【マスター郡司のキーワード解説】ラテックスインキ

掲載日:2024年3月25日

ピエゾとサーマル

ちょうどpage2024が終了したばかりなので、今回はpage2024で気になったキーワードを解説する。キヤノンから発表された新機種である、B3サイズ対応の枚葉インクジェットデジタル印刷機varioPRINT iX1700に使われているインキがラテックスインキであり、これを取り上げてみたい。なお表記だが、「インク」か?「インキ」か?については、私が印刷業界どっぷりだということで、今回は「インキ」中心で書き進めていく(JAGAT的にはアナログ印刷にはインキ、デジタル印刷にはインクを使用)。若い読者の方には平にご容赦願いたい。

ラテックス(インキ)に関しては、正確に説明すればするほど分かりにくくなってしまう。そのため、今回は印刷業界の現場技術者および管理者に読者ターゲットを絞り、独断と偏見で述べさせていただく(書いている本人も少々??とは認識)。

インキジェット印刷機をヘッド形式で分類すると、ピエゾとサーマルの2種類に大別できる。サーマルはキヤノンとHPの2社が代表格で、その他はピエゾという感じだ。ピエゾ素子は電圧を加えると変形するタイプの素子で、変形させてピストン的にインキを押し出せるようにしたのがピエゾタイプのインキジェットである。ピエゾ素子は電圧に応じて変形量をコントロールできるため液滴の大きさもコントロールが可能で、解像度だけではなく液滴量(例えば大中小)のコントロールも可能になり、階調再現もより豊かになる。

それに対してサーマルは、熱でブクブクっと気泡を発生させてインキを押し出すので、液滴量のコントロールが難しいのである。HPはヘッドの解像度をもっと細かくして、大小の穴で液滴量をコントロールしている(サーマルヘッドはピエゾヘッドに比べて構造がシンプルであるため解像度を上げやすく、大小の穴での液滴量コントロールも現実的だ)。

インキジェットの被印刷体が紙なら問題ないのだが、合成布やフィルム、金属などには通常の水性インキが使用できない。そこで、紫外線で硬化するUVインキが注目を集めるようになった。ピエゾヘッドを使用しているインキジェットプリンターのメーカーはUVインキを使用して、ノボリ旗や金属への印刷までを可能にして用途を広げていった。一方、サーマルヘッド勢のキヤノンとHPは、熱で気泡を発生させるサーマル方式なのでUVインキが使用できずに困っていた。

UVインキに対抗

ところがノーベル賞級の研究スタッフを擁するHPは、ヘッドを改良するのではなくインキを改良して乗り切ってしまった。その代表選手がラテックスインキというわけである。天然ゴムのラテックス成分を含有することで被印刷体の種類の幅を大きく広げたのだ。UVインキに押されている市場を取り返すどころか、「布系ならラテックス」と思わせるくらいになってしまったのである。

ラテックスとは、ゴムの木に傷を付けると出てくる白い乳液のことである。これをラテックスと呼んでおり、この液を固めると天然ゴムになる。広義には「(天然)ゴム≒ラテックス」といわれているが、ラテックスを固めたモノが天然ゴムである。UVインキの場合には、紫外線を照射すれば光架橋反応で固まるので被印刷体を選ばないということは理解しやすいのだが、ラテックスインキの場合は、熱で硬化させたラテックスが被印刷体にくっ付くということになる。

ヒーター(熱)工程も基本は2段階で、第1弾で水分を飛ばし、第2弾でラテックス(水溶性ポリマー)を溶解・硬化させることになる。ラテックスは“しなやか”っポイので、「UVでガチガチに固めるよりも用途は広がるかなぁ?」と素人目には考えてしまう(ド素人的)。ラテックスインキの品質は改良されており、現在は塩ビ製品への印刷も可能である。しかし「ジッポーライターに愛車のポルシェを印刷したい」という要望には、現実的には「UVインキかなぁ?」と思ってしまう。それ以外はラテックスインキでも広くカバーできるというか、むしろ適性があるわけだ。

また、ラテックスインキは水性インキでありながら屋外での耐候性を持ち、素材を選ばずに印刷できる汎用性もある。そして臭気もない。溶剤を使用しているソルベントインキも屋外用では使用されるが(被印刷体表面も溶かすので耐候性は抜群)、臭気や有害物質を含んでいるので嫌われるケースも多い。UVインキもドイツなどのヨーロッパでは必要以上に嫌われたりするケースも多く(安価な開始剤は臭気が気になる)、水性で天然ゴムっぽいラテックスインキは安心・安全のイメージがあることも特長だ。

(専務理事 郡司 秀明)