『印刷白書』は資料的価値だけでなく、読み物としての面白さも追及している。2016年版では「デジタルマーケティング」の項目を追加し、ソーシャルメディアの活用法を考察した。
書物としての『印刷白書』
本を読む人は、もともとそれほど多くなかったと思う。なかには最後まで読み通すのが苦痛だという人もいる。もっとも小説などはたんにストーリーを追うだけのものではない。
夏目漱石の『草枕』には主人公の画工が那美さんに芸術論らしき議論を吹っ掛ける場面がある。そこでは、小説なんか初からしまいまで読む必要はないというセリフがある。
それに対して那美さんは、「筋を読まなけりゃ何を読むんです。筋のほかに何か読むものがありますか」と応える。そこで「小説も非人情で読むから、筋なんかどうでもいいんです。こうして御籤を引くように、ぱっと開けて、開いたところを漫然と読んでいるのが楽しいんです」というやりとりがある。
非人情の世界を描いた『草枕』とは別に、今福龍太の『身体としての書物』にも通読について、わかりやすく記述している。
「本というものは、所有した以上はかならずすべて読まなければならないというものではありません。また一冊一冊、はじめから最後まで読み通さなければならないものでもない。なぜかというと、本のなかのある断片をとりだして読み、それを別の本のなかのある断片とつなぎあわせながら読み継ぐ、というのも本質的な読書行為だからです。」
『印刷白書』では「どこを読んでも面白い」ことを目指している。アタマから読み進めることで一つの方向性が見えてくるように設計しているが、興味のある分野のどこから読み進めてもいいようにもしてある。その「断片」からまた別の情報を収集していけば知識が膨らんでいく。
資料的価値はもちろんだが、『印刷白書』は読み物としての面白さも追及している。どう読み込むかは、読んでくださる方の活用次第である。書物の価値は、そんなところにもあるのかもしれない。
ルールがあるソーシャルメディアの活用法
今回の『印刷白書2016』では、「デジタルマーケティング」の項目を追加した。物心がつく頃からインターネットが存在していたデジタルネイティブの人たちにとって、ネット利用は生活する上で不可欠になっている。だから彼らに訴求するようなサービスには、ソーシャルメディアの利活用が効果的である。しかし、それでもやり方やルールがあるのは、他のどのようなビジネスでも同じことだ。
page2016カンファレンスCM2セッション「ソーシャルメディアの成功事例」で、トライバルメディアハウスの高野修平氏が、ソーシャルメディアについて以下のように語った。
「ソーシャルメディアは、皆が様々な目的で集う公園のようなものである。媒体として捉えるのではなく、あくまでもコミュニケーションの場である。だから消費者が主役で、企業はそこに来るゲストに過ぎない。もう一つは、文脈を考えることを忘れてはいけない。」
企業が陥りやすいソーシャルメディアを使った販促手法の過ちがある。異なる目的で集っている人びとの間に入って、自社の製品を買ってくださいと声高に騒いでしまうことである。その行為には、誰も耳を貸さないし、公園というコミュニティに土足で踏み込む迷惑行為となるのである。
ソーシャルメディアは、マスメディアの代替物ではない。「メディア」というカテゴリーの中の一つであり、さらにそのフォルダーの下にSNSがある。いずれにしてもあくまでも手段でしかない。ファンを増やすにしてもブランドを確立するにしても、どう使うかは、マーケティングの設計次第であろう。
(JAGAT 研究調査部 上野寿)
■関連情報
【印刷総合研究会・クロスメディア部会】
2016年11月4日(金)
第3部第5章で「デジタルマーケティング」の項を執筆していただいたトライバルメディアハウスの高野修平氏を講師に招いて、『印刷白書2016』発刊記念の特別セミナーを開催します。