印刷技術とメディアの変遷(その参.五)

掲載日:2017年8月16日

いままで印刷技術の進化につれてメディアも進化してきたということを述べてきたが2017年7月5日に(その参)2017年7月19日に(その四)を記したが、いきなりDTPに飛んでしまったという声も聞かれるので、今回は(その参.五)と題して少し補完してみたい。

DTPの定義というときっちり決まっているわけではないが、「パソコンで組版・製版を行うこと、つまり机の上で済んでしまうのでデスクトップパブリッシングというのだ」という人も居るには居る。しかしDTPの正式な定義は、PostScriptというページ記述言語を使って組版・製版(プリプレス)するというのが一番正しいだろうとするのが正論だ。

DTPでいうデスクトップは机の上の意味ではなく、DTPをオペレーションする画面のことをデスクトップと呼ぶのだ。デスクトップだけでパブリッシング出来るからDesk Top Publishingというわけだ。またPostScriptの方も現在ではPDFベースに進化しているが、基本は変わっていない。

PostScriptベースではない、WORD DTPやOFFICEを使用したりするOFFICE DTPも含めてWindows DTPと呼んだりするが、正確にはAdobeベース(PostScriptやPDF)でカラマネもMacやWindowsの垣根を除外して共有できるDTPこそWindows DTPと呼ぶのだ。

もっともAdobeはWindowsでも共通のカラマネが可能なようにと本来OSに搭載されるべきCMM等の機能をアプリケーションに搭載してWindowsでもMac同等のカラマネ機能が可能なように工夫しているから出来ることである。

かつては各業界で独自のデータフォーマットを使っていたので、しっかり分業体制が保たれていたのだが、デザイナーも文字業者も製版会社、印刷会社もPostScriptを使うDTPは、同じデータを使うことからボーダレス化が始まり、他業種へ浸食できるようになったのだ。

そうすると文字業界や製版業界が他分野まで触手を伸ばすことになる。デザイナーが組版やレタッチ分野までやるようになるというのが一般的だったと思う。最初はラフレイアウト(基本デザイン)だけデザイナーがやって、その後の組版や製版はオペレーターがやるという分業体制で、それなりの秩序が保たれていたが、デザイナー自身のDTPスピードが上がり、デザイン会社が組織的に生産性を向上するようになってくると、印刷業界を吹く不景気風も重なって、デザイン会社で他業界に任せていた部分をやってしまうようになってしまったのだ。もちろん逆のケース、例えば製版会社がデザイン業務を浸食することもある。

お金の配分も製版が軽んじられて、余り配分が行かないようになると、経営者は、プリプレスは儲からないと設備投資や人員配置も軽んじてしまうようになり、プリプレス軽視の風潮が強くなってしまったのだ。金額の配分比率にも大きな問題があると思うが、現状はこの通りというのが正直なところである。

かつてのプリプレスは印刷に適すように、総インキ量を調整したり(GCRやUCR)、かぶせ処理したり(トラッピング処理)、USM処理、モアレ防止やビビリ処理したりするのがプリプレス工程の役目だった。それがCTPになり、印刷機をはじめとした周辺機器や材料の進化と共に、本来考えられないような色指定(例えばCMKが入るとロゼッタパターンが目立つので嫌われたのだが、FM網点の場合は状況が異なる)をしても色は再現できるようになってしまった。

特に高画素デジカメなどで取り込んだ画像の場合はUSMなどをかけなくても品質的には十分で、プリプレス的な価値が忘れ去られてしまっていると言える。例えばUSMをかけたとしてもRGBにUSMをかけて、それをCMYK変換したらCMYKにエッジが出て、もし色ずれしたらレインボーになってしまう。本来は赤には赤いエッジが出るべきで、USMはCMYKにかけなくてはいけないのだ。もっともこんな事を言うのは昔のプリプレス経験のある人間だけが言うことで、見当ずれがないとすれば問題ないのかもしれない?

しかし、デジタル化とは印刷工程だけのボーダレスを推進するものではなく、関係したメディア全体のボーダレスが進み、メディアを超えてワンソースマルチユース的にデータをハンドリングすることになるのは間違いがない。こうなってくると、このプリプレス分野にハイライトが当たることになるのも間違いがないと言える。

印刷業界の人材を見ると、やはりプリプレスにデジタルデータのハンドリングに適した人材が集まっていると言える。最近確信を持っているのだが、JAGATが長いこと言い続けたクロスメディアビジネスが、ようやく花開きそうなのだ。クロスメディアと言うのが適切かどうか?は難しいのだが、情報をマルチで利用するということだけは間違いがない。

例えば色に関して言えば、現在カラーマネージメントと称して、ICCプロファイル管理等の技術を有しているのは印刷業界しかない。テレビ業界はマスターモニター(通称マスモニ)で合わせるだけだし、動画でもハリウッドを中心としたシーンリニア等の方法に準拠するしかない。しかし実際に色が問題になるのは、駅のコンコース等に並んでいるデジタルサイネージやそのまわりに飾られているビルボード的な大型プリントの色合わせ、Tシャツやハッピ等の色合わせ、旗などPOP類の色合わせ、スマホ等への配信コンテンツの色合わせ等だが、サイネージの場合、単純に「sRGBに揃えれば良い」と言ってばかりでは差別化が出来なくなってしまう。

ディスプレイを限定して、そのディスプレイ用にデータを変換すれば、サイネージがカラマネに対応していなくとも問題ないのだ。この先HTML5が益々普及して一般化していくだろうし、ブラウザベースでプリントアウトも行われるだろうが、かつてのWORD DTP的なトラブル回避方法、例えば「GDIをDTP RIPとして紙に出力する」というような方法もあり?かもしれない。このようなことを可能にする人材はプリプレス出身者に多くいるのも事実なのだ。
例えばJAGATで行っているDTPエキスパート試験問題を次回からカラー化するのだが、今までの問題の組版はWORDで組版していたのだ。もちろんWORDはCMYK対応していないので、今回のところはRGBでシミュレーションして、問題がないようにしている。DTPエキスパートでも「CMYK to RGBは無し」と常々言っているのだが、これからのワンソースマルチユースの世界は何が起こるか分からない。今回はCMYKをRGB変換して彩度を上げて処理している。墨の分、彩度が落ちた色、特に本来反対色が入らない色は特定色域を使ってマニュアルで抜いたりしている。

このように「本来はかくあるべし」とこだわってばかりいては、クロスメディア的な動きは出来ない。例えば退色した総天然色映画のデジタルリマスター版など、印刷業界で考えれば退色したカラープリントがこれに当たる。あんまり堅いことばかり言っていては、この手の修正は不可能だ。こんな需要はこれから山ほどあるはずである。そんな時に役に立つ技術や知識を印刷業界、特にプリプレス経験者は持っていると思うし、それを役立たせない手はないと思うのだが、いかがだろうか。

(JAGAT専務理事 郡司秀明)