フリーペーパーのビジネスモデル

掲載日:2024年3月14日

※フリーペーパー研究の一端が紹介されました(京都大学新聞24年9月16日号)

|無料という制約が育む創意工夫

印刷会社が発行するフリーペーパーの調査を始めて10 年が経った。集めた紙誌を分析し、page の特設コーナーで展示するほか、大学の授業やセミナーなどでの解説に用いる一連の取り組みである。フリーペーパーはどこかに正式登録されるわけではなく、創刊も休刊も自由な媒体だ。地域の発行者と読者、広告主だけが知る、いわば謎めいた存在であって、どこが何を発行しているのか? 全国でいくつ集まるのか? 調査まではさっぱり不明だった。
調査を開始すると、全国から毎回20~50 紙誌が集まった。創刊も休刊もあるため、入れ替わりながらも続いていく。そしてコンテンツは想像以上に多種多様だった。印刷会社も事業会社である以上、無料媒体とはいえさまざまなビジネスモデルを組み込み、何らかのマネタイズを試みている点も興味を引いた。

page2024「印刷会社のフリーペーパー2024」特設展示コーナーのようす(2024.2.14-16)

|ビジネスモデルを見る視点(1)広告と記事

フリーペーパーを見る視点の1つ目は、誌面における記事と広告の割合だ。商業目的の場合は記事3:広告7 で採算が成り立つ広告モデルが基本といわれる。有代誌のように購読料収入がないぶん、広告費を集める必要がある。しかし、印刷会社のフリーペーパーの大半はそこまで広告がないのに発行が続く。それは印刷が本業であるため、広告費が少なくても制作費の少なさでバランスできることによる。発行に際してのキャッシュアウトが少ないので、損益分岐点が低い。直接収支を合わせるべく広告を入れてもよい。だが、広告費のために広告主の意向を気にして窮屈な誌面にするくらいなら、最初から副次的なリターン(地域貢献など)を追求した方が合理的との判断が働き、結果としてソーシャルモデルに向かうことが多い。

|ビジネスモデルを見る視点(2)通算発行数

2つ目は通算発行数だ。月刊や季刊で40 号を超えていれば確たる理念やビジネスモデルがあり、見習うべき点があると見てよい。100号を超えるのなら、なおさらである。『トチペ(鈴木印刷・栃木)』 208 号、『ぷりおーる(きかんし・東京)』106 号、『ながの情報NEXT
(カシヨ・長野)』611 号、『月刊ぷらざ(ヨツハシ・岐阜)』369 号、『月刊パームス(宮崎南印刷・宮﨑)』388 号など。定期刊行物は企画・取材・執筆・デザイン・営業・印刷・配布などの総合力が問われるため、どれか一つでも欠けたら続かない。不景気でも多少の経営不振でも続ける基盤と信念があるから長く続くのだ。ひいては企業の知名度と地域の持続性を高めてメディア自らの存在感をも高めていく。

|ビジネスモデルを見る視点(3)バリューチェーン

3つ目はバリューチェーンである。これはコンテンツの制作体制・配布流通チャネル・収入源(金銭的/非金銭的)・読者・発行者の組み合わせのことを指す。よくできたフリーペーパーは発行理念の実現に向けて地域社会のステークホルダーが適切に配置されているので持続的な無料発行が可能なのだ。『おでかけ・みちこ(川口印刷工業・岩手)』『まなびのめ(笹氣出版印刷・宮城)』『Fのさかな(石川印刷)』『むるぶ(共立アイコム・静岡)』『ぬりえーる(中本本店・広島)』『ココロエえひめ(ハラプレックス・愛媛)』は、地域社会に好影響を与えた恩恵の波及を自社が受けるCSVモデルの完成度が高い。たとえ見かけ上の利益は多くなくても長期的に発行社に豊かな有形無形のリターンをもたらすメディア設計になっている。

|非財務資本の蓄積が生み出す新規事業

図らずも10 年にわたって発行企業を長期観察することになり、発行社が非発行社よりもスモールビジネスを多く創出していくプロセスを目の当たりにすることになった。発行社は日々の印刷営業では得られない取材先・連携先・読者との無数のネットワークといったリターンを手に入れたのである。金銭換算しづらいコンテンツやネットワークなどの、財務資本を生み出す基盤となる非財務資本を蓄積したともいえる。発行社の経営者が評価の難しい非財務資本と財務資本の包括的な事業性評価に長けている点も、企業のサステナビリティを考えるうえでのポイントだ。“ たかがフリーペーパー” だが、奥深い。

(JAGAT 研究調査部 藤井建人)