デザイナーの職能の一つは、卓越した発想力である。それはゼロから突然わき出るものではなく、物事をよく観察することによってこそ導き出されるものといえる。
デザイナーは、クライアントや消費者の常識を時に覆し、これまで無価値だと思われたものを魅力的に見せることもあれば、必要と思われたものをバッサリ捨てたりすることもある。
そうしたデザイナーの発想は、マジックではなく、物事を正確に、詳細に観察して理解した上で、必要な情報を取捨選択し、構成し直すことによって生まれるものである。
page2018のワークショップ「インフォグラフィックスの基礎と活用法」で講師を務めた木村博之氏は、インフォグラフィックスの手法を身につけるためには、常日頃から視点を移動しながら物事を観察することが大切だと説く。
例えば部屋の中から見る屋外の景色と、屋外から見る部屋の中の景色。例えば同じものを横から見る、下から見る、上から見る。時系列で変化を追う…それぞれ、全く違った見え方をするはずだ。
これは、インフォグラフィックスのみならず、デザイン全般にいえることであろう。
日本を代表するグラフィックデザイナーの一人である故・田中一光氏は、エッセイの中でこう述べている。
「私たちの仕事の原点は、まず観察することである。世の中を観察する。人間を観察する。文化を観察する。」
「本当においしいものを知っていなければ、マズイものもわからない。本当に美しいものを知っていなければ、醜いものもわからない。」
「正確な観察があってこそ、正確なアンチテーゼをもつことが許される。」
田中氏は、事務所のスタッフが入社して3年たつと、見聞を広げるため海外に一人旅をさせたという。
田中氏のいうアンチテーゼとは「見方を変えるためのエネルギー」「人間が正しいと決めたものの裏」のことだという。
2012年、大阪芸術大学 デザイン学科教授の三木健氏は、デザイン教育プログラム「APPLE」を開発して注目された。これは世界中の誰もが知っている「りんご」を通して「デザインとは何か?」を学ぶデザインの基礎実習だ。
りんごを分解してみる。周囲の長さや皮の面積を測ってみる。表面の採集しする。りんごを点描で描く。りんごから連想することばを考える…
こうした実習を通して、学生は、よく知っていると思っていたはずのりんごの中に、実は知らずにいた要素が数多くあることに気づく。漠然と見るのではなく、あらゆる視点から、詳細に観察しなければ、物事を理解することはできないことを学ぶのである。
参考:デザイン教育プログラム「APPLE」(大阪芸術大学Webサイト)
田中氏のスタッフのように海外で見聞を広げたり、
「APPLE」のようなユニークな教育を受けられれば幸せであるが
そのような条件がなくても、世の中を観察することはできる。
例えば美術館や映画館、コンサートなどに出かけて文化に触れる。
街を歩いて建物やサイン、売られている商品、行き交う人々を見る。
でも、わざわざ遠出をしなくても、 自宅の周囲、あるいは職場の中でも観察はできる。
少し視点を変えると、見慣れた景色が違ってみえることもあるだろう。
例えばJAGATの社屋にはラウンジがあり、隣接するテラスがある。
テラスからは、街の風景が見える。
ここにも風景が、左右反転した状態で見える。
ガラス戸は、向こう側が透けて見えると同時に、反対側にあるものを反射するため、
時に面白い効果を見せてくれる。
今の季節は、色とりどりの花が咲いている。
花の景色も、見方によって、いろいろな表情を見せる。
例えば、同じ花の樹でもマクロからミクロまで、いろいろな見方ができる。
同じ風景も、全景で見るのと、窓枠を通して見るのとでは、印象が違ってくる。
みなさんも、身の回りのものを、さまざまな角度から、さまざまな方法で見直してみていただきたい。それが、伸びやかな発想の源になるに違いない。
(JAGAT 研究調査部 石島 暁子)