多くの印刷会社の取り組み事例を見てきた中で「見える化」を実現するために最も大切なものは何かと問われたならば、「必ずやり遂げる」という経営者の強い意志と答えることにしている。
どのシステム(MIS)を導入したらよいかという質問を投げかけられることも多いが、極論すれば、できる会社はどのシステムを使っても実現できるし、できない会社はどのシステムを使っても実現できない。要はシステムの問題ではない。
「見える化」を実現するには、面倒な作業が増えたり、慣れた仕事のやり方を変えたり、ときには社員が「見せたくない」と思っていることが明らかになってしまうこともある。また、こちらを立てればあちらが立たないというトレードオフの事柄も出てくる。そうしたときに判断を下し困難を乗り越えて会社を変えることができるのは誰か?明らかに、経営者以外にはいないだろう。
とはいえ、トップダウンの強制力だけでもうまくいくというわけではない。正確にいうとトップダウンをきちんと機能させるには条件がある。なぜなら社員はトップの発言が思いつきの一過性のものなのか、本気なのかを冷静に見ているので、一過性だと判断すると、取りあえず時間稼ぎをしたり、うわべの体裁だけを整えたりして、嵐が過ぎれば元に戻ってしまう。「見える化」がうまくいかない企業の多くは、このパターンのように思う。
どうやったら社長の本気度を示せるか。まず、何のために取り組むのかを、社員に繰り返し繰り返し語りかけて目的を共有する。設定する目的は“ 会社” を主語にするのではなく“ 社員” を主語にする。例えば「会社が利益をだすため」ではなく「社員が笑顔になるため。社員の雇用を守るため」など。その目的に向かって「私(社長)は真剣に取り組むので、皆さんも真剣に取り組んでください。なぜなら会社のためにではなく皆さん自身のためだから」というメッセージを繰り返し発信する。
ここで社員と信頼関係が構築できるかどうかが成否を分けるように思う。これらのことを「社員と握る」という言い方をされる経営者もいる。次に「見える化」のプロジェクトをつくる。大切なのは社長自身がプロジェクトリーダーになり、自分の仕事の優先順位の一番にすること。多忙な中にあってもプロジェクト会議には必ず出席するという“ 姿勢” を見せることも大事である。そして、プロジェクトの進捗状況は必ず社員全員に伝える。密室で議論していてメンバー以外は何をやっているか分からないという状態は残りの社員の不信感を招く。
社長の本気度が伝わって社員の納得が得られたら、後は手法の問題である。それについては参考となる先行事例がいくつもある。
見える化で必要になる考え方
- 売上重視から付加価値(粗利)重視
- 時間管理(作業実績【時間】から実際原価を算出。目標作業時間の設定)
- 受注一品単位で収支把握し、赤字案件の原因と対策を検討する
- 先行管理(日々の付加価値額を把握し、目標への到達度を全員で共有)
などが根幹となる考え方になる。
それを実現するためには、
- 正確な作業日報記録の徹底
- 受注時に受注金額を確定させる
- 用紙代や外注金額は発注時に確定させる
- 見積もりの標準化(お客様への提示金額はお客様の都合【予算】や競合との関係、あるいは自社設備の稼働状況などで柔軟に変えるが、そうした条件がなければ誰が見積もっても同じ結果となるようにする)
などのことが求められる。
これらの過程では部門間の利害対立あるいはお客様との関係や協力会社との慣習などスムーズに進まない場面も当然出てくる。そのときは、「何のために取り組むのか」という目的に立ち返るのである。そして、あきらめずに取り組めば必ず成果が出る。小さくとも成果が出れば、それが原動力となり次に進むことができる。大きく重たい車輪を動かすようなもので、最初に動かすまでに大きなパワーがかかるが動き出せば惰性で進んでいく。それが「見える化」による全員経営の利点でもある。
(『JAGAT info』2016年4月号より/研究調査部 花房賢)