顧客のニーズをつかむためには究極の御用聞き営業が威力を発揮する。「何でもできます」と売り込むことより、顧客は何を望んでいて、そのために「何ができるか」を本気で考えてみる。そこにビジネスの大きなチャンスがある。
技術の進歩とコモディティ化の問題
メディアの進化の方向性は、個人が情報を容易に発信できるように進んでいる。日本におけるその嚆矢は、日本語入力が可能になった時点ではないか。
ワープロが市場を席巻したのは、そんなに遠い昔でもない。仮名漢字変換システム搭載の東芝製日本語ワードプロセッサ「JW-10」が登場したのが、1978年である。何と630万円もした。しかしながら、これは画期的な出来事であったはずだ。
当然ながら各社がこぞってワープロに参入して市場を盛り上げていく。コモディティ化が進めば価格も下がり、コンペディターが類似品を生産し、さらに安価で供給できるようになる。だが、使用する側はそんな事情はお構いなしで、使い勝手のいいもの、より安価なものへと流れていく。
そしてワープロ専用機は隆盛を極めたものの、思いのほか短期間でその役割を終えて生産を中止している。もちろんパソコンの普及によるが、インターネットが影響していることは言うまでもない。文字を打つだけの専用機ワープロに比べると、汎用性の高いパソコン一台あればまさに「何でもできる」と考えられた。
「何でもできる」から「何ができるか」へ
しかし、これからは「何でもできる」から「何ができるか」というソリューションへの転換が必要だろう。顧客は何を望んで、何がしたいのかを見極めて、どんなサービス提供ができるかを考えるべきである。
「何でもできる」魔法の箱であったパソコンも当然「何ができるか」のために小型化、軽量化、低価格化、そして機能性を追求していかざるを得なくなった。さらにスマートフォンやタブレットとの棲み分けも起きてくる。
例えばスマートフォンは、もともと携帯電話から進化・拡充したものだが、いまや通話をするよりは、ゲームに興じたり、買い物をしたり、音楽を聴いたり、SNSで人とつながったり、あるいは検索に使っている人のほうが多いかもしれない。それこそ「身体の拡張」として、「何でもできる」のである。しかし、これからは必要な機能をどうやって必要としている人に使ってもらうのか、「何ができるか」を考えていくべきである。
現段階では、スマートフォンには、大いなる可能性が秘められているだろう。しかし、次の技術が出現して、それが成熟したときに「何ができるか」を先回りして早い段階で考えておくといい。もちろんこれはデバイスのイノベーションの話だけにとどまらない。「何ができるか」はビジネスやサービス提供全般に言えることである。
「御用聞き」は顧客のニーズを把握すること
小売業として一時代を築いたスーパーのダイエーが、バブル景気崩壊後に「ダイエーには何でもあるが、欲しいものは何もない」と揶揄されたことがあった。創業以来「御用聞き」「主婦の店」を標榜し、流通革命による価格破壊、「お客様のために」という顧客視点で事業展開していたはずだが、創業者の中内功氏は「いつしか消費者が見えなくなった」と述懐している。
これには商品の品揃え、コスト、販売戦略、マーケティングなどの問題が山ほどあったのは間違いないが、あきらかに顧客志向を見失ってしまったことがその一因であろう。しかし、流通小売業以外のあらゆる産業が、同じ轍を踏まないとも限らない。
印刷業界に置き換えてみると、「何でもできます」から困りごとのお手伝いに戦略をシフトすることもあり得るのではないか。求められているのは、顧客にとっての、もしくはその先にいるコンシューマーの課題を包括的に解決する方法であろう。
いまや究極の「御用聞き営業」のためには、デジタルを活用することも有効だ。何よりメーカーは個人の意見を獲得することが容易になった。もちろん生活者のTPOに合わせたサービス提供ができれば強みになる。その目的のためにソーシャルメディアなどが手段として威力を発揮し、広告配信などで、データ分析が使われているのである。
誤解を恐れずに言うと販売促進やPRの目的にメディアを利用することは昔から変わっていない。それがデジタルにせよアナログせよ、場面によって軸足をどこに置くのか、やり方を間違えなければよいはずだ。手法が多様化しているので、むしろ選択肢の分だけチャンスも広がったと考えてみる。たしかに顧客から紙メディアだけを受注することは減っているかもしれない。だが、販促全般をパッケージ化してアウトプットを増やしていくやり方はできないのであろうか。
設備を持っていること、技術力があることのアドバンテージを活かし、印刷機械など設備から物事を考え直すことで新たな提案をしていく。印刷業界は技術力も歴史もあり、サービス提供には他の業界に負けない一日の長がある。それを活かす信用と信頼に満ちたコミュニケーション能力が不可欠である。そのためには、究極の御用聞きとコミュニティ形成が重要になってくるのである。
(JAGAT 研究調査部 上野寿)