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オンデマンド印刷とオンデマンド出版の動向

ンデマンド印刷とデジタル印刷

オンデマンド(On-Demand)とは、一般に「要求・需要に応じて」を指す言葉である。

印刷業界でオンデマンド印刷、POD(Print On Demand)といえば、電子写真方式、またはインクジェット方式のデジタル印刷機を指すことが多い。

しかし、プリンターメーカーによっては、乾式トナーの電子写真方式デジタル印刷機だけを慣用的にオンデマンド印刷、またはPODと呼んでいる。その場合、大判プリンターや校正用インクジェットプリンター、高速のハイエンドインクジェット機、ロール式インクジェット機などを含まないようだ。

短納期・小ロットの印刷サービスをオンデマンド印刷と呼ぶ人もいる。
しかし、オフセット印刷で短納期・小ロットを標榜したサービスは、ネット印刷などでごく一般的におこなわれている。

さらには、ほとんどの印刷サービスは見込み生産ではなく、受注生産である。要求・需要(つまり注文)に応じて生産することは、ごく普通で一般的だともいえる。

要するに、オンデマンド印刷・PODとは、印刷サービスやビジネスモデルを指す形容詞であって、印刷方式を指す言葉としては相応しくないといえる。

印刷方式を指す場合は、「物理的な版ではなく、デジタルイメージが版の役割を果たす無版印刷方式」を「デジタル印刷」とし、主要メカニズムとして電子写真方式とインクジェット方式があるとすべきだろう。

定着したオンデマンド出版サービス

一方、「オンデマンド出版」という言葉は、出版手法・出版ビジネスを表すものとして定着している。

オンデマンド出版には、大きく2つの概念がある。1冊単位で印刷・製本することをブックオブワンといい、主にECサイトなどで実現されている。

また、オフセット印刷では対応できない小ロットの重版などを、小ロット・デジタル印刷、またはDSR(デジタル・ショートラン)と呼び、区別することがある。

米国では、1冊単位で注文を受け、デジタル印刷にて書籍を製造・出荷するオンデマンド出版サービスが早くから定着している。取次大手イングラム傘下のライトニングソース社は、数10台規模の高速インクジェット・フルカラーデジタル印刷機を設置し、AmazonなどのECサイトやイングラム系列の書店、出版社などから1冊単位、または数10冊程度の注文に応じて印刷・製本を行っている。書籍データを予め預かり、注文から24時間以内に印刷・製本し、出荷する体制である。

国内では、2010年に三省堂書店の神保町本店が米OnDemand Books社の「エスプレッソ・ブック・マシン」という電子写真式モノクロプリンター・ベースのデジタル印刷・製本機を導入し、オンデマンド書籍の販売サービスを開始した。コーヒー一杯程度の待ち時間で紙の書籍を受け取れることから、「エスプレッソ」と名付けられたとのことである。取り扱い可能なリストから必要な書籍を選択して注文すると、10分程度で1冊だけの印刷・製本をおこない、手渡してくれる。

その当時、かなりの注目度があったように記憶している。洋書の学術専門書の他、和書も扱え、将来的には品切れ書籍や洋書・大活字本の販売、自費出版や学校・企業等で利用するテキストの印刷・製本にも対応するとのことだった。
三省堂書店オンデマンドは現在も継続中)

Amazonは、早くからオンデマンド書籍の販売を実現している。利用者が「オンデマンド(POD)版」、または「ペーパーバック」などと表記された書籍を選択して注文すると、Amazon社内のデジタル印刷工場で、1冊単位で印刷・製本し、購入者に発送する仕組みである。

出版社にとっては、印刷・製本・用紙など初期費用がかからない、書籍データ預けるだけの在庫レス方式のため保管費用などがかからない、販売不振による返本リスクがないというメリットがある。例えば、電子版(Kindle本)とPOD(ペーパーバック)版を並行して販売し、読者の利便性やニーズに応えている場合もある。

インプレスとメディアドゥが2022年に合弁で設立したPUBFUNは、個人や小規模出版社向けにPOD書籍と電子書籍の取次サービスを提供している企業である。

Amazon PODや三省堂書店、楽天ブックスといったECサイトで、POD書籍や電子書籍を出版したい個人・企業のデータ準備、入金管理などを代行する。売上から印刷費・手数料を差し引いた金額を版元に支払うレベニューシェア方式のため、依頼者は出版初期費用を大幅に抑えることができ、低リスクの書籍出版を実現することができる。

このようにブックオブワンのオンデマンド出版は、デジタル印刷の品質・生産性向上や、ECサイトでの書籍販売が一般化したことによって実現したといえる。販売部数が見込めない専門書・技術書や品切れ本、個人出版などの分野で定着している。

出版社による小ロット対応・内製化

オンデマンド出版とは別に大手出版社が自社内にデジタル印刷機を導入し、小ロット出版に取り組む事例も増えつつある。

ある出版社では、自社グループ内にデジタル印刷・製本機を導入し、コミックスや新書・文庫の重版対応に利用している。また、新刊発行前に目利きの書店員に配布するプルーフ本(校正データを印刷・製本した見本版)を内製化している。

数10部~数100部といった極小ロットの印刷・製本、重版を自社内で行うことで、読者や著者の要望に応えられ、機会損失を解消することができる。読者、著者、出版社の3者にとって有益であり、今後も拡大が見込まれる。

また、ある出版社では、図解・グラフの多いサイエンス系新書の新刊に取り組んでいる。オフセット印刷では割高となる小ロットのフルカラー化を実現でき、好評を得ているという。

2019年、リチウムイオン電池の発明でノーベル化学賞を受賞した吉野彰博士が、自分の原点は少年時代の愛読書『ロウソクの科学』(マイケル・ファラデー著)であるとコメントし、話題になったことがある。
KADOKAWA はその翌日に同書の緊急重版を決定、自社のデジタル印刷機器で印刷・製本し、わずか2営業日で書店に並べたという。最終的に、10万部ほど販売したとのことである。
デジタル印刷設備を保有しているKADOKAWAならではの動きであり、出版流通の新しい姿だといえる。

(JAGAT 研究・教育部  千葉 弘幸) 

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(さらに…)

コミック同人誌と広色域印刷・RGB印刷

広色域印刷とは、一般的なCMYK4色のプロセス印刷を越えた色域を再現することである。昨今、デジタル印刷機を用いた広色域印刷が「RGB印刷」と呼ばれており、利用が広がっている。

多色プロセス印刷による広色域再現

オフセット印刷では、早くから多色プロセス印刷による高彩度・広色域印刷の取り組みが行われてきた。

例えば、「ヘキサクローム」は、1995年に米国Pantone社が特許取得した6色プロセス印刷方式である。高彩度のシアン・マゼンタ、蛍光顔料を含むイエロー・オレンジ・グリーンインキなど6色を使用する。各国のインキメーカーが、Pantone社のライセンスを受けてこれらのインキを提供している。また、Pantone社は、専用の6色分解ソフトウェアを提供している。ヘキサクロームは、Adobe RGB相当の色域をカバーし、Pantoneの特色の約90%を再現可能としている。

また、ハイデルベルグ社でも、CMYK+RGBの7色プロセス方式による広色域印刷、「Hi-Fiカラー」や「Super Fineカラー」を提供している。通常の4色プロセス印刷は、CMYKの掛け合わせでRGBを表現するため、濁り成分が発生する。RGBインキに置き換えることで、濁りの少ない高彩度・広色域を実現するという。

このような多色プロセス印刷が可能になった背景には、CTPによって版の品質や見当精度が向上したこと、FMスクリーニングによってモアレの少ない多版印刷が可能となったことが挙げられる。

しかし、版数が増え、専用インキを使用するため、通常の4色プロセス印刷より割高となる。多色分解であるため、校正や印刷も調整が必要となる。このような制約があるため、大部数を前提とするパッケージ分野以外では普及していない。

広色域インキによる4色印刷

その後、広色域のCMYKプロセスインキも提供されるようになった。代表的なものが、東洋インキのKaleido(カレイド)である。4色だけでオフセット広色域印刷を実現し、Adobe RGBの大半をカバーすることが可能である。

ICCプロファイルが提供されており、モニターやプリンターのRGB表現をオフセット印刷で再現することが容易となっている。UV対応などインキの種類も増えており、対応する印刷会社が増えつつある。

6色、または7色プロセス印刷と比較すると、手間や調整、コスト面でもメリットが多い。ただし、オフセット印刷であるため、大部数でなければ採算が取れないという課題は残されている。

デジタル広色域印刷とRGB印刷

現在、コミックやCG・イラストの多くはパソコン上でデジタルデータとして制作されている。そのため、モニター上で表現される鮮やかな色彩を印刷物で再現できないかという要請は、年々増えている。

近年では、広色域印刷に対応したインクジェット印刷機や多色プロセス印刷が可能なトナー方式デジタル印刷機などが提供されている。これらの機器では、広色域のRGBデータをJapan Color 2011 Coated(オフセット枚葉印刷・コート紙における標準)の色域に圧縮することなく、再現することができる。デジタル印刷であるため、小ロットでもリーズナブルな価格設定であり、実用性が高い。校正・本機の区別もない。

ネット通販型の印刷会社では、これらの機器を利用して広色域を再現する方式をRGB印刷、ビビッドカラー印刷という名称でアピールし、コミック同人誌やCG・イラストなどの分野で利用が増えている。これらはRGB入稿を前提とし、RGBの色域の多くを再現できることから、「RGB印刷」と呼ばれるようになった。

コミック同人誌の市場と動向

コミックマーケット(通称コミケ)は、同人サークルが自作のコミック作品を持ち寄る同人誌即売会であり、1975年に始まった。2010年代には1回に50万人以上が集まる規模となった日本のオタク文化を代表するイベントである。近年は、海外からの来場者も増えている。

矢野経済研究所が2023年に実施した「『オタク』市場に関する調査」によると、同人誌の市場規模は、消費金額ベースで1,000億円規模(2023年)と予測しており、年々拡大している。

このような同人誌の印刷を受託しているのは、主にネット通販型の印刷会社である。オフセット印刷、またはデジタル印刷で製作し、イベント会場に納品することが多い。ただし、同人誌のほとんどは、数100部以下の少部数である。
昨今は、RGBの印刷データを入稿し、デジタル印刷機で広色域・ビビッドカラーで印刷するRGB印刷サービスが拡大している。

(JAGAT研究・教育部 千葉 弘幸)