訪日外国人観光客の潜在ニーズをかなえる

掲載日:2015年8月26日

訪日外国人観光客が抱える潜在ニーズを叶えながら、浅草が抱える「一点集中型観光」という本質的な課題を解決する試みを始めた、「浅草寺子屋i」の取り組みを紹介。

国内外の観光客を魅了するまち・浅草

日本を代表する観光地であり、活気に満ちた下町の代表格でもある台東区・浅草。628年草創、1400年近い歴史を持つ「浅草寺」や、日本で最も古い商店街と言われる「仲見世」、雷門に隅田川、人力車など魅力的な観光資源に富み、国内外から多くの観光客が訪れる。
東京随一の観光地という顔を持つ一方、1つ奥の道に入ると、今なお古き良き下町の風情や戦後・昭和の原風景が残るなど、多面的な魅力を持ち、路地ごとに違う顔を見せてくれる懐の深いまちでもある。
昨今、訪日観光客の増加による一層の観光地化に伴い、浅草の情報を発信する施設「浅草文化観光センター」のオープンをはじめとした来訪者向けサービスの拡充が進んだ。訪れる側にとっては観光を楽しむ利便性は向上しているものの、浅草が一大観光地であるからこそ抱え続ける積年の課題がある。
「多くの文化的・歴史的史跡が残るまちとして国内外・季節を問わず、多くの来訪者があります。しかし、彼らが訪れるのは、浅草寺・仲見世周辺だけであることが多い。広域としての浅草を紹介し、足を運ばせるような仕組みはまだまだ乏しいのです」と、コミュニケーションデザインインステチュート(株)の和田哲郎氏は話す。

課題解決に向けてスタート

浅草エリアの隅々まで観光客を回遊させる、そのために何ができるか、具体的に考えるきっかけは、2010年6月に設立された「隅田川流域舟運観光連絡会」(以下、舟運観光連絡会)への参加だった。
舟運観光連絡会は、かつて江戸のまちが舟運都市として栄えた歴史に注目、その機能を現代に甦らせるような試みを通して、水の道・隅田川を中心に周辺のまち、例えば浅草や日本橋、深川などの活性化を目指す団体である。舟運観光連絡会には墨田区、台東区、江東区など、隅田川流域の自治体をはじめ、街の活性化を志す各地の様々な団体が参画、和田氏も企画・実施を担当する事務局の一員となった。
その活動を通して、老舗商店主たちが浅草の文化や歴史を学びながら情報を発信し、観光客におもてなしの心を広げることを目的に結成された「浅草槐の会(あさくさえんじゅのかい)」との関係を深め、観光客の満足度向上を目指すと同時に浅草が抱える「一点集中型観光地」という課題も解決できる手法を模索するようになった。
当初から、国内観光客だけでなく訪日客ニーズも満たせるサービスを提供し、浅草を広域で楽しんでもらい、ガイドマップに載らない知る人ぞ知る浅草の地元情報を提供しよう、という狙いがあった。浅草の商店街や観光連盟などと連携して実験的な取り組みを繰り返し、地元のニーズを確認しながら事業の根幹が出来上がったのは、2014年夏のことだった。

外国人観光客の言語障壁を低くする

「取り組み内容から、国の『地域商業自立促進事業』に該当すると分かり、事業計画に修正を加えながら2014年11月に申請、12月に採択を受けました。さらに内容を詰め、実施準備に取り組み始めたのは2015年1月末からでした」。
国内外観光客の満足度向上、浅草広域の活性化実現のため、相乗効果のある複数の取り組みを同時展開することにした。
1つ目は、浅草地区内5カ所に配置した広域無料Wi-Fiである。浅草の飲食店の中には数か国語のメニューを提供、簡単な英会話のできるスタッフがいる店舗もある。先述の浅草文化観光センターでは4か国語(日本語、英語、中国語、韓国語)による観光案内が行われるなど、インバウンド観光客の受け入れ体制を整えることには意欲的だが、残念ながら同地区全体をカバーする取り組みにはなっていない。そこで、訪日観光客が簡単に自由に情報を入手し、地区内を思うままに散策できるようネット環境を整備した。
この広域無料Wi-Fiの設置を受け、さらにスマートフォンの位置情報に連動して情報を配信する「Beacon(ビーコン)」システムを導入、「浅草槐の会」70店舗付近を通過すると自動的に案内画面が出て、その店舗のテキスト原稿と40秒程度の動画で店舗情報を伝える専用アプリ「浅草ビーコン」としてリリースした。「2月中旬から協力店舗を説明して回り、40秒動画の撮影を行い、その後ビーコンの設置をお願いしました。皆さん気持ちよく協力して頂きました。浅草の旦那・女将衆には度量の広い方が多いんです」。
短期間に70本の動画を制作、Wi-Fi、ビーコン設置、アプリ開発を同時進行しながら、次に着手したのはスマートフォンの拡張現実システム「AR」を使った試みだった。

「浅草AR」は6チャンネルを提供

「浅草AR」は、かつて浮世絵に描かれた場所を当時と比べられる「浮世絵今昔比較」や「ご利益スポット」、「伝法院通りAR」など、テーマ別の6チャンネルで構成、より奥深く浅草を知り観光を楽しめるツールを開発・提供している。以上のように、最新のICT、デジタルを組み合わせて国内外観光客のニーズを満たし、浅草の広域活性化実現に向けた取り組みを進める和田氏だが、もう一方で進めたのは、実際に「体験や経験」、「コミュニケーション」といったアナログな環境を提供できる情報拠点の開設だった。
3月30日オープンの観光案内施設「浅草寺子屋i(あさくさてらこやアイ)」は、「浅草を深堀し、さらに楽しむ」ことをコンセプトにしたコミュニティスペースで、「浅草槐の会」と和田氏が共に隅田川流域の活性化事業を取り組んできた(株)ビー・エフ・シーが運営している。屋号の「i(アイ)」は「インフォメーション」の頭文字を取ったもので、出身国に関わらず認識しやすいとして採用した。
店内に入るとまず目を引くのが、1階壁面を覆う江戸時代の華やかな舟運文化を描いた「隅田川風物図巻」の複製と、笑顔で迎えてくれる店長(コンシェルジュ)とスタッフ、十数台のタブレットPCである。来訪者がタブレットや店長・スタッフを活用し、自由に情報を収集できる環境が整っている。
さらに、従来通りの観光・店舗情報提供拠点としての役割だけでなく、抹茶など日本茶や日本酒を味わうカフェ機能、浅草の歴史・江戸文化を学ぶ展示機能、着物の着付けや華道、香道や茶道など日本文化を学び・体験する機能も備えている。

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新しい観光資源も発掘する

「浅草寺子屋i」の事例において注目すべきは、観光客にストレスを感じさせないホスピタリティを出発点に、デジタルとアナログの強みを分析、掛け合わせることで相乗効果を促し、観光客の潜在ニーズを叶える複層的な仕組みを作り上げた点だ。「浅草で長い間商売を営み、観光客に接し続けながら多くのことを肌で感じてきた老舗旦那、女将衆の理解と協力、後押しがあってこそ。まだまだカバーしきれていないことも多いんですよ」と、和田氏は笑うが、課題解決のために数ある中から最適なツールを選び出し配置、最大効果を生むような仕組みを作ることは並大抵ではない。
地域の課題に対する正しい理解と外的環境の分析、各種ツールに関する深い造詣、これまで蓄積してきた人脈と信頼感、知見があってこそできる妙技だろう。
今後について伺うと、ますます存在感を強めるインバウンド客に対して、ガイドマップやWebの情報サイト、他団体がカバーしていない、手あかのついていない地域資源に注目し、地元や浅草通のスタッフが企画・ガイドを担当し、浅草・江戸、日本文化をより深く知ってもらう希少価値・付加価値の高いツアーの提供を企画中だという。
 毎年訪れる大勢の観光客に対してどれだけ心に残る体験・経験を提供できるか、忘れ得ぬ思い出を持って帰ってもらえるか。今ある観光資源の価値を高めると同時に、磨けば光る地域資源を再発見・再発掘していく仕組みも重要になる。現在の試行錯誤が、永続的に発展する「観光都市浅草」の礎となるのだ。

JAGAT研究調査部 小林織恵(『JAGATinfo』 2015.5月号掲載より)

-取材協力ー
浅草寺子屋i(あさくさてらこやアイ)
コミュニケーションデザインインステチュート(株

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