2016年に60年目を迎えたグッドデザイン賞は、時代の変化に対応しその仕組みを柔軟に変化させてきた。その歩みを辿ることで、日本のデザインがこの60年でどのように進化してきたのかが見えてくる。
先日の記事「グッドデザイン賞と印刷」で紹介した通り、2016年度グッドデザイン賞の大賞ほか各賞が10月28日に発表された。
かつては工業製品のための賞というイメージを持つ方も多かったのではないかと思うが、近年の受賞作を見ると、有形無形を問わず、ジャンルの垣根を越えた提案が目立つ。
グッドデザイン賞の審査方針や受賞対象の変遷を辿ると、日本の社会の変化と、その時々でデザインに求められる役割の変化が見て取れる。
初期の目的は、産業と生活の発展
グッドデザイン賞は、1957年に通商産業省(現経済産業省)が創設した「グッドデザイン商品選定制度(通称Gマーク制度)」を母体とする。デザインという言葉が一般的ではなかった時代に、デザインの必要性を啓蒙する役割を果たした。
企業においても1950年代から松下電器産業(現・パナソニック)をはじめインハウスデザインを設置する動きが高まっていった。
1964年の東京オリンピックを契機とした「いざなぎ景気」、貿易収支の黒字基調など、経済が勢いを増してきた時代である。
グッドデザイン賞は商品の品質への追求を通じて復興を支えた。
1960年代の受賞対象には食器や調理器具、椅子、文房具、照明器具など、生活必需品が目立つ。
物の充足から心の充足へ
1970年代後半になると、消費者は物質的な豊かさだけでなく、心の豊かさをも求めるようになった。
1980年には松下電器によるレコードプレーヤー [SL-10]がグッドデザイン大賞を受賞、以降1980年台前半はカメラ、ビデオテープレコーダなど黒物家電が大賞を受賞している。
1984年の大賞は本田技研の小型乗用車 [ホンダ シビック 3ドアハッチバック 25i]。1985年の大賞は松下電器のビデオモニター [アルファチューブモニター TH28-DM03 ]。その他1980年台後半はカラーテレビ、複写機、パーソナルワークステーションなどが金賞を受賞している。
1991年にバブル経済が崩壊、地球環境問題などもクローズアップされるようになった。Gマーク制度は1997年にインタラクションデザイン、ユニバーサルデザイン、エコロジーデザインに対応する特別賞を設置した。
1998年には通産省の管轄を離れ民営化、名称も「グッドデザイン商品選定制度」から「グッドデザイン賞」となった。それとともに創設当初の目的だった「産業へのデザイン導入促進」から「よいデザインを見つけ、社会へ伝えていく」活動へとシフトしていった。
デザインの概念も広げ、建築・環境、情報・メディア、その他新領域への提案も対象となっていく。
情報化社会と価値観の多様化
2000年代に入るとICTの発展により、一気に情報化時代となる。生活者の発言力が大きくなり価値観が多様化した。グッドデザイン賞においても産業的視点から生活者の視点への転換を打ち出した。
1999年の大賞・ソニーのエンタテインメントロボット [AIBO(アイボ)・ERS-110]、 2001年の大賞・せんだいメディアテーク、同年中小企業庁長官賞・「竹尾 ペーパーショウ 2001」、2002年金賞・新日本製鐵による社会システムデザイン [新日鉄の廃プラスチック再資源化プロジェクト]、2003年インタラクションデザイン賞・エイリアス システムズの三次元コンピュータグラフィックスソフトウェア [Maya]、2004年大賞・日本放送協会のこども向けテレビ番組 [NHK教育テレビ「にほんごであそぼ」]、2005年インタラクションデザイン賞・ヤマハのTENORI-ON [21世紀の音楽インターフェース] など、いずれも時代を象徴するデザインが受賞を果たしている。
東日本大震災を契機にデザインを捉え直す
2011年の東日本大震災では想定をはるかに超える被害に見舞われ、多くのものが失われ、人々は物事の本質を考えざるをえなくなった。グッドデザイン賞においても、デザインの再定義を模索している。サービス、システムといった機能をに着目し、扱う領域がさらに広がっている。
2011年の大賞・本田技研によるカーナビゲーションシステムによる情報提供サービス [東日本大震災でのインターナビによる取り組み「通行実績情報マップ」]はこの年にふさわしい受賞といえる。他にも震災からの復興を支援する取り組みとして2012年金賞・帰心の会の被災地支援活動の建築プロジェクト [みんなの家]、復興デザイン賞・ISHINOMAKI2.0のフリーペーパー [石巻VOICE]などが挙げられる。
2012年の大賞・日本放送協会のテレビ番組 [デザインあ]は、デザインとは何かということを捉え直す画期的な番組だ。
また、地域活性事業が受賞するケースも増えている。2013年地域づくりデザイン賞・淡路地域雇用創造推進協議会の地域雇用創造推進事業 [淡路はたらくカタチ研究島]、2014年金賞・NPO法人東北開墾の月刊誌 [東北食べる通信]などが挙げられる。
以上、グッドデザイン賞の軌跡を追うと、産業と生活基盤の確立、心の充足への希求、情報化による価値観の多様化、環境やユニバーサルデザイン、災害からの復興、コミュニティの再生など、その時々の社会状況と人々がデザインに求めたものが見えてくる。
美しさ、センスの良さ、使いやすさ。デザインにはもちろんこれらの要素が不可欠であるが、それだけで成り立つものではない。
生活に根を下ろし、社会をよりよくしていくもの、新しい時代を拓くもの、これからのデザインにはこうした視点がより求められていくだろう。
参考:グッドデザイン賞とは | GOOD DESIGN AWARD
(JAGAT 研究調査部 石島 暁子)