戦略的デザインで、ものづくりの未来をひらく

掲載日:2017年4月27日

東京都内のものづくり中小企業とデザイナーの恊働によるビジネス創出を目的とした「東京ビジネスデザインアワード」の実績から、中小企業におけるデザイン活用のあり方を考える。

東京ビジネスデザインアワード(以下TBDA)の2017年度企業テーマ募集が始まった。

東京都が主催、公益財団法人日本デザイン振興会が企画・運営を行うTBDAは企業参加型のデザイン・事業提案コンペティションである。都内のものづくり中小企業から技術・素材などをコンペティションのテーマとして募集・選定した後、そのテーマに対する提案を全国のデザイナーから募集し審査する。
優れた提案にはテーマ賞を授与するとともに、事業化へのサポートを行う。さらにテーマ賞から最優秀賞、優秀賞を選出する。2012年の開始から今回が6回目となる。

2016年度は、11件のテーマに対し146件の提案があり、8件のテーマ賞を選出した。
2017年1月25日に行われた提案最終審査では、テーマ賞8組のデザイナーによる公開プレゼンテーションと審査が行われ、最優秀賞と優秀賞が選出された。

・最優秀賞
テーマ「聖書の製本により培った三方金・三方銀付加工」株式会社星共社
デザイン提案「三方金の技術を応用したペーパージュエリーブランド」(原田元輝氏、横山徳氏)

三方金の技術を応用したペーパージュエリーブランド

書籍の天・地・小口三方に金箔を施す三方金は、高級感の演出に加え、変色・収縮、埃を避け長期保存性がある。三方金の機能に、多様な加工ができる紙の特性を掛け合わせ、ピアス、蝶ネクタイ、カフス、リングなどをデザインし、30〜40代の男女や外国人観光客、海外販売も視野に、書店やミュージアムショップ、ECサイトでの販売などを提案した。
海外販路も視野に入れたリサーチと販売計画、ブランド構築案までなされた点が評価され、満場一致で最優秀賞に決定した。

・優秀賞
テーマ「水なしで肌に貼れる特殊転写シール技術」株式会社コスモテック
デザイン提案「肌に貼って直接書けるメモシール」(今井裕平氏、林雄三氏、木村美智子氏)

・優秀賞
テーマ「金属の板材を利用して流通に展開する老舗板金技術」株式会社丸和製作所
デザイン提案「ユーザーが仕上げる花器デコレーションシート」(片山典子氏)

東京ビジネスデザインアワード受賞発表

デザイン提案型から事業提案型へ

TBDAの前身は、2004年にものづくり中小企業の国際競争力を高めるをことを目標に発足した「東京デザインマーケット」である。デザイナーから優れた提案を募って見本市で展示し、中小企業と商品化のための商談を行うという形式だった。

この事業は一定の成果を上げたものの、市場競争力や協業継続という点で課題を残した。
主催者は問題点を
・企業側のシーズを汲み入れていない
・企業側の意欲を喚起できていない
・契約の締結方法、知的財産権へのサポートの不足
・マーケット・インに対するサポートの不足
の4点に整理した。

中小企業の振興においては、まずデザイナーと協働する下地づくりが必要であることから、軸足をデザイナーから中小企業側に踏み替えるため2012年度にTBDAを発足させたのである。

事業全体をデザインし市場に送り出す

TBDAの特徴を挙げる

多角的な視点で審査を行う

デザインだけでなく、技術・素材も審査の対象とする。提案デザインは市場性、デザイン性、実現性、ビジネスモデルの完成度を総合的に審査する。審査委員会は、中小企業との協業、販路開拓、海外展開などの実績をもつデザイナー・ディレクター、工学博士、知的財産権の専門家などで構成されている。

知的財産権のサポート

事業化に当たっては、契約や知的財産権の取り扱いなどについて、審査委員会と事務局がコンサルティングやセミナーを通してサポートを行っている。

市場参入支援

提案最終審査後1年余りのサポート期間を設け、商品化や販路確立の支援、メディア露出などを行う。TBDA事業にとって授賞は通過点であり、テーマ賞授賞の提案が製品・サービスとして市場に出ていくまでをサポートする。

ビジネス化事例

この5年間で、幾つかのビジネス化事例が生まれている。

太洋塗料株式会社と小関隆一氏による「マスキングカラー」は、産業用の一時保護塗料を、塗って剥がせる水性絵の具に変えた。チューブ型でマーカーペンのように使える手軽さ、豊富な色展開が好評で、百貨店やネットショップなどで売り上げを伸ばす。インテリアライフスタイル展などに出展。2016年にはパリのメゾン・エ・オブジェに出展し、海外展開も見据えている。

株式会社新興グランド社と津留礼子氏、津留敬文氏による「トゥインクルピース」は、UV厚盛りシルクスクリーン印刷による「ラインストーン印刷」の技術を使ったインテリアオーナメント。ラインストーン調の飾りをつけた紙のピースをつないでモビールや照明などを作ることができる。2014年にDESIGN TOKYOやギフトショーに出展した。

株式会社ウキマと榎本大輔氏、横山織恵氏によるアイレット付きシール「hal+(ハルト)」は中綴じ製法の一種・アイレット綴じに使うΩ型の針金を円型の紙に取り付けたシール製品で、ファイリング、しおり、デコレーションなど様々な使い方ができる。3331 Arts Chiyoda、ヨドバシカメラ新宿西口店ほかの店頭販売に加え、ネットショップでも販売している。

ものづくり企業にも必要なマーケティング戦略

新しいアイデアも卓越した製造技術も、市場・ニーズの把握、ブランディング、販売計画などマーケティング戦略のもとに活用しなくては、事業として定着しない。知的財産権、契約の問題も避けて通れない。しかし中小企業がこれらを自力で行うのは困難で、デザイナーの中にも事業コンサルティングまで担える人材はそう多くはない。

TBDAは企業とデザイナーの間に立ち、企業に対しては事業戦略の確立を、デザイナーに対しては技術・素材への理解を促し、両者の協業においては事業全体をデザインすることを求める。企業とデザイナー双方の戦略的な思考を育んでいるのである。

TBDAによって成功体験を作った企業とデザイナーが市場をリードし、ものづくり産業全体の底上げを担っていくことを期待する。そして印刷会社も、事業領域を広げる手段としてこうした機会を活用してほしい。

TBDA 2017年度スケジュール

・企業からのテーマ募集期間:4月20日〜6月21日 (締切日までに必着)
・テーマ発表:8月中旬 ・デザイナーからの提案募集期間:8月中旬〜10月下旬
・提案の一次審査・二次審査:11月中旬〜11月下旬
・テーマ賞発表:12月中旬
・最終審査・表彰式:2018年1月下旬

参考:論文 芸術工学会平成26年度秋期大会(2014年11月8日)
「中小企業とデザイナーのマッチング事業モデルに関する研究」

(JAGAT 研究調査部 石島 暁子)