2016年の新入社員は「インターネットの銀河系」で育った新世代になる。印刷会社の新たな銀河系へのチャレンジは、印刷メディア世代とサイバーメディア世代が共に学び、議論してこそ可能になるだろう。
人間の精神構造をも変えた大革命!
マクルーハンは著書『グーテンベルクの銀河系―活字人間の形成』の中で活版印刷の登場について、「人類の歴史を通じても大規模な方向転換の一つである。活字を用いた印刷は思いもおよばぬ新環境を創りだした」「ここ数世紀の間、「ネーション(国民と訳)」の名で呼んできたものはグーテンベルクの印刷技術が出現する以前に発生したことはなかったし、また発生する可能性もなかったのである」と、その影響力の大きさを語っている。
では、なぜそのような影響力を活版印刷がもったのか。「印刷された文字によって作り出された「読書界」のユニークな性格として、個人および集団いずれの内部にも生じた視覚志向にもとづく強烈な自己意識が挙げられよう」。印刷は「人間を非部族化し、非集団化するアルファベット文化の最終段階」として、「表音文字が持つ個別化の力」によって「印刷とは個人主義の技術なのだ」とその核心を突いている。
読書界とは本を日常的に読むようになった人々のことであり、読書こそが人間の思考過程を変えたというのである。その要因は、活版印刷がもたらした視覚優先の環境にあるというのだ。なぜか。活版印刷以前の写本社会では、政治・宗教などの大切な情報は、ごく一部の特権階級、あるいは知識人からの読み聞かせで大衆に伝えられた、聴覚優先の口語文化であった。この聴覚優先の口語文化に対して活版印刷の文字文化は、「印刷された文字はつねに厖大な視覚的文脈をともなう」読書へと変化したことにより、人間は分断され個の世界を獲得したというのだ。また、「綴りの統一、意味の統一に…強い規制が働き始め…」「<確かな>知識が哲学の第一目的になったのだ」「印刷文化における学者は、自分では何の意見をもたなくても正確さということだけで社会に受け入れられたのである。だが印刷文化における確信への情熱がもつパラドックスはまず疑うという方法によって確信がいやますところにある」と印刷物の高い信頼性とその一方、文脈の反復から生じる疑問という矛盾から、人間は印刷によって「自由と不自由」を得ることになったと、精神構造の変化も指摘している。
サイバーメディアの日常化は、何をもたらすのだろうか?
今さらながら、活版印刷の歴史的な偉大さに身震いするが、マクルーハンの言わんとすることは、メディアがいかに人間自身に大きな影響を及ぼすかということである。私たちの生活スタイルは多分にメディアによって作られていることを客観的に意識し、分析できなければ、これからのメディアビジネスを生き抜くことは厳しいと言わざるを得ない。
これらのことを含め、マクルーハンは、現代と未来については、活版印刷が大きく世界を変えたように「電気回路技術が到来した今日以降、そうした旧来の「国民」は生き延びることはできないであろう」「グーテンベルクの古い知識と判断の形式が新しい電子時代によって完全に浸透されるとき、在来のもろもろのメカニズムや文字使用はどのような新たな体制をとりはじめるのだろうか。電子時代なればこそ生じるような事件が構成する新しい銀河系はすでにグーテンベルク銀河系のかなり内部まで到達しているのだ」と今日を見透かしている。
ただ、この本が書かれた1962年の電気回路技術の世界とはテレビ、ラジオ、映画、レコード、テープレコーダーなどが普及し、ことにテレビが大きな影響を及ぼしはじめた頃である。テレビを筆頭にこれらのメディアが私たちの生活に大きな影響を与えたことは間違いないが、印刷技術もさまざまなイノベーションに支えられながら多メディア時代を生き抜いてきたといえる。活版印刷の次に来る変革状況を、マクルーハンは「グローバルビレッジ(地球村)」という言葉で表現している。今日のインターネットがもたらした状況そのものである。「これまで慣れ親しんできた社会慣習や連想形式も、ときに威嚇的で敵意に満ちて見え始める。こうした複合的に生じる変貌は、新しいメディアが、いかなる社会であれ、ひとつの社会に持ち込まれるときに生じるごく自然な結果である…」と結んでいるように、私たちはリアルメディアの空間に持ち込まれたサイバーメディアとの葛藤の日々の中にいる。
新しい発想や生活スタイル、新鮮な思考回路を大切に!
今年も4月から多くの新入社員が私たちの仲間となり新しい船出をする。彼らの大半は1993~1994年(大卒)、1997~1998年(高卒)生まれである。物心ついたときはすでにインターネットがあり、青春時代はまさにスマートフォン、タブレット世代である。彼らが何気なく過ごした日常生活はすでに「インターネットの銀河系」の中にあり、生活スタイルや振る舞いは私たちとは違っている。
先輩社員による新入社員受け入れの準備が進んでいると思われるが、研修は何も新人だけでなく、私たちが若い世代から学ぶことも多いと思う。彼らがもたらしてくれるであろう、新しい発想や生活スタイル、新鮮な思考回路を大切にして、一緒に学ぶという姿勢が重要である。これからの時代に沿った印刷会社の新たな銀河系へのチャレンジは、ふたつの時代のメディア世代が共に学び、議論してこそ、メディアビジネスの再編につながるものである。4月は新人も先輩も幹部社員もすべてが新たな目標に向かって学びをスタートさせる絶好のチャンスである。
(JAGAT 杉山慶廣)