※本記事の内容は掲載当時のものです。
「センス」という言葉がよく使われる。
「いいセンスのスキャナオペレーターが需要な役割をする。」
「あのレタッチマンはセンスがいい。」
という具合に・・・。この場合の「センス」とは単に「感覚」とか「色彩感覚」というよりも広い意味でいうのであり、「総合技術力」、すなわちトータルなノウハウのようなものをいうのだと思う。
そもそもレタッチマンはアナログ思考人間である。遠く描版、湿板時代から、レタッチマンは、原稿のもつ色彩情報を連続調(アナログ)としてとらえ、印刷再現において、最も効果的な色演出を設計してきた。
人工着色_人着の技術とは、無彩色のモノトーンをカラー化して色再現するという想像的な作業である。そこには色彩設計の段階で、光と影というか、イメージというか、いまだハッキリとデジタル化されていない人間の想像力(イメージ力)のようなものが重要な役割をする。その点は、一般アーチスト、アルチザン(職人)の作品の創造の初期的段階とよく似ている。人着のレタッチマンは、日頃さまざまな色彩として眼に映る自然の色に復元する・・・・というような能力を持っていたと思う。
現在の製版の主流は「カラー原稿通り、画像再現する」ということが大部分である。人着の場合は、若干の色指定のある場合もあるが、主として画像再現と着色効果は「レタッチマンにまかせる」ということである。「犬の眼」は見るものがモノトーンに映ると聞いたことがある。「犬の眼」を「人間の眼」に映るものに色演出するのが、人着レタッチマンの仕事なのである。
レオナルド・ダ・ヴィンチが弟子と散歩をしていた。途中、ダ・ヴィンチは路傍の石を拾って持ち帰った。弟子は「そんな石どうするのですか」と聞くと、ダ・ヴィンチは微笑するだけであった。それからしばらく日を経て弟子の前にダ・ヴィンチは美しいヴィナスの石像を見せたという。人は「路傍の石からヴィナスが誕生した」とダ・ヴィンチを讃えた。
路傍の石からヴィナスを生み出すような技術、そのような創造力、想像力、色彩設計力、美的素養は、人着レタッチマンの「センス」にかかっていた。
2台のインスタマチックカメラを用意して、1台でモノクロ写真を写し、1台でカラー写真を写せば、人着レタッチの色演出がよくわかると思う。
赤いチューリップはモノクロ写真では中間調のグレーに映り、紺系の洋服はシャドウ寄りのグレーに映る。明るいオレンジ、グリーンなどは中間以下のグレーになる。
人着レタッチマンはそれらを読みこんで色設計し、パーミストン(粒子の細かい磨き粉のようなもの。湿板ポジの調子を薄くするとき使用する。今の網ポジの減力液にあたる)、グラファイト(鉛筆の粉のような黒粉、湿板ポジの調子を濃く、強くするときに使用する)、鉛筆、けずり針、消しゴムなどの用具で画像再現を行った(用具については後述する)。
『続・レタッチ技術手帖』(社団法人日本印刷技術協会、坂本恵一)より
(2003/03/28)(印刷情報サイトPrint-betterより転載)