page2016カンファレンスの「本格化するオンデマンド・少部数出版」セッションでは、大手出版社の重版デジタル印刷と注文ごとに1冊ずつ製造するオンデマンド出版を議論した。
多くの出版社にとって、返本問題は深刻な事態となっている。売り上げや利益を圧迫するだけでなく、在庫や廃棄コストもかかってしまう。
デジタル印刷(POD)による少部数出版や少部数の重版を実現できるなら、将来的に初版部数の最適化、および在庫や返本の最小化も可能となる。
また、注文ごとに1冊を製造するオンデマンド出版(ブックオブワン)なら、在庫レスの低リスク出版が可能となる。
小学館POD、3年の実績と課題
小学館制作局課長の池田靖氏は、同社のデジタル印刷導入と小部数出版について以下のように語った。
小学館では、数多くの長寿コミックスを販売している。しかし数10巻以上となるシリーズ物では欠本が多く、全巻セットを販売出来ないという問題があった。本を求めている読者や販売を望む著者がいるのに、商品を提供できない状況があった。
そこで、2013年にグループ会社の昭和倉庫にデジタル印刷機を設置し、コミックスや文庫の重版などに使用することとなった。導入に際して、「スモールスタート」「スキルレス」「シンプル」という方針を掲げ、自社の人員で確実に運営できる設備を導入し、対象を絞って取り組むことを目標にした。
生産品目は、並製本、無線綴じのコミックスと文庫・新書、および発売前に書店に配布するプルーフ本である。表紙と本文、カバーだけのシンプルな造本で、新書判・B6判・文庫判・四六判に限定している。従来から使用しているオフセット用紙のカット判を使用し、本文は片面4ページ付け(両面8ページ)で印刷、製本している。カバー、売り上げカードは既存の改装材料を使用している。
導入機器は、富士ゼロックスのカラー機1台とモノクロ2台で、カラーは表紙用途、モノクロはコミックス本文用と薄紙対応の文字物用に使い分けている。後加工は紙揃え、折り、製本、三方断裁という構成である。作業指示、進捗、資材やデータ管理などのワークフローは一元管理されており、Webブラウザ環境で関係者が共有できるシステムとなっている。
2013年5月から2016年1月までに、349点の重版と211点のプルーフ本を製作した。1冊の平均は230~240ページである。
導入当初は社内の認知度が低かったが、徐々に浸透し、この1年は平均して7〜8割の稼働率となっており、イレギュラーな特急対応は難しい状況となっている。
収益を確保できるビジネスには至っていないが、売り上げの底上げ、出版活動の拡大に貢献したと評価されている。生産品目拡大や初版の設計段階でPODを想定することが、今後の課題である。
ショートランとブックオブワンの融合を模索
講談社デジタル製作部部長の蓬田勝氏は、ふじみ野デジタルショートラン(DSR)工場から見えたPOD出版として以下のように話した。
2012年、HPの連帳式インクジェットT300とミューラー・マルティニの製本加工システムを導入した。オフセット印刷と同等のクオリティを実現し、同じコード・同じ定価で販売することを目標としている。
現在、講談社文庫、吉川英治文庫や山岡荘八文庫などの重版や一部の新刊を製造している。また、グループの講談社サイエンティフィクの新刊、科学分野のカラー版書籍も製造している。
重版の場合は500部程度、場合によって100部から800部まで対応することもある。新刊に関しては3,000部程度を製造することもある。また、製品以外には200部程度のプルーフ本も作っている。
現在の生産規模は、初年度の3倍程度まで増えた。
インクジェット用紙の検討や調整が進み、技術的課題はほぼクリアした。しかし、用紙や判型の標準化、印刷データの管理、これまで以上の品質アップ、社内の事務処理対応などの課題も残っている。
今まで取り組んできたショートランは再販制の枠組みの中で少部数を製造する方式であり、返品や多少の在庫もある。初版と同じ本で同じ定価であるため、同じ体裁が要求される。
これに対して、注文ごとに1冊ずつ製造するブックオブワンは返品も在庫もない。別の本とするなら、定価も体裁の縛りもない。
PODであっても、ショートランとブックオブワンは正反対の性質がある。近い将来、ショートランとブックオブワンを融合することで、デジタル印刷を活かした新しい書籍流通ができるのではないだろうか。
現在、オンデマンドや少部数出版について、さまざまな可能性を検討している。もし、自社内にデジタル印刷機を導入していなければ、ここまで真剣に考えることはなかっただろう。その意味で、デジタル印刷機の導入はたいへん意義のある決断だったと考えている。
インプレスR&Dが推進するPOD出版
インプレスR&D取締役の福浦一広氏は、同社のPOD出版とPOD流通サービスについて話した。
POD出版とは、出版社が事前にまとめて印刷製本を発注するのではなく、読者が書籍を注文するたびに1冊だけ製造し、読者に発送する仕組みである。出版社は印刷データを預けるだけである。
インプレスR&Dが採用しているアマゾンPODは、アマゾンが並製本、本文モノクロ、カバーなしで印刷・製本を行い、発送するサービスである。読者がアマゾンでPOD書籍を注文すると、通常の書籍とほぼ同等の時間で配送される。
通常の出版は見込生産であり、在庫管理、返品などのリスクがある。それに対してPOD出版は読者の注文に応じる受注生産であり、在庫管理や返品のリスクがない。メディア形態は印刷物でありながら、在庫のない電子書籍と共通する部分が多い。
「POD流通サービス」は、出版社や一般企業・法人向けの出版取次サービスであり、インプレスR&Dがオンライン書店への取次やデータ準備、入金管理を代行する。販売価格から一定の代行手数料と印刷製本代を引いた金額を版元へ支払う方式である。
現在はアマゾン以外にもいくつかのオンライン書店や店頭でPOD書籍を注文することができ、パートナーの印刷会社でPOD生産、発送している。
POD出版からスタートし、売り上げに応じて出版規模を検討することにより、確度が高く返本の少ない理想的な出版を実現することができる。当初の見込みより大幅に販売数が伸びたため、改めてオフセット印刷し、出版した例もある。
また、PODと同時に電子出版をおこなうことで、メディアでの露出を増やし、販売機会を増大することも可能となる。
実験段階から本格稼働へ進展したオンデマンド・少部数出版
オフセットで大量印刷を行い、さらに重版ができれば、利益が大きくなることは自明である。
しかし、出版全体の規模が低迷している中で、できるだけリスクの少ない出版活動を行うには、デジタル印刷によるオンデマンド・少部数出版が有効である。結果的には、出版機会を増やし、新たな出版企画、新たな著者を発掘することが可能となる。
技術的な課題はほとんどなくなっており、既刊本の仕様との差異に関する面がほとんどである。デジタル印刷の重版を別書籍とすることで、仕様面の制約はほとんどなくなるだろう。
オンデマンド・少部数出版は、読者、著者、出版社の3者にとって有益であり、大きく期待される出版新ビジネスと言えるだろう。
(研究調査部 千葉 弘幸)