【マスター郡司のキーワード解説】レタッチ(その壱)

掲載日:2024年6月11日

レタッチ(その壱)

私は芸術系の大学で教えているのだが、2024年度用の「シラバス」の作成で考え込んでしまった。写真系の学科であるため「レタッチ」の講義もあるのだが、2023年度のレタッチの講義においては「生成AI(2023年は生成AIが話題)を取り上げて講義するか?」で考え込んでしまい、頭の整理がつかずに「正月休みに勉強してくるから」と学生には謝って、後伸ばしにさせてもらったのだ。結局、確信的な講義はできずじまいでお茶を濁してしまい、後味の悪いもので終わってしまった。

結論としては「生成AI時代のレタッチ」というテーマで2024年度の講義を行うことにした。とにかくお題目だけでも言い切ってしまおうということだ。今回の本欄では、レタッチについて再整理してみることにしたい。

名著『レタッチ技術手帖』

「レタッチ」といっても人それぞれで言葉のニュアンスは異なる。また、印刷業界ではレタッチをする人をレタッチャーと呼ぶのだが、こちらも人によってイメージは千差万別だ。例えばレタッチャーという業種は一時大人気で(高給取り)、有名レタッチャーに任せて画像を加工すると、より価値が上がることから、高額でも人気レタッチャーに頼むということが普通に行われていた。

一般的な印刷会社のプリプレス部門でも、Photoshopでの画像レタッチを専門にしている人が2人や3人はいるのが通常である。そして同様にレタッチャーと呼ばれている。そのような常識が、生成AIの登場で大きく変わってしまいそうなのだ。

もともと「レタッチャー」とは、製版フィルムを使っていた手集版の時代にCMYKの印刷用の版にまとめる人のことをレタッチャー(もしくはレタッチ)と呼んでいた。その中でもベテランで、特に腕に自信のある人は色や調子をさまざまな手作業でレタッチし、画像品質に関する責任を受け持っていたのである。

JAGATはその歴史からプリプレス(業界)との付き合いが深く、JAGAT関係者にはレタッチの専門家が少なくない。その代表ともいえるのが、『レタッチ技術手帖』の著者である坂本恵一氏であろう(錦明印刷にも籍を置いていた)。私もJAGATの職員になる前から大変お世話になっていた方である。『レタッチ技術手帖』には興味深いことが数多く書かれており、その神髄は現在でも十分通用する。

人工着色とレタッチ

今回は第1回目として、手集版時代について簡単に触れてみたい。レタッチというと色、カラー画像での色合わせや色調調整が中心になるが、もともと手集版時代の初期にはカラー写真などなかったのである。日本では、4色同時カラースキャナーのSG-701が普及してからが本格的なカラー印刷の普及期となる。カラー写真がなかったころは、白黒写真に色を付けて捏造していたのだ。これを人工着色(人着=じんちゃく)と呼び、そのころのレタッチの役目でもあった。

レタッチャーはもともと絵心がある人が多く、坂本恵一氏も上野高校(東京芸大の至近)出身で、絵が上手だ。高校時代は、スケッチブックを持って池之端付近をうろついていたらしい。また、研文社の創業者である網野栄氏は“六十の手習い”として本格的に油絵を始められて、日展入選レベルの腕前をお持ちだ(JAGAT本社玄関に作品を展示)。

その後、「人着」は消えたが、フィルター分解による色分解ではまともな色が得られず、レタッチャーが網ネガ(網ポジ)を水洗ライトテーブル(上部から水が出る斜めのライトテーブル)を使用し、減力液で洗って網点面積を調整(網点を洗い流す感じだ)することで色を調整していたのだ。

例えば肌モノ(肌色)であったら、C版が反対色で濁し成分となるので、C版の網ポジを減力液で洗って網点を細らせ、肌の濁りを取るわけである。「健康的な肌色」という要望に対しては、C版を減らすのと同時に、M版の網ネガを洗ってマゼンタ成分を増やし、ピンク系に持っていくわけだ。しかし、やり過ぎると肌の調子がなくなり、オテモヤンのようになってしまう。そのため、「どこで止めるか?」がレタッチのセンスとなる。

逆に、空の中のY版は要らないので、網ネガを思い切ってオペーク(ピンホールを消すように潰す)したりしたものだ。水平線の場合は、海の部分だけY版をわざと残したりして、空と海の色の差を付けるのもレタッチの技である。

その減力液の代表がファーマー減力液で、レタッチの人から「兄ちゃん、舐めてみるか?」と言われて恐る恐る舐めてみた後に「これ、青酸カリだぞ!(厳密には??)」と種明かしをされ、「え、えぇー!」という経験もある。懐かしい思い出である。

(専務理事 郡司 秀明)