デジタル環境の変化によって、人々の生活パターンに変化が出てきている。メディア接触もその一つであり、読書に関する傾向にも影響が出ている。
「読書率」にみる出版事情
毎日新聞社の「第68回読書世論調査」(全国の16歳以上対象)によると普段、書籍か雑誌(両方の人も含む)を読む総合読書率は、ほぼ前年並みの69%であった。書籍(単行本、文庫本、新書)に限定すると52%である。書籍の読書率はこの20年間50%前後で推移し、大きな変化はない。それなのにこの20年間で本の販売金額は大きく下落している。
もともと本を読む人はそれほど多くなく、読む人は今でも読んでいるということだろう。読書率と購買率は正比例ではないので、図書館や古本屋などの利用も考えられる。
問題なのは読者層がもともと違うという事実を考慮しないで、書籍・雑誌の売り上げが落ち込んでいることをひとくくりで取り上げていることではないだろうか。例えば大ヒットしたトマ・ピケティ『21世紀の資本』は、みすず書房の既存顧客とはかなり違う層の人が読んでいるはずだ。出版の世界では普段読まない人に読んでもらうことが、ヒットにつながる。
雑誌の展望とマーケティング
電車の中で雑誌を読んでいる人をほとんど見かけなくなった。雑誌はパッケージメディアであることに価値がある。読まれなくなったのは、違う価値が求められるようになったということで、1999年のiモード登場が転機になっているだろう。
そこで、コンテンツをどのように読者に届けるのかという問題が出てくる。電車の中で雑誌の代わりにスマホを見ているのなら、そこにコンテンツを配信するしかない。そして、スマホに適した記事単位のマイクロコンテンツの見せ方やリアルなイベントなどに結びつける手法の開拓が必要になってくる。ターゲティングや双方向性のコミュニケーションも今後必要になるだろう。読者カードなどで収集していた読者の意見を、デジタルマーケティングで簡単に入手できるようになる。
つまり編集者の手が入った優良なコンテンツを、届けたい人に、どのタイミングで届けるかをデバイス特性に合わせて考えていくべきだということである。これはDMPやマーケティングオートメーションの発想に似ている。
読書パターンが変化している以上、届け方に変化が生じるのは当たり前で、生活者の視点に寄り添って、「定額制読み放題」のようなサービスも出てきている。だからこそ雑誌にとって重要な広告の手法も変化しているのであり、コンテンツ自体もよりクォリティの高いものが求められてきているのである。
『印刷白書』のコンテンツと2020年に向けて『未来を創る』
JAGATでも研究会やセミナー、pageなどを通してメディアビジネスの実情から近未来像を探るようにしている。コンテンツについても読者(もしくはオーディエンス)の目は厳しくなっている。手を抜いたり、やる気がなかったりすると読者はすぐに気が付く。
例えば『印刷白書』では、数字の整合性や正確性に細心の注意を払っている。そこで手抜きをしたり、いい加減にやり過ごしたりすると、信頼性を損ねるし、差別化やブランディングの観点からいうと致命的になる。そして、社会の動き、生活者の変化、メディアの最適化、消費行動変化、購買活動、販促手法の多様化などを背景に印刷ビジネスの役割を再考する。コンテンツの届け方に注目して、メディアビジネスの展望も見ていきたい。
また2020年の東京オリンピックをマイルストーンに考えたい。かつてはオリンピックが開催される4年ごとに映像通信の技術が発達していった。東京オリンピックを機にメディア環境の大きな転換が訪れるであろう。それは視覚の拡張を意識したものであろうし、記録メディアの進化も起きるに違いない。
印刷業界にとっても新たな役割が見いだせるかもしれない。それを別な角度から考えるとメディア環境、経済効果を印刷の立場から追っていくことである。情報発信(デザイン、テクノロジー)の手法、インバウンドビジネス、案内板やデジタルサイネージの整備、セキュリティ、観光客誘致などを印刷の視点から考えていくこともあり得る。
これはあらゆる産業と関わりのある印刷産業ならではの特長である。『印刷白書』で「産業連関表」などを取り上げているのは、印刷ビジネスの成長性を異業種との関連性から見ていきたいとの考えからである。
関係のなさそうなメディアビジネス領域、デジタルコンテンツ、デジタルマーケティングにまで言及しているのは、それが印刷とも関係性があるからである。その辺の事情は『未来を創る』でウェブ博士が力説しているとおりである。2020年に向けた『未来を創る』の実現に向けて、あらゆる可能性に挑戦していきたい。
(JAGAT 研究調査部 上野寿)