電子書籍の流通・販売は、1冊単位で注文を受け、印刷・発送するオンデマンド出版との類似点が多い。読者から見ると、ネット経由で注文し、品切れがないということ。出版側から見ると、データを用意するだけの在庫レス出版であるということだ。
リスクの少ないオンデマンド出版
多くの出版社は、通常、数千部単位の販売見込みがなければ、そのような書籍を出版することはない。ある程度の売上がなければ、初期の編集・出版や印刷費用を回収する目途も立たず、利益も見込めないためである。
しかし、印刷用PDFデータを準備するだけなら、初期の印刷費や用紙代も不要である。1冊の注文ごとに印刷製本し、発送することができれば、数百部程度の販売でも初期費用を回収することができる。注文がなければ印刷しないということは、在庫レスで将来の返本もあり得ない。そのため、少部数でもリスクの少ない出版が可能になる。
このようなオンデマンド出版を実現した例として、インプレスR&DのNext Publishingがある。同社は2012年より、自社で出版するコンピューター技術書や専門書について、この方式での販売を始めている。
当初は、主にアマゾンのオンライン書店で注文を受け、アマゾンPODで印刷・製本し、購入者に発送していた。現在は、それ以外に三省堂、ウェブの書斎、honto.jp、楽天ブックスなどのオンライン書店、また、丸善ジュンク堂の店頭でもオンデマンド書籍を注文することができ、印刷・製本・出荷は大日本印刷や京葉流通倉庫が担当している。
さらに、2015年4月には他の出版社に対して、オンデマンド製作・流通代行サービスを始めている。つまり、出版社がインプレスR&Dに印刷用PDFを預けるだけで、オンデマンド書籍の製作と販売が可能になるモデルである。
電子書籍とオンデマンド出版の類似性
電子書籍の流通・販売方法は、1冊単位で注文、製作、発送するオンデマンド出版との類似点が多い。
読者から見ると、原則として店頭ではなくネットで注文する。品切れがないため、必ず入手することができる。電子書籍は即座にダウンロードして鑑賞できることに対して、オンデマンド書籍は数日から1週間程度の期間がかかるが、品切れのために入手できないことはない。
出版側から見ると、どちらの場合でも初版の印刷費や用紙代も発生しない。在庫レスのため、返本も起こり得ない。数千部以下の極小部数しか売れなくても、確実に利益を見込むことができる。つまり、必要なデータを用意するだけで、低リスクで出版を行うことができる。
電子書籍とオンデマンド出版は、きわめて近い表裏の関係にあると言える。
これに対して、小ロット出版は、たとえ100部でも在庫を持つため、返本リスクがある。読者から見ると、店頭で購入することが基本であり、注文しても在庫がなければ入手することができない。つまり、読者から見ると、通常の大ロットの出版流通と変わらない。
電子出版制作・流通協議会は、2015年7月、「出版物のオンデマンド印刷における入稿ガイドライン」を発行した。この動きも、電子書籍とオンデマンド出版が表裏の関係にあることを示している。電子書籍市場の成長に伴い、オンデマンド出版の動きも活発化しているためだ。
例えば、かなり以前に出版された書籍を再版する場合、電子書籍なら出版リスクも少ない。その際、同時に印刷用PDFを制作することは、それほど大きな負担にはならない。
大量部数が見込めない場合でも、電子書籍やオンデマンド出版は低リスクで出版することが可能であり、電子版と紙の書籍を同時に発行することで、互いの告知効果もある。つまり、相乗効果も見込めるのだ。
読者によっては、内容を読むことを優先して電子版を入手したいこともあるし、紙の書籍として手元に置いておきたいこともある。電子版があるから紙の書籍が不要、または紙の書籍があれば電子版は不要と断じることはできないということである。
(JAGAT 研究調査部 千葉 弘幸)