個別受注生産で案件ごとに仕様や入稿形態、校正回数などが異なることが多い出版、商業印刷では、原価管理において案件別収支の把握が欠かせない。
案件別の社内の製造コストを把握するために用いるのが時間コストである。1時間あたりの人件費や設備の償却費、光熱費などの製造コスト(固定費)を設定し、作業時間実績に応じて案件別の製造コストを算出する。例えば、時間コストが2万円の製造工程で、ある仕事を完了するのに3時間かかった場合、その製造工程の原価は6万円となる。
時間コストは製造工程ごとに設定する。設備はパソコンとDTPアプリケーション、フォント程度で人件費がコストの大半を占めるDTP制作部門と高額な設備投資が必要なオフセット印刷部門ではコスト構造が大きく異なるためである。
案件別収支は、その仕事の売上から材料費や外注加工費、運送費などその仕事にかかった変動費と時間コストを使って算出した社内の製造原価をマイナスした結果となる。収益改善の取り組みとしては、月次単位で収支が悪かった案件をリストアップし、原因と対策を検討することになる。
このときに、赤字という結果の数字だけをみると、その仕事を断ると利益が増えるように思いがちだが、それは錯覚であることが多い。というのは、赤字の中身には真性赤字と疑似赤字(両者とも著者の造語)があり、赤字仕事の大半は後者の疑似赤字である。
真性赤字とは、売上から材料や外注加工費などの外部仕入を引くとマイナスになることで、わかりやすく言うと100円で仕入れて80円で売っているようなケースである。このような仕事は断れば収益改善となる。
一方で疑似赤字とは、売上から材料や外注加工費などの外部仕入を引くとプラスではあるが、そこから社内の製造原価を引くとマイナスになるケースである。例えるならば時給の安い仕事といえる。なにもしないでブラブラしているくらいなら安くても働こうかという感じである。
もう少し丁寧に説明すると、1日の固定費(人件費や設備の償却費等々)が10,000円かかるとすると1日10時間仕事をするのであれば1時間1,000円以上の粗利(付加価値)が必要となる。ここでいう粗利(付加価値)というのは、売上から材料などの仕入を引いた残りの金額である。1日10,000円の固定費がかかるということは1時間当たり1,000円の固定費がかかるということで、これが時間コストとなる。1時間当たりの稼ぎと1時間当たりのコストを比較して収支を評価する。(※計算をわかりやすくするために超過勤務は無視して1日10時間はたらくと想定しています)
疑似赤字の仕事は、わかりやすい言い方をすると時給1,000円以上の仕事をしないと1日分の生活費がまかなえないのに時給600円で仕事をしているという意味合いになる。時給600円×10時間だと6,000円しか稼げないので、4,000円の赤字ということになる。4,000円の赤字ではあるが、この仕事を断ったところで生活費が減るわけではないので、仕事を断ると6,000円の収入がゼロになるので赤字は10,000円に増える。
疑似赤字の仕事を断った場合、別にもっと割の良い仕事をするか、固定費を下げない限り収益改善にはならない。なので、仕事を断るよりもどうしたらその赤字幅を削減できるかどうか、何か工夫できることはないかを考えるほうが収益改善には結びつきやすい。
(研究調査部 花房 賢)