アドミュージアム東京で開催された「『コレって広告?!』展 ―拡張する21世紀の広告クリエイティブ―」の展示内容を通じて、21世紀に入り急速に変容している広告の役割について考える。
東京・汐留のアドミュージアム東京では、2000年から約20年間に日本で発表された広告の中から時代を象徴するものを厳選して紹介する「コレって広告?!」展を4月27日から8月31日まで開催した。
本展では、絶え間なく変化し続けてきた2000年以降の約20年間の広告の姿を「拡張」というキーワードで表現した。
会場には「リアルの拡張」「メディアの拡張」「発信者の拡張」「価値観の拡張」の四つのゾーンを設け、テレビコマーシャル(CM)やインターネット広告の上映、ポスター・新聞広告・ノベルティーグッズの実物展示、屋外広告やイベント風景を記録した写真のパネル展示など、さまざまな形式で91点の広告を紹介した。以下では、それぞれゾーンの概要と展示内容の一部を紹介する。
ゾーン1:リアルの拡張〜パブリックをハックする〜
屋外広告やイベントなどによって、より多くの生活者への訴求を試みた事例を紹介する。
ヤフー防災広告「ちょうどこの高さ。」(2017年)
当時解体直前だった東京・銀座の旧ソニービルの壁面にヤフーが設置した懸垂幕の広告。2011年の東日本大震災から6年が経ち記憶の風化が懸念されるなかで、震災の日を記憶にとどめることの大切さを呼び掛けた。
震災時の津波の最高値である海抜16.7mの位置には赤い帯が巻かれ、白抜きで「ちょうどこの高さ。」というコピーが表示されている。建物や街の風景を利用できる屋外広告のメリットを生かし、ニュース映像だけでは実感しにくい津波の脅威を説得力を持って伝えており、防災意識を啓発するヤフーの取り組みをアピールするものとなった。
ルパン スティールジャパンプロジェクト(2009年)
リーマンショックの翌年、経済が停滞していた日本に活力を与えることを目的に、ルパン三世のキャラクタービジネスを展開している平和、日本テレビ放送網、トムス・エンタテインメントなどによって実施されたプロジェクト。
公式ウェブサイトで「ルパンに盗んでほしいもの」を募集した後、東京・渋谷のモヤイ像や大阪・道頓堀のくいだおれ太郎などを次々に撤去し、現場に犯行声明を残していった。モヤイ像とくいだおれ太郎は、後日元の場所に戻され、さらにこの翌年には盗まれたお宝に関連する品をルパン三世ファンにプレゼントするイベント「お宝山分け会」が開催された。
本プロジェクトは大胆な発想で人々に話題を提供し、関わった企業や地域のPRにもつながった。
ゾーン2:メディアの拡張〜テクノロジーが生活の一部に〜
1999年にNTTドコモがiモードのサービスを開始したことを皮切りに、2000年代の初めには日本独自の携帯電話向けインターネットサービスが発展し、これに対応する新機種も次々に発売された。それらは、2008年に日本市場に投入されたiPhoneや2009年に日本に初登場したAndroid搭載のスマートフォンなどに取って代わられることになる。人々は携帯電話があれば、いつでもどこでもインターネットに接続できるようになり、それにつれてインターネットを利用した新しいサービスも生まれてきた。
このゾーンでは、モバイルインターネット時代を象徴する広告として、携帯通信事業者が携帯電話の新機種や各種サービスを紹介するテレビCMや新聞広告などを展示。また、機種の変遷がたどれる実機の展示コーナーを設けた。
そのほか、インターネットサービスを活用した企業のキャンペーン事例も紹介した。
UNIQLOCK(2007年)
2000年代初めに楽天ブログやココログなどのサービスが登場したことで、初心者でも容易にインターネットで情報発信が行えるようになり、ブログの開設者・閲覧者は共に増加していった。
この機運を捉えたユニクロは、キャンペーンの一環としてブログパーツ「UNIQLOCK」を自社のウェブサイトで配布した。ブログパーツとは、ブログ画面のサイドバーなどに設置することで、さまざまな機能を追加することができるコンテンツ。「UNIQLOCK」は、ユニクロの商品を身に着けたダンサーが踊る映像に音楽と時計表示を組み合わせている。自社のウェブサイト以外の場所にも広告を表示させるという意味で、現在のバナー広告の先駆けといえるものである。
ちゃんりおメーカー(2015年)
サンリオピューロランド(以下、ピューロランド)への来場を促すために、運営会社のサンリオエンターテインメントが作成したウェブコンテンツ。ウェブサイトに設置した専用ページに顔や洋服などのパーツを用意し、ユーザーがこれらを組み合わせて自分のアバター「ちゃんりお」を作ることができる。そのデータはウェブサイト上に保存され、ピューロランドでオリジナルの「ちゃんりおカード」を作ったり、サンリオキャラクターと一緒にバーチャルパレードに参加したりすることができる。
ピューロランドの来場者数はそれまで減少傾向にあったが、このキャンペーンにより前年比33%増を達成したという。
ゾーン3:発信者の拡張〜ユーザー発信やSNSの台頭〜
動画配信プラットフォームとSNSの普及を背景とした、ユーザー参加型のコンテンツなどを紹介している。
Chrome Better Web Hatsune Miku 改(2011年)
グーグルが「Google Chrome(以下、Chrome)」を訴求するために制作したテレビCMシリーズの一つで、当時インターネット上で話題になっていた「初音ミク」を大胆に起用した。
初音ミクは、ヤマハの歌声合成技術「VOCALOID(ボーカロイド)」を基にクリプトン・フューチャー・メディアが開発した楽曲作成ソフトウエアである。少女の姿をしたイメージキャラクターを設定することで、作曲や歌唱にとどまらず、バーチャルアイドルのプロデュースという新たな楽しみ方ができるのが魅力である。
CM制作にはクリエイターやファンが参加。最初にミュージシャンが初音ミクを使用した楽曲を動画投稿サイトで発表し、これに呼応してイラストレーターがキャラクターイラストを、映像作家が動画を投稿、やがて生演奏・コスプレ・ダンス・ライブイベントなどに熱気と共に展開されていく様子が描かれている。そして最後に「あなたのウェブをはじめよう」のキャッチフレーズとChromeの検索画面を表示することで、グーグルがこのムーブメントを支えていることをアピールしている。
平成を語ろう キャンペーン(2019年)
2019年5月1日に元号が平成から令和に変わった。Twitter Japanはこの機会を捉え、平成時代の思い出を共有する場を作るために、3月28日〜5月31日まで期間限定サイト「#平成を語ろう」を開設した。このサイトには、平成を象徴する出来事などから140項目を選出した「キーワード年表」が掲載されており、興味のあるキーワードにハッシュタグが付いたTwitter(現:X)の投稿を閲覧、または自身で投稿することもできた。
4月15日〜30日まで全国5都市の鉄道路線にて、投稿されたツイートで構成された中吊り広告などを掲出。そして平成最終日の4月30日には、同社として初となる新聞広告を日本経済新聞に掲載した。
同社は一連のプロジェクトによってTwitter利用者のムーブメントを作るとともに、利用者以外にまで話題を提供することで知名度の向上に成功した。
ゾーン4:価値観の拡張〜多様性の遍在と新しい常識〜
広告の対象がマスから個へと変化したことを背景に生まれた、個性の尊重や生き方の多様性をうたうメッセージ広告を中心に紹介している。
死ぬ時ぐらい好きにさせてよ(2016年)
宝島社が新聞4紙の全国版に掲載した、死生観をテーマとする企業広告。ビジュアルのモチーフとなったのは、イギリスの画家ジョン・エヴァレット・ミレイが、シェイクスピアの戯曲『ハムレット』におけるオフィーリアの最期を描いた絵画作品「オフィーリア」。モデルには当時「全身がん」であることを公表していた樹木希林氏を起用した。
その美しい写真に「死ぬ時ぐらい好きにさせてよ」のタイトルと「長生きを叶える技術ばかりが進歩して/なんとまあ死ににくい時代になったことでしょう。」「人は死ねば宇宙の塵芥。せめて美しく輝く塵になりたい。」などのボディコピーが添えられている。いかに死ぬかは、いかに生きるかと同じであるというメッセージが込められており、SNSなどで話題となった。
苦情殺到!桃太郎(2017年)
ACジャパンが制作したテレビCMで、民話の「桃太郎」を題材にしたアニメーションを通じてネットモラルの問題を問いかけている。
物語は、おばあさんが川上から流れてきた桃を拾ったところ、窃盗だとして非難する声が(ネット上に)殺到するというもの。画面には「警察に届けないの?」「桃の気持ち考えたことがあるのか!」「謝罪会見マダー?」などの言葉を載せたフキダシが次々に現れ、やがて画面を埋め尽くしてしまう。涙ぐんでうずくまるおばあさんの上に「悪意ある言葉が、人の心を傷つけている。」というテロップが表示される。最後の場面でおばあさんは、駆けつけたおじいさんになぐさめられ、笑顔を取り戻す。
深刻な問題を扱いながらもなじみのある民話を題材にすることによって、視聴者が受け止めやすい内容となっている。
本展で紹介された広告の特徴の一つとして、インターネットとリアル双方のコミュニケーション手法を組み合わせ、幅広い層への訴求を試みている点が挙げられる。そして、もう一つの特徴は、商品アピールを全面に出すのではなく、世の中で関心を持たれているテーマに対して企業の主張を示すことで受け手の共感を呼び、企業および商品のイメージ向上を図る手法が増えている点である。
今後、情報コミュニケーションの手段がますます多様化し、生活者の価値観も変わっていくなかで、時代に即した新たな手法や新たなテーマが生まれていくことだろう。
(JAGAT 石島 暁子)
※会員誌『JAGAT info』 2024年8月号より一部改稿