【マスター郡司のキーワード解説2021】PARC

掲載日:2021年9月30日

PARCに代表されるアメリカ西海岸文化がDTPをはじめとするIT産業にもたらした功績は計り知れない。今回はこぼれ話編として、その辺りに触れてみたい。

 

PARC(PA=パロアルト・R=リサーチ・C=センター)は、ゼロックス(Xerox)の100%子会社として情報技術などを研究しているのだが、これを説明する前にまずスタンフォード大学について語らないといけない。カリフォルニア州パロアルトには、世界的に有名な(ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)と並ぶ)スタンフォード大学があり、その大学エリアにPARCは存在している。大学の創立者であるリーランド・スタンフォード氏はアメリカの鉄道王で、一人息子が亡くなったのをしのび大学を作ったのだが、作っただけでは日本風に言えば「偏差値も低い」わけだ。

 

そこで、専門家を集めて偏差値アップ策を考えた結論が、「企業の力を使って大学の力も高めよう」ということであった。企業に対して優遇策を提示し、研究機関などを誘致して産学共同的な研究成果を出していけば、おのずと偏差値も上がると考えたのだ。要するに、スタンフォード大学主導の「ミニ筑波研究学園都市」と思えばよい。現在の都市名はスタンフォードなのだが、もともとの地域名はパロアルトで、スタンフォード大学が有名になったことで名称もスタンフォードになったということである(愛知県豊田市のように)。私はかつてイギリス駐在員だったので、オックスフォード&ケンブリッジ大学を身近に感じていた人間から見ると、ハーバード大学はディズニーランド的に思えてしまうが、スタンフォード大学は日本人が抱いているアメリカの大学そのものである。とにかく広々!

 

もともと近くに存在した都市はマウンテンビューくらいだったのだが、シリコンバレーの始発駅をサンフランシスコ、終着駅をサンノゼとすると、マウンテンビューやスタンフォードは中間くらいに位置する感じだ。シリコンバレーと言っても、日本で言えば関東平野みたいなもので、マウンテンビューは「丘が遠くに見える」印象である。しかし、歴史のいたずらか(?)、この地域にお金や人材、チャンスが集まって、世界的IT企業が集まり、世界を牛耳ることになったのだ。

 

シリコンバレー創世記に開所したPARCの特色は、親会社であるゼロックスも自由気ままに研究開発させており、それが良い方に向かうと歴史的大発明を次々と生み出し、ひとりでにドンドン良い方向へと回転していったことだ。今のコンピューターサイエンスは、PARCに依存するところが大なのである。マウスとGUI(グラフィック・ユーザー・インターフェイス)が格好の例で、昔はキーボードで文字を打ってオペレーションしていたのを、マウスを使ってアイコンを操作しコンピューターをオペレーションする、直感的なGUI方式を生み出したのだ。PARCはこのような未来のコンピューターの原型モデルを、ダイナブック以外にもいくつも生み出している。

アップルの創始者であるジョブスがこれを見て自分でも欲しくなり、ウォズアニック(お兄ちゃん的存在の技術者)とともにMacintosh Ⅱを開発した。なお、マイクロソフトを創業したビル・ゲイツも同時期にPARCを訪問しているのだが、ジョブスのような“欲しくてたまらない状態”にはならなかったようで、アップルの動向を冷静に見据え、かなり時間が経ってからMacintoshをお手本にWindows95へと移行したのだ。しかし、これは歴史的大偉業だった。そして旧式のディスクオペレーティングシステム(DOS)からNT(UNIXを手本にしたニューテクノロジー、現在のWindows10もNTがベース)への転換、その用意周到さはビル・ゲイツならではである。

 

リンゴの収穫(ジョブスがリンゴ収穫のアルバイトをしていたので、アップルマークになった)くらいしか産業のなかった地域に大学ができ、その大学と企業が有機的にリンクして大発展した地域がシリコンバレーなのだ。私たちに関係しているDTP技術も、この何もないシリコンバレーが中心となって生まれた。商業印刷が盛んなシカゴや出版印刷で知られるニューヨークでは、おそらく無理だっただろう。ジョン・ワーノックとチャールズ・ゲシキがPDL言語であるPostScriptをPARC時代に開発し、それを世界に広めたいとゼロックスに答申したところ、なんとOK(太っ腹!)が出て、二人の頑張り(PostScript愛)で、アドビシステムズ(現・アドビ)に発展している。その社名の由来は、ワーノック氏の自宅裏に流れているAdobeクリーク(川)ということである。

 

(専務理事 郡司 秀明)