見積りは管理会計を実現するうえで大きな要素のひとつとなる。
見積りのルールや単価が標準化されている印刷会社は少ない。
理由のひとつは印刷の見積りは複雑で難易度が高いことがある。基本的に一品別に仕様の異なる個別受注生産であり、製造工程も企画、デザインからDTP制作、刷版、印刷、後加工まで多くの工程を経る。さらに仕上がり形態も二つ折り、三つ折りなどの端物、中綴じ、無線綴じなどの頁物、抜きや貼りなどの工程が必要となるパッケージなど多岐にわたる。
また、印刷物の積算見積りをするには製造設計が必要となる。印刷方式はデジタルかオフセットか、枚葉機か輪転機か、版サイズは半裁か全判かというような選択が必要となる。例えば、版サイズが変われば、面付けが変わり通し数が変わる。頁物であれば折り丁の数が変わり製本台数が変わる。積算上の製造設計は仮定の話で必ずしも実際の製造工程と一致するとは限らないし、その必要もないが積算する上では必ず必要となる。同じ仕様の印刷物であっても営業担当者によって積算結果が異なるのは前提となる製造設計が異なることが原因であることが多い。
そして、大きいのが単価の問題である。お客様との長いつきあいの中で、そのお客様固有の単価となっているケースが多い。得意先が出版社や広告代理店などセミプロのような知識を持っていると見積もり書の書式や単価が指定されていることもある。
標準化といっても常に同じ価格しか提示できないと運用が硬直化してしまう。特に入札や合い見積もりには対応できなくなる。 お客様の予算や競合の様子などから値段の調整が必要なときは工程の単価ではなく営業費を変動させる。あらかじめ積算結果に15%なり20%なりの営業マージンを乗せることをルール化しておき、場合によってその比率を変えることができるという裁量を営業担当に与えておく。大きくマイナスするときは上長の承認が必要といったルールを決めておく。お客様から見積りの仕方に指定がある場合は手間はかかるが社内向きの見積もりと提出用の見積もりを別にする。
このように見積もりの標準化を阻む要素は多々あるが、それを乗り越えてでもトライするメリットがあると考える。
一つは値引き額の「見える化」ができる。激しい価格競争のなかでやむを得ない面があるとはいえ、安易な値引きが収益性を落とす元凶となっている。会社の定めた定価に対して、どのお客様、どの仕事でどの程度値引きをしているのかを把握する意味合いは大きい。お客様ごとに単価をいじってしまうと「値引き額」の把握は難しい。
つぎに、得意先分析ができる。年間売上額や付加価値額だけでなく営業マージン率を評価することができる。これらの指標を組み合わせることでお客様ごとに営業戦略を立てる基礎データとなる。
また、見積り原価が一定であれば、「標準原価」として機能させることができる。製造現場の作業時間が妥当だったのかどうか生産性を評価するときのターゲットとして活用することができる。
見積りは管理会計を実現するうえでも大きな要素のひとつであると言える。
(研究調査部 花房 賢)