今回は「パラダイス鎖国」について考える。
JAGAT 専務理事 郡司 秀明
パラダイス鎖国
JAGATではセミナーを分類しており、通常のセミナー、カンファレンス、研究会ミーティングと区別している(この定義については機会がある時に詳述したい)。
2019年6月4日の研究会では、「カラーマネジメント」をテーマに掲げ、印刷標準規格のところでeciCMYK(European Color Initiative CMYK、FOGRA53と同義)を話題の一つに取り上げた。あまり特別な注意は引かなかったのだが、eciCMYKは私のような昔からカラーマネジメントをやっている人間には特別な感慨がある。
四半世紀くらい前(もうちょっと前かな?)の日本の紙は蛍光増白剤が入っていて、紙白が青っぽかったのだが、その頃の欧州の紙は中性で、蛍光増白剤はほとんど入っていなかった。そんな伝統が関係しているのか?日本で印刷のカラマネは紙白をキャンセルして、インキ部分だけをカラマネするのが当たり前だったのだが、欧米は紙白込みでカラマネするのが当たり前だった(こちらの方が実践的)。
ところが、最近の欧州の紙は(中国の影響か?)、かつての日本の紙どころではない量の蛍光増白剤が含まれるようになってしまった(今になって考えれば、かつての蛍光増白剤の量は少なめだった)。そのような状況で、最近、欧州の印刷業界が蛍光増白剤を規制or是正するのではなく、蛍光増白剤を許容して蛍光増白剤を含む紙を標準紙に採用しようというのである。それがFOGRA53(eciCMYK)なのだが、このようなことを印刷の元締めであるFOGRAに言われると、私のような立場の人間は(逆)ガラパゴス感に打ちひしがれて、取り残された気持ちになってしまうのだ。
私も陰ながらいろいろやっていて、Japan Colorの応援をしようと韓国や中国で啓蒙活動に励んだのだが、Japan Colorというネーミングでことごとく止まってしまった経験を数多く持っている。GRAColやG7はネーミングの付け方が上手で、FOGRAと言えば意味はドイツ印刷技術協会なのだが、英語でない分Japan Colorよりは普遍的(国際的)なイメージで得している。あれだけ反日感情を露わにしている韓国は、意地でもJapan Colorと冠に抱いた規格は使いませんよ。
こんなことを考えていると「パラダイス鎖国」という言葉を思い出してしまう。「パラダイス鎖国」は、一時代前の流行語の一つであり、アメリカ・シリコンバレー在住のIT企業コンサルタント・海部美知氏が2005年にインターネット上で使った言葉で、2008年には海部氏による著書『パラダイス鎖国 忘れられた大国・日本』(アスキー出版)が出版されて広く知られるようになった。独立性の高いエリアで「快適化」が進行すると、エリア外への関心を失い『鎖国』状態となって取り残されるという警告である。
まさしく現在の日本が直面している状況であり、今の若者の海外に関する興味の乏しさといったら、アメリカ人以下というか、アメリカ人の方が遥かに国際的だろう。
アメリカは広いので東海岸と西海岸は大違いなのだが、スタンフォード大学(サンフランシスコ郊外のシリコンバレー)で、ブックストアを探して歩いていると、マウンテンバイクに乗った女子学生に声をかけられ、「ブックストアを探している?」と英語で言ったら「あと三十分くらいかかるわよ。頑張ってね」と日本語で返されてしまった。日系ではなくあきらかなアングロサクソン系と私には見えたが、東海岸の大学では考えられない光景だったのをよーく覚えている。
日本の若者はバックパッカーでもお金に困らなければ、ニューヨークで回転寿司を食べるし、お金に余裕のない若者は牛丼かラーメンばかり食べている。世界中でどこへ行ってもハンバーガーを食べて、コカコーラばかり飲んでいるトランプ大統領のことばかりは言ってはいられない。そんな状況だから国際的な商品はどんどん国際性をなくしているし、今でも世界レベルで最高品質を誇る日本の家電製品が、国際的な安全規格も通らない状況になっている。
「パラダイス鎖国」はもともと携帯電話の開発競争を評して生まれた言葉であり、鎖国状態に陥るエリアとして国や地域を想定して、ガラパゴスという言葉を生み出したのだ。 しかし、インバウンドで浮かれる日本の状況を見ていると、再度国際的常識を持って、インターナショナルに通用するセンスで勝負しなくてはいけない。冒頭にコメントした「FOGRA53だって、受け入れる姿勢も大事なのだあなぁ」と考える次第である。
(JAGAT専務理事 郡司 秀明)
(会報誌『JAGAT info』 2019年7月号より抜粋)