外部不経済と情報メディア

掲載日:2025年1月20日

社会環境や経済システムの変化により、国内外を問わず原材料・エネルギー・人材等、ビジネスに必須の各種リソースを安定的に確保することが困難な時代を迎えている。

プラットフォーム経済が浸透し消費動向にも国境の垣根を超えた広がりが見られるなど、生活者の購買行動も目まぐるしく変化する。

各種社会課題の中で、世界の動きとともに情報メディアの持続可能性について考察する。

リソースの安定的確保と持続可能性

持続可能なビジネスの基底には、商品・サービスの提供側である事業者の利益を追求する過程で生じる負荷を、事業者以外に負担させるいわゆる外部不経済を内部化し、ビジネス継続に必要となるあらゆるリソースを安定的に確保していこうとする考え方がある。事業者が支払う直接的費用以外の社会にかかる負荷(費用)も考慮に入れて社会的利益の最適化を図ることが、持続可能なビジネスの達成につながる。

情報メディアについても、外部不経済につながる要素について、対処を検討する必要がある。

デジタルメディアの使用段階におけるCO2排出

地球温暖化への対策として、温室効果ガス削減の取り組みが急務となっている。商品・サービスの原材料調達・製造・物流・販売・廃棄にわたって排出される温室効果ガスの総排出は、企業の客観評価に直結する課題となっている。算定・報告の基準であるであるGHGプロトコルに基づくサプライチェーン排出量では、商品・サービス使用に際してのCO2排出量を、年間稼働時間想定と耐用年数に基づく総電力使用量から算出する方式をとる。

印刷物等の物理メディアでは一般化している製造から使用・廃棄までを含めた捉え方に着目し、デジタルメディアの使用段階におけるCO2排出量の計測手法を提供する取り組みが進んでいる。

英国ブリストル大学とメディア関連大手事業者複数社が協力し開発・提供しているオンライン計測サービスDIMPACTは、デジタルメディアのバリューチェーンにおける透明性を高めることを目的として、その使用段階に特化してCO2排出量を算出する取り組みである。コンテンツの配信処理、データ転送、表示に使用される機器の使用電力量からCO2排出量を測定する。想定エネルギー利用量や排出係数に基づいて算出する方式によるブレをなくし正確に計測する手法を追及しており、現在、電子出版、ビデオストリーミング、オンラインバナー広告等の使用段階CO2排出量計測手法を確立し、提供している。

拡大生産者責任と印刷メディア

生産者責任を生産プロセスだけでなく利用から廃棄まで含めて捉えるライフサイクルアセスメントは世界の共通認識となっている。2001年にOECDが拡大生産者責任ガイダンスマニュアルを発行して以来取り組みが進み、リサイクルや廃棄に関する規制が広まった。

物理メディアである印刷物については、現在紙のリサイクル率が世界平均で60.2%となっている。一定のリサイクル率を達成しているEUでは現在、包装容器の廃棄が課題となっている。これまで加盟各国への通達であった包装材と包装廃棄物に関する指令について、新たにより強制力の強い「規則」として発行され、加盟各国への規制を強化する方向で進んでいる。

米国は再生紙の利用が世界平均より後れを取っていたものの、2022年にはリサイクル率68.0%まで改善した。(米国森林協会発表)ただし州ごとの取り組みの差はあるようだ。コロラド州では、紙のリサイクル率が27%となっており、2022年6月にリサイクルに関する拡大生産者責任法を施行した。多くの印刷物もその対象となっている。

その他包装容器全般を対象とした拡大生産者責任については、メイン州、オレゴン州、カリフォルニア州などで州法が制定されている。原材料調達、国土面積と廃棄物物流コストなど、国による事情は異なる点があるものの、拡大生産者責任が世界全体に問われる現在、こうした州法は今後も広がりを見せることが予想されている。

消費者市民社会で求められること

企業活動に対し、消費者が自らの消費行動が現在および将来の世代にわたって、社会経済情勢および地球環境に影響を及ぼす可能性があることを自覚して意思決定する「消費者市民社会」形成が世界の潮流となっている。

Microsoft AdvertisingとDentsu Internationalが世界19か国約24,000人に対して行った広告メディアに関するアンケート調査「The Rise of Sustainable Media」によると、「持続可能性を考慮した広告を行っている企業の商品を選択する」と答えた人が84%となっている。持続可能性という概念が商品・サービスに付加価値を与えるという段階を超え、デファクトスタンダードとなりつつあることを示す結果である。

また、ミレニアル世代で82%、X世代で75%もの人が「5年後には環境に配慮した広告を行っているブランドにのみより多くのお金を費やしたい」と答えている。現時点で大きな購買力を持つ経済状態の安定した年齢層だけでなく、将来にわたる消費期間が長くより高いライフタイムバリューが望める若年層の消費行動を知る意義は大きい。

一方で、こうした消費者心理に対し、根拠なく環境対応のイメージを訴求するようないわゆるグリーンウォッシングと言われる商品・サービスが存在し、その対処も課題となっている。

EU委員会は、そうした商品・サービスに対し規制・罰則を設けるグリーンクレーム指令案を2023年3月に公表した。イメージ戦略にとどまらず客観指標や外部検証とともに企業姿勢を示す必要性がさらに高まる。

第三者機関が独自に商品の倫理的正当性を格付けする取り組みも各国で展開されている。エシカル消費が広がる起点となった英国のNPO法人Ethical Consumerをはじめ、オーストラリアのGood on You、米国のBetter World Shopper等は、数多くの商品の人権・環境・動物保護・地域コミュニティ・公平性等を基準に格付けを行い、倫理的消費行動をサポートするツールを提供している。Better World Shopperでは、「生活者に対し各種社会環境データを提示することで、消費自体がよりより社会の形成のための投票行動となる」ための仕組みづくりをその主眼としている。第三者による格付けと消費者による商品選択を通して、持続可能な社会を進化させることにつながる取り組みだ。

教育部門における持続可能なメディアの探求

ドイツのシュトゥットガルトメディア大学は、2022年6月に「サステナブルメディア研究所」を設立した。メディアの持続可能性について、コンセプト、プロダクション、流通の観点から探究し、各種プロジェクトワークを通して発展させるものだ。コンテンツ制作、素材開発、コンピューターサイエンス、マーケティング、プロジェクト管理等の専門家を指導者に迎え、メディアビジネスを多元的に捉えて将来にわたる持続可能性について探求する。

持続可能性を巡っては、国や地域によって動向に温度差があるものの、グローバルな情報環境では先進的な取り組みが大きな変化の波となって押し寄せてくることが予想される。自身は取り組まない「フリーライダー」が多数派でいられる時期もそう長くはないだろう。あらゆるステークホルダーの動向を知り、社会最適を念頭に選択的にメディアを提供する準備が必要となる。

(JAGAT 丹羽朋子)

『印刷白書2023』より転載