株式会社TANTと有限会社篠原紙工は、2018年に紙と金のジュエリーブランドikue(イクエ)を立ち上げ、ファッション感度の高い層を狙ったニッチなブランドを目指している。その開発過程と今後の展開について紹介する。
▲2018年開催の国際見本市「インテリア ライフスタイル」より
古来の製本加工技術を応用
ikueは製本加工技術を応用して作られたアクセサリーである。重ねた紙の断面に金箔を施し、型抜き、糊付け、組み立ての工程を経て仕上げられる。
現在開発されているアイテムはピアスとイヤリング。その外観は貴金属を思わせる硬質でシャープなものであるが、触れてみると紙ならではのしなやかさがある。見た目のボリュームから想像するよりも重量は軽く、着けた時の負担が少ない。
また、紙の地色を生かして繊細な色が表現できることも特徴の一つだ。使用している紙の銘柄は現在のところ竹尾のサガンGA・ジェラードGA・タントで、色の組み合わせはダーク、ホワイトのほか、鮮やかなグラデーションのラインアップもある。
通常の紙製品より長期使用に耐える工夫もなされている。もともとikueは書物を保護するために天・地・小口の三方に金箔を貼る「三方金」と呼ばれる技術からインスピレーションを受けて開発されており、さらに耐水加工が施されている。
つけ心地が軽やかで、紙と箔の色の組み合わせによって印象が大きく変わる。ターゲット層は幅広く、普段づかいより少しドレスアップしたい場面での着用を想定している。
美しさと強度を追求
ikueはデザインオフィスのTANTと製本会社の篠原紙工による共同プロジェクトで開発された。
▲「インテリア ライフスタイル」に出展したikueのブランドメンバー。
左から原田 元輝氏、篠原 慶丞氏、横山 徳氏
TANTはプロダクトデザイナー原田元輝氏とアートディレクター横山徳氏によるユニットだ。もともとはフリーランスで活動していた両氏だが、2016年に東京都主催の事業提案コンペティション「東京ビジネスデザインアワード」に共同で参加し、ikueのベースとなる提案で最優秀賞を獲得した。2人は2017年4月に同社を設立し、原田氏がプロダクトデザインを、横山氏は使用する紙の選定やプロモーションツールの作成を主に担当し、事業化を進めていった。
篠原紙工は技術と提案力で定評がある製本会社である。同社バインディングディレクターの篠原慶丞氏は、品質を保ちながらも効率的な製造方法を確立するために、課題を一つひとつクリアしていった。
ikueの形状は書物が基本となるため、製造には従来の製本加工の設備と技術を使用している。とはいえアクセサリーの製造は本作りにはない困難さがあった。
まず身体に長時間触れる上、長期にわたって繰り返し使用するものであることから、耐久性・耐水性・安全性が保障されなくてはならない。また滑らな表面を作るため、紙の束を360度均一に開く必要があった。
耐久性の点では、束ねた紙の端を接着する糊が決め手であり、さまざまな種類をテストしてPURにたどり着く。PURは接着力が強く経年劣化も少なく、塗布量が少なくてすむので紙の開きが良い。
耐水材についてもテストし、耐水・耐油性に優れ、人体への影響も少ないフッ素コーティング剤を採用することになった。
製造工程ではサイズが極小なので、従来の機械を使いながらもより繊細な技術が要求された。特に最後の組み立ては、一つひとつ人の手で行っている。
▲「インテリア ライフスタイル」展示より
左:耐水性を示す展示。開発過程では密封された空間で蒸気を当て続ける実験を行い、撥水・撥油・防水・防湿・防汚に優れ、かつ人体への影響が少ないフッ素コーティング剤を採用した
中:天金(三方金)を施した紙。ブロック状に断裁した紙の束の断面を削り平坦にすることで、金の付着強度が増し、かすれのない滑らかな表面を作ることができる
右:型抜き、糊付けされたikueの原型。これを360度開き、金具を取り付けてピアスを完成させる。PUR糊を使用しているため強度がある上、紙が均一に開き美しい外観を作る
SNSと展示会で販路を開拓
商品としての完成度を高めると同時に、販路開拓も進めている。2018年1月にWebサイトをオープン、Facebook、インスタグラムとも連動し、横山氏のアートディレクションによるスタイリッシュなビジュアルが展開され、都会的で高級感のあるブランドイメージが作られている。
2018年1月にフランス・パリで行われた欧州最大級のインテリア&デザイン見本市「メゾン・エ・オブジェ・パリ」、同年5月30日〜6月1日に東京ビッグサイトで行われたインテリア・デザイン市場のための国際見本市「インテリア ライフスタイル」に出展、いずれも多数の来場を得、紙をジュエリーにするアイデアと繊細な和のイメージが好評価を得た。
参考記事:国際見本市「インテリア ライフスタイル」で見つけた紙ものたち
また「婦人画報」2018年7月号では表紙と特集ページのスタイリングで起用されている。
ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館などのミュージアムショップ、国内のポップアップショプで販売するほか、ブランドサイトでのオンライン販売も行っている。
今後はファッション感度の高い層に向けてプロモーションを行っていく。ピアスの次はリングをリリースする予定で、メンズ分野でカフスなどの開発も目指す。
「ikue」のネーミングには、紙が幾重にも重なる様と同時に、時代を重ねてきた技術への敬意とその継承発展など、重複した意味合いが込められている。原田氏と横山氏は、プロジェクトを通じて実感した匠の技の魅力、そして紙製品が持つ多彩な可能性を伝えていきたいと語る。
ikueのプロジェクトはこれからが勝負といえる。印刷・製本業界が事業展開していく方向の一つを示す事例として、着実に実績を重ねていってほしい。
*初出:「JAGAT info」2018年7月号/「紙とデジタルと私たち」2018年7月20日
(JAGAT 研究調査部 石島 暁子)