。
5年弱の間で、自社オペレータの育成、営業教育、クライアントとデザイナーの教育、そして共通ルールの構築と定着が急務である。
出典:社団法人 日本印刷技術協会 機関誌 JAGAT info 2005年10月号
◆1月24日(火)上記に関連する印刷営業のためのセミナーを開催いたします。(多機能化する(新)レイアウトソフトの入稿ガイド速習講座)
2006/01/07 00:00:00