見える化で挑む 脱・成り行き任せ

掲載日:2017年12月7日


2017年11月14日 JAGAT印刷総合研究会「MIS活用による働き方改革(生産性向上)」より


印刷業には長時間労働はつきものというイメージがあるが、社会的に働き方改革が求められるなか、長時間労働を見過ごせなくなっている。しかしながら、残業時間が減って、生産性がそのままだと売上が減ってしまう。改めて言うまでもないことだが働き方改革は生産性向上とセットで考える必要がある。

製造業における生産性向上策というと設備投資がまず頭に浮かぶ。しかし、受注産業である印刷業においては、じつは「お客様」が生産性の阻害要因となっていることが多い。

特に校正作業を何度か繰り返すデザイン・DTP制作から下版までの工程は、どうしても得意先の都合に合わせざるを得ないところがある。かといって「成り行き任せ」では、ムリやムラ(待ち)が多く発生し、長時間労働を招いたり本来内製できるのに外注せざる得なくなるなど生産性を落とす原因となる。

本来はお客様都合のスケジュール変更による休日出勤や深夜残業、あるいはやり直し作業に伴うコストアップ分は対価としてお客様からいただかないといけないが長年の商慣習や、請求金額を上げると競合他社に仕事が流れるのではないかという不安などから印刷会社側で負担せざるを得なくなっている状況だ。

 しかし、働き方改革により生産性を上げて時短に取り組もうという、この社会的機運は、半ばあきらめにも近い「印刷業界の常識」を変えていくチャンスともいえる。

東京都千代田区に本社をかまえる株式会社加藤文明社印刷所では、進捗状況の「見える化 」「見せる化」の取組みにより、脱・成り行き任せにチャレンジしている。システムディレクターの小滝雅之氏にお話しを伺った。

大型デジタルサイネージを使って進捗状況を「見せる化」

 同社は出版印刷の比重が大きく、特に教科書や学習参考書といった教育に特化した受注が多い。出版物は、表紙、本文、付物などパーツごとに進行するケースが多く、本文についても著者ごとに進行するなど複雑になることが多い。

受注番号はひとつであっても進行は複数同時並行となる。進行単位で営業は制作指示書を作成し、原稿や関連資料を入れる原稿袋に添えて原稿袋単位で入出稿管理を行う。極端に多いものになると制作指示書は1受注につき100枚を超える場合もあるという。

平常時でも平均して1日120袋の原稿袋が進行するなか、システムで予定組みを行うにはリアルタイム性の維持という面でも人的リソースの確保という面でも無理があった。また、当時の基幹システムの仕様では、制作指示書は1受注につき1枚しか発行できなかったため手書きで作成していた。

こうした状況から課題は多く、原稿袋の所在確認は、内線をかけるか現場に行くかしか手がなかった。進行状況も、作業が遅れているのか、手をつけずに現場で寝かしているのかわからないような状態であった。

制作部門は営業や進行管理からの進捗確認の対応に多くの手間をとられる一方、無駄な待ち時間による残業の発生や、入稿予定が見えないために終業していい時刻がいつなのか予測できない状況であった。

これらの課題をクリアするにあたり、まずは予定組みのシステム化ではなく原稿袋の所在の可視化を優先することとし、「営業の制作指示情報の精度を高め、その情報をそのまま活用して進捗管理を行う」という基本方針のもとに以下の取組みを行った。

  1. 制作指示書の指示内容のデータ化(手書きをやめてデータで入力する)
  2. 制作指示書の項目化・標準化(営業がランダムな文章をフリースペースに書き込むのはやめて、項目ごとに入力する)
  3. データ検索による進捗状況の見える化(電話連絡・口頭による確認によらない)
  4. 遅延状況のプッシュ通知(遅延状況をディスプレイで見える化)

特にこだわったのが大型デジタルサイネージを使った進捗状況の「見せる化」である。
今日の入稿予定と出稿予定それぞれを表示する大型ディスプレイが2台、営業フロアには80インチ、生産管理のフロアには60インチのものが設置されている。

視認性を良くするためアイコンを多用している。進捗ステータス(入稿待ち、出校準備OK、原稿袋がある部署など)、部品種別(カバー、表紙、本文など)、入稿区分(初校、再校、責了など)などをアイコンで表示し、ディスプレイの限られたスペースで多くの情報をわかりやすく伝えられるよう工夫している。

進行遅れについては「炎上している」炎のアイコンが表示され一目でわかる。色づかいにはユニバーサルデザインを採用するなどデザインには細部にまでこだわっている。

副次的な効果として、お客様に管理の現場を実際にみていただくことで、同社への評価が高まったという。システムによる行き届いた管理体制と「見える化」の効果を感じていただくとともに、システムの企画・デザイン・プログラミングまで一括受託できるICTに強い印刷会社であることがPRできた。実際に会社見学から受注に結びついたお客様もあるという。

正しい情報をいかに入れてもらうかがポイント

進捗管理のシステムをつくり、見えるようにしただけでは効果はでない。
予定の遅延状況が炎上アイコンでわかるといっても、そもそも営業が“正しい”予定時間を入力しなければ意味のある情報にはならない。

営業にはお客様との折衝のなかで、社内には「見せたくない」情報もある。サバをよむこともあるだろう。同社でも当初は、入稿予定日時を細かく入力することに営業から大きな抵抗感を示されるケースもあったという。

それを乗り越えることができたのは、入出稿の進捗管理をシステム化(「見える化」)して業務効率を上げるという経営層の強い意志であった。

また、正しい情報が入るようになると、営業自身もメリットを実感できるようになる。自分の席にいながらにして、担当している仕事の進捗状況が把握できるし、デジタルサイネージには入稿や出校のピークタイムをグラフ表示させているので、現場の負荷状況を感覚的に把握することもできる。
こうしてメリットを体感することでデータ入力の精度もあがっていった。当社の試算によると月間145時間の工数削減が実現できているという。

システム化だけですべてが解決するわけではないし、まだ完成形ではないとは言われるものの大型デジタルサイネージでの「可視化」のインパクトは大きく、研究会の参加者からも多くの共感を得ていた。

(研究調査部 花房 賢)

見える化実践研究会
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