数値と仕組みによる経営

掲載日:2024年10月4日

もうだいぶ前になるが、ある印刷会社の創業社長と打ち合わせで別の印刷会社に同行したときのことである。

打ち合わせを終えて会社を出ると「あんなペースで仕事してたら儲からん」とその社長がつぶやいた。ただ応接で話しをしただけだったので、いぶかしく思い問い直すと、階下から微かに響いていた印刷機の回転音を聞いてのことだった。また、ある社長は、仕入れ先からの請求書の束をパラパラっとめくっていると怪しいのは光って見えると言っていた。
叩き上げの社長は、自分で一通りの業務を経験しているので、お客さまの名を借りた営業のウソやごまかしを見破ることができるし、急な割り込みや予定変更で外注しないと納期に間に合わないとボヤいている生産管理に「こうすれば社内で組めるだろ」と代替案を提示することもできる。
経験に基づいたこうした感覚値(勘)の精度は驚くほど高く、データは不要ともいえる。

しかし、そのノウハウを引き継げるかというとそれは難しい。代替わりの社長は他業界で経験を積み印刷業界の経験はないというケースも増えている。こうした社長が一から現場経験を積むというのは、業界環境が激変するなか得策とは言えないだろう。新しい事業、新しい販路、新しい用途などの開発に他業界での知見や経験を活かしたい。 そこで必要となるのが、勘と経験ではなく数値と仕組みによる経営管理である。

JAGATでは単品損益の「見える化」を核とした管理会計の仕組みの導入を支援してきたが、最近は積極的には押し出していなかった。というのは、コロナ禍を経てペーパーレス化が進むなかで、印刷を支える新しい事業の開発に業界各社の関心が移ってきたからだ。
「見える化」は「守り」の戦略であり、売上は現状維持あるいは少々減少しても社内の生産効率を改善することで収益向上を図るものだ。売上減少に苦しみ固定費負担が重くなっている状況では、「見える化」の取り組みだけで大幅な収益改善は難しい。

しかし、ここにきて考えを改めつつある。売上が減少傾向とはいえ印刷事業は会社の基盤であることは変わりない。数字と仕組みによるマネジメントを確立した上で、言い換えると経営陣が逐一関与せずとも会社(印刷事業)がまわる体制をつくり余力をつくることが、結局は変革への近道ではないかと思う。

数値管理の出発点の一例として製造現場の資材や消耗品の購入実績がある。いつ、誰(どの部門)が、何をいくらで、いくつ買ったのかという履歴データである。単品損益のベースになる時間コストの算出を依頼されて、こうしたデータの提供を依頼すると経理部門では、購入先の商社の請求書単位で処理されていて明細がわからないことがある。明細は発注担当者のPCのなかにしかなかったり、紙の納品書でしか残っていないケースもあった。

消耗品の購入履歴データのサンプル(金額等は仮の値)

簡単に実績把握ができるようにシステム化したうえで、前年の実績をベースに翌年の予算を立て予実管理をすることで仕組み化できる。「消耗品の値段が上がっているので節約しなさい」と管理者が言っただけで成果がでることは稀である。そもそもデータがないと成果がでたのかどうか把握することもできない。
細かく確認したわけではないが先進的な「見える化」の取り組み企業もこうした地道なデータの整備の取り組みを積み上げて、いまの姿に至っているに違いない。

(研究・教育部 花房 賢)