【マスター郡司のキーワード解説】レタッチ(その弐)

掲載日:2024年6月24日

CEPSと電算写植が活躍した時代

前回(2024年4月号)は「レタッチ(その壱)」として、レタッチのことについて解説した。レタッチの従弟制度を説明するのに故・坂本恵一氏を弾き相手に出したのだが、私がいろいろなところでレタッチについての知識や技術に触れるのを大変喜んでくださっていたので、きっと現在も天国で微笑んでくれていると思う。

製版(プリプレス)の長い歴史の中では、CEPS(Color Electric Prepress System)と呼ばれる専用マシンのことを忘れてはイケない。「セップス」と発音するのだが、安価なパソコンでも動作するDTPに対してメインフレームとでもいうべき大型(正確には中型か?)で、空調完備の部屋が必要となる大げさなコンピューターを使用した重厚長大かつ超高価なシステムであり、イスラエルのScitexが代表機種であった(日本ではSCREENのシグマグラフだ)。CEPS(Scitexやシグマグラフ)と電算写植(写研に代表される)の時代は、デジタルデータを扱ってはいたのだが、製版(印刷)史的にはアナログ時代の最後期として位置付けられている。そして次のDTPから、デジタル時代に突入するわけだ。

使用されていた期間も今思い直してみると非常に短く、画像を中心としたCEPSが文字と画像を統合するのか? それとも文字を扱う電算写植が統合するのか?? 競い合っていた時代だ。SCREENはカドグラフという作図機を保有していたので、その作図機で文字も一緒に作図してしまおうという(文字組版の常識では「神をも恐れぬ?!」)発想のIP(イメージプロセッシング)システムを開発していたため「文字と画像の統合」に肉薄したのだが、統合させた功績はDTPが“全ぇぇ〜ん部”持っていってしまった。ということで、レタッチの続きの話としてCEPS(レタッチマシンとして活躍)や電算写植にも触れた次第である。

ドライドットエッチの手法

さて、ここからはホントのレタッチの話だ。前回は減力液という特別な試薬と、水洗ライトテーブルと呼ばれる斜めになっているライトテーブルの上部に水の噴き出し口が付いていて、そのライトテーブルに網ポジフイルムを載せて、水を流しながらレタッチを行うことを説明した。レタッチするときには30~40cmのゴムのヘラを使って水が網ポジに当たらないようにせき止めて、減力液で網点を洗い流すのだ。

完全に洗い流すのなら網ネガをオペーク(ピンホールや網点をふさいでしまうこと)してやればよい。しかし、色を調整する場合、例えば肌色のくすみを抑えるには、肌色部分のシアンを減力液で洗ってやれば網点が小さくなり、くすみが取れるという理屈だ。肌色を湯上がりピンクにする場合は、M版の網ネガを洗えばピンクっぽくなるわけである。そのままにしておくとホントに網点が全て流されてしまうので、ヘラを外して減力液を水で洗い流しながら行うのだ。ルーペを見ながら面相筆(特殊な筆)の微妙なタッチでレタッチするのが高等テクニックなのである。

このようにウエットにレタッチするのが従来のレタッチ技術なのだが、今回は非ウエットな方法を紹介する。減力液ではなくプリンター作業でレタッチしてしまおうという技術なのだが、ウエットなドットエッチに対して非ウエットなので、ドライドットエッチと呼んでいるのだ。DTP以前は密着プリンターによる反転作業で製版作業を行っていたが、明室フィルム(紫外線でしか感光しないうえに、明室フィルムは網点が一対一にしか反転しない)ではなくオルソフィルム(感度が高くてブルー光とグリーン領域まで感光するフィルム。赤いセーフライトは使用できる)を使用することで、少し光量を増やせば網点が太って反転されるのである。そして密着ではなく途中にマイラーシートを挟めば、網点はより大きく太るわけで、透明なマイラーではなくディフュージョンシート(ブーブー紙のような拡散シート)にすれば、もっと太るのだ。このようなプリンターワークで色のバランスを取ることをドライドットエッチと呼び、CEPSによるレタッチの直前まで行われていた。もちろんマスクしてやれば、部分レタッチも可能だ。

このようにレタッチは人着(モノクロ時代の人工着色)から始まり、それが減力液と面相筆の職人芸的レタッチに発展していった。そしてシステム作業が可能なドライドットエッチが主流となって、今やレタッチといえばPhotoshopになったというわけである。アドビもいろいろとやっているが、グーグルのスマートフォンが宣伝しているように、影消しなどは簡単にできてしまう時代になってしまった。そのうちAIレタッチになってしまうのだろう。

(専務理事 郡司 秀明)