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ユーザーとともに育つアイデア商品「himekuri」

株式会社ケープランニングが開発した卓上型の日めくり付せんカレンダー、himekuri(ヒメクリ)が、第27回日本文具大賞で機能部門の優秀賞を受賞し、第29回 国際 文具・紙製品展 ISOT(2018年7月4日(水)〜6日(金)/東京ビッグサイト)の会期初日に表彰式が行われた。

「himekuri」ラインアップ

himekuriの特徴は365日全ての絵柄を変えていることと、付箋加工されていることだ。
一週間・7日分の日付が一列に並び、左から順に剥がしていく仕組み。
週ごとに基調色を変えているので、今日の日付が一目で分かる。2018年に実用新案を取得している。

「himekuri」日付けの色の切れ目

▲週ごとに基調色が変わる。今週と来週の色の切れ目が今日だと分かる。

剥がした付箋は、ノートやメモ帳に貼ってオリジナルダイアリーに、また手作り料理を入れた容器に貼って作った日の記録にと、アイデア次第でいろいろな使い方ができる。

ケープランニングのメイン業務は紙卸売業であるが、別会社のカンベビジュアルとともに企画・印刷も手がけている。商品開発も行い、自社運営のECショップ「be-on」を通じて販売している。

himekuriも「be-on」の取り組みから生まれた商品だ。当初はモノトーンの日付だけが印字されたシンプルなデザインで、2017年7月のISOTに出展して注目された。その後、新柄を開発するためにクラウドファンディングを実施すると、目標金額 500,000円に対し1,511,000円と、達成率300%を超える資金が寄せられた。

参考記事:インスタ映えする日付シートとしても使える日めくり付箋カレンダーの新柄を作りたい! | Makuake(マクアケ)

新柄が発売されると、ユーザーが、イラスト日記にhimekuriを貼った紙面を撮影し、インスタグラムにアップするムーブメントが起きた。

「himekuri」を貼ったダイアリー

インスタグラムで #himekuri や #日めくり付箋カレンダー で検索すると、ユーザーがアップした画像を見ることができる。

2019年版は、サイズを一回り小さくし、ノートに貼りやすくした。ライアンアップは、白とグレーのモノトーンに加え、ツートンカラーを基調に数字を配した「colorkuri(カラクリ)」イラストレーター萩原まお氏のデザインによる「文房具柄」と「ねこ柄」の計4種類。

「文房具柄」と「ねこ柄」は、一週ごとにテーマをもたせている。文房具柄では、穴あけパンチの週や鉛筆の週、ねこ柄では箱入り猫の週、ひな祭りの週など、毎日めくることが楽しくなる仕掛けとなっている。

「文房具柄」と「ねこ柄」

▲「文房具柄」と「ねこ柄」

himekuriはノートに貼って使うユーザーが多いことから、専用の「himekuri note」も開発した。A5スリムサイズで糸かがり製本によって180度開くことができる。用紙は、薄くて裏に透けない万年筆向きの「トモエリバー」を採用している。

「himekuri note」

himekuri note

バリアブル印刷のユニークな活用事例であり、またSNSを通じてユーザーとともに開発を進めている点が、現代にふさわしいビジネスのあり方を示している。

※掲載画像は、第29回 国際 文具・紙製品展 ISOTでの展示風景。

*初出:「紙とデジタルと私たち」2018年7月26日

(JAGAT 研究調査部 石島 暁子)

デジタル印刷×デザインの挑戦「INK de JET! JET! JET! 3」展

2018年8月1日(水)〜8月13日(月)まで、渋谷ヒカリエ 8Fの CUBE 1, 2, 3で、株式会社ショウエイが主催するUVインクジェットプリントによる展覧会「INK de JET! JET! JET! 3」が開催された。

デザイナー・フォトグラファー・イラストレーターなど、さまざまな分野のクリエイターの参加を得て、UVインクジェットプリントとカッティング加工などの技術を生かしたデザイン作品を展示した。

作品の一部を紹介しよう。

筒井 美希氏(アートディレクター)

「Crow」
反射シートにカラスの写真を印刷した作品。一面真っ黒な画面に見えるが、光を当てると絵柄が浮かび上がる。

清水 彩香氏(アートディレクター / グラフィックデザイナー)

「PRINTING OR PAPER 01」
紙の上にカットした紙を重ね、さらにホワイトやニスなどの特殊インキを重ねて、紙とインクの境界が曖昧になる効果を狙った。
プライマー(*)を土台となる用紙に印刷し、その上にカッティングした紙を手貼りしたという。

*プライマー:用紙に対してUVインクの付きを良くするために使う下塗り剤 参考

千倉 志野氏(フォトグラファー)
ロギール アウテンボーガルト氏(手漉き和紙作家・かみこや代表・土佐の匠・高知工科大学客員教授)

アウテンボーガルト氏は高知県梼原(ゆすはら)町で手漉き和紙作家として活動している。今回は、千倉氏が梼原の風景を撮影し、アウテンボーガルト氏が写真一点一点のイメージに合わせた和紙を制作し、そこにUVインクジェットプリントした。印刷される部分はフラットだが周囲はさまざまな質感をもち、一枚の和紙なのに、まるで額入りの作品を見ているかのような錯覚を覚える。

植村 忠透氏(フォトグラファー)
佐々木 香菜子氏(ペイントアーティスト)
山﨑 哲生氏(インテリアデザイナー)

「ONE(ワン)」
植村氏と佐々木氏によるユニット「CAT BUNNY CLUB(キャット バニー クラブ)」に2018年から山﨑氏が参入。今回は、PET素材でドライフラワー用の一輪挿しを制作した。簡単に組み立て、シールで壁に貼れる。デザインは40種類から選べる。


展示作品は一部を除いて購入可能だ。また会場の一角には展示作品に関連したオリジナル商品の販売コーナーも設けた。

ブランド構築への足掛かり

ショウエイは製版業からスタートし、現在はUVインクジェットプリンターを駆使した大判ポスター、ディスプレイ、POPなどクリエイティブな制作物で定評がある。

「INK de JET! JET! JET! 」展は、2015年と2016年にも開催し、印刷関係者やデザイナーの間で話題となった。2017年には多摩美術大学や東京造形大学で巡回展を実施し、学生や美術教育の関係者にも注目された。

3回めとなる今回は、更に広く消費者にアピールすることを狙った。前2回は印刷実験の要素が強かったが、3回めとなる今回はどちらかといえば、デザインの面白さにスポットを当てる企画となった。

会場は、渋谷ヒカリエの8Fのクリエイティブスペース「8/」の一角にあり、d47 MUSEUMなどのギャラリーやデザインショップが隣接する。アートやデザインに関心を持つ人々がふらっと立ち寄って、インクジェットプリントの世界を楽しんでいた。
今回の来場者は約4500人、商品の売れ行きも好調だったという。

蔦屋書店、伊東屋のほか大手メーカーや美術館などに、クオリティの高いプロモーションツールを提供してきたショウエイであるが、今後はB to C市場も視野に入れ、オリジナルブランドにもチャレンジしたい、そして本展をその足掛かりにしたいという。
今後の展開が楽しみだ。

展覧会特設Webサイト

*初出:「紙とデジタルと私たち」2018年8月29日

(JAGAT 研究調査部 石島 暁子)

日本の近現代史をたどる写真展「後世に遺したい写真」

東京・品川区の光村印刷株式会社が運営する光村グラフィック・ギャラリー(以下MGG)で2018年10月25日から11月24日まで、公益社団法人日本写真家協会(JPS)・日本写真保存センター主催の写真展「『後世に遺したい写真』―写真が物語る日本の原風景―」が開催された。

「後世に遺したい写真」展示風景
1910年代から2000年にかけて写真家が捉えた日本の記録約100点を、写真原板からバライタ紙にプリントして展示した。

リーフレットに掲載された作品

▲リーフレットに掲載された作品
上段左:「原節子 芝浦製作所の扇風機」1936(昭和11)年 名取洋之助
上段右:「銀座4丁目 服部時計店前」1945(昭和20)年 菊池俊吉
下段左:「学童疎開 入浴を喜ぶ児童たち」1944(昭和19)年 中村立行(品川区立品川歴史館所蔵)
下段中:「白さぎ」1960(昭和35)年 田中徳太郎
下段右:「おにぎりを持つ親子 長崎」1945(昭和20)年8月10日 山端庸介

このほか、
江見写真館によるガラス乾板作品「津山高女全校生徒800人の記念写真」1930(昭和5)年
外国向けグラフ雑誌『NIPPON』14号に掲載された土門拳による「極東の共栄のために」1937(昭和12)年
戦後グラフジャーナリズムで活躍した吉岡専造による「鳩山一郎首相の退陣 日比谷公会堂」1957(昭和32)年
興福寺、法隆寺、唐招提寺などの国宝・重要文化財を記録した写真
品川区ゆかりの写真家 笹本恒子、若目田幸平、諸河久の作品
などが展示され、激動する歴史と人々の営みが、写真家の視点を通じて語られている。

写真原板を後世に遺す

写真原板とは、デジタルカメラ登場以前のカメラで記録されたフィルム、あるいはガラス乾板などを指す。
日本写真保存センターは、文化庁の委嘱を受けて2007年から「我が国の写真フィルムの保存・活用に関する調査研究」を始め、さらに2011年から「文化関係資料のアーカイブの構築に関する調査研究」を行っている。

この事業は、JPSが文化庁に働きかけて実現したものである。

日本には東京都写真美術館、横浜美術館など、写真のコレクションを持つ美術館がいくつかある。ただし、これらの施設が収集しているのは、原則として現像された写真である。
写真は、撮影するだけで完成するわけではなく、作家の、あるいは専門技術者の手で現像されて初めて作品となる。

だから写真原板そのものは作品とは呼べない。

一方、写真原板には、現像された作品にはない価値がある。
写真原板は新たなプリントを生み出す元となる。
作品を破損・紛失してしまっても、写真原板があれば再現が可能である。
また写真家は1点の作品を生み出すために、膨大な点数を撮影している。
写真原板を時系列で追うことで、作家の観察、思考過程をたどることができる。
だから作家研究のためにも、写真原板の保存は不可欠である。

しかし適切に保存されない写真原板は、経年変化や化学変化で劣化し、その価値を失ってしまう。

そこでJPSは写真原板を収集・保存する組織とその運営を企画し、2006年に「日本写真保存センター設立推進連盟」を設立、文化庁に「日本写真保存センター」設立要望書を提出し、その年の暮れに予算化、2007年から活動を本格的に開始した。
その後、東京国立近代美術館フィルムセンター相模原分館(現:国立映画アーカイブ)にある収蔵棟の一部を借り受けた。

収集・調査・保存の過程

日本写真保存センターのスタッフは、写真家が存命であれば本人、故人であれば著作権を継承した遺族を訪ねて写真原板の寄贈を依頼し、収集を行ってきた。
これまでに、1910年代以降に撮影された写真原板約30万点を収集している。

入手した写真原板は状態を確認し、長期保存可能な中性紙製の包材に入れ替える。

その後スキャンしデジタル化する。
撮影日時、場所、写真集に使用された画像などを記録し、画像とともにデータベースに登録する。

調査が終わった写真原板は相模原のフィルム収蔵庫に送り、温度10度、湿度40%の状態を保って保存される。

併せて、画像データを写真保存センターのWebサイトにある写真原板データベースで一般公開しており、現在約5000点を検索・閲覧することができる。

日本写真保存センターの活動

▲日本写真保存センターの活動(「後世に遺したい写真」展 パネル展示より)

写真原板の価値を多くの人に広める

日本写真保存センターは収集した写真原板を新たに現像し、写真展を開催することを通じて、センターの活動をアピールしてきた。
2018年3月には、カメラ・写真映像ショー CP+2018の一環として特別展示「『後世に遺したい写真』日本写真保存センター写真展」をみなとみらいギャラリーで開催し、約8000人の来場を得ている。

光村印刷は美術印刷で定評があり、JPSとは作品集などの制作を通じてつながりがあった。光村印刷がアート発信の場と位置付けるMGGを会場に、写真原板の価値をさらに多くの人に知らせたいという意図から、今回の写真展が企画された。
なお、光村印刷は同展の図録の制作・印刷も手がけている。

写真は歴史の語り部

歴史を変えた瞬間、今はなくなった建物や町並み、その時代特有の風俗など
写真は歴史の語り部として貴重な存在である。
日本写真保存センターの努力で、日本のどこかに眠っている写真が今後も蘇っていくだろう。

現在はデジタルカメラが主流となってはいるが、撮影されたオリジナルデータを保存することの大切さに変わりはない。
誰もが気軽に撮影し巷に溢れている写真は、今後どのように保存・継承されていくのだろうか。
そんなことも考えさせる展覧会である。

「後世に遺したい写真」―写真が物語る日本の原風景―

・会  期 :2018年10月25日(木)〜11月24日(土)
・会  場:光村グラフィック・ギャラリー(MGG)
・休 館 日 :日曜日
・開館時間 :11:00〜19:00(土曜・祝日 〜17:00)
・入 場 料 :無料
・主  催 :公益社団法人日本写真家協会・日本写真保存センター
・共  催 :光村印刷株式会社
・後  援 :品川区、公益財団法人品川文化振興事業団
・協  力 :一般社団法人日本写真著作権協会

日本写真保存センター Webサイト

*初出:「紙とデジタルと私たち」2018年11月7日

(JAGAT 研究調査部 石島 暁子)

消費者ニーズを掘り起こしたウェアラブルメモ「wemo」

工業用粘着テープなど機能性フィルムのメーカーである株式会社コスモテックは、2017年にウェアラブルメモ「wemo(ウェモ)」を発売して、現場最前線で働く人々を中心にユーザーを増やしている。第27回日本文具大賞で機能部門の優秀賞を受賞し、第29回 国際 文具・紙製品展 ISOT(2018年7月4日(水)〜6日(金)/東京ビッグサイト)の初日に表彰を受けた。

2018年 国際 文具・紙製品展 ISOT 展示

▲2018年開催 第29回 国際 文具・紙製品展 ISOTの展示

「wemo」は「いつでも どこでも かける おもいだせる」を謳った、身に付けるメモだ。
現在販売されているのは、シリコンバンド型の「消せる」タイプ。細長い板を腕に当てて巻きつけるとバンド状になる。バンドの表面に特殊なコーティングを施すことにより、油性ボールペンで直接書き込むことができ、消しゴムや指でこすることで消せる。手軽に書ける上、何度でも使えるのが魅力だ。

wemo 消せるタイプ

▲「消せる」タイプのwemo(ISOT展示会場にて)

アワード受賞をきっかけに事業展開

開発のきっかけは2016年、コスモテックが東京都主催の事業提案コンペティション「東京ビジネスデザインアワード(TBDA)」に参加したこと。この時にテーマとしたのは自社独自の「肌用感圧型転写シール技術」。従来の転写シールは一旦水に浸す必要があったが、「肌用感圧型転写シール技術」は圧をかけることで絵柄を対象に貼り付けることができ、ファンデーションテープやタトゥーシールなどに応用されていた。
このテーマに対して、ビジネスコンサルティング会社 kenma inc.の今井 裕平氏、林 雄三氏、木村 美智子氏が「肌に貼って直接書けるメモシール」を提案し、見事優秀賞を獲得した。

コスモテックとkenma inc.は、受賞後も事業展開の方向を模索し続けた。

開発当初想定していたユーザーは、仕事中、手にメモをすることが多いという看護師たちだった。彼らにヒアリングし、試作品をテストしてもらいながら、製品の完成度を高めていったのである。

その一方で看護師以外にも、農家など、メモ帳やモバイル端末を頻繁に取り出すことができない現場で働く人たちがいることに気づき、ユーザーの対象を広げていった。

現在は医療、介護、保育、農業、施設運営、旅行、スポーツなど幅広い分野で活用されている。そのほか、ADHD患者など、記憶することにストレスを感じる方々にも愛用されているという。

製品の形も、TBDA受賞時は、手に貼り付けるシールタイプだったが、もっとビジネス展開できる素材を模索する中で、シリコンバンドのアイデアが浮かび、「消せる」タイプを商品化することになった。

製品開発と同時に販路開拓も進めた。2017年に第28回 国際 文具・紙製品展ISOT、病院/福祉設備機器の専門展示会 HOSPEX japan 2017に出展し、テレビキー局をはじめ、新聞、雑誌などのメディアに取り上げられることで次第に知名度を上げていった。

ラインアップの拡充を図る

「消せる」タイプは2017年11月にAmazonで販売を開始し、現在は東急ハンズ、ヨドバシカメラ、ビックカメラでも扱っている。今週以降、以下のタイプを順次発売予定だという。
・「貼れる」タイプ:「消せる」タイプに転写シールを貼って書き込む
・「隠せる」タイプ:転写シールを直接肌に貼って、目立たないようにできる
・「パッド」タイプ:シリコン製で裏面が吸着シートになっている
・「ケース」タイプ:シリコン製で、スマートフォンやタブレット端末のケースとして使える

wemo パッドタイプ

▲左:「パッド」タイプ 右:「ケース」タイプ(ISOT展示会場にて)

kenma inc.でコンサルティングディレクターを務める今井氏は、肌用感圧型転写シール技術の用途開発に当たり、事業戦略の観点から「ファッションよりファンクション(機能)」で勝負したいと考えたという。

*今井氏は、JAGATの印刷総合研究会「ビジネスをデザインする―新しい価値を生み出す思考法」(2018年10月19日開催)、「デザインの力でBtoC市場に挑む―自社技術の用途開発で新たな顧客と出会う道筋」(2019年3月13日開催)に登壇し、wemo開発の過程についてもお話しをいただいた

従来はファッション用途に使われることが多かったこの技術は、wemoによって新たな用途が見出され、マーケットも広がっている。

自社技術の活用と消費者ニーズの掘り起こしがうまく一致したこと、メディアを活用して販路を拓いたことなど、ものづくり企業の今後の発展方向を示唆する事例だといえる。
今後の展開に注目したい。

*初出:「紙とデジタルと私たち」2018年7月24日

(JAGAT 研究調査部 石島 暁子)

本造りの技から生まれたジュエリーブランド ikue

株式会社TANT有限会社篠原紙工は、2018年に紙と金のジュエリーブランドikue(イクエ)を立ち上げ、ファッション感度の高い層を狙ったニッチなブランドを目指している。その開発過程と今後の展開について紹介する。

インテリアライフスタイルに出展したikue

▲2018年開催の国際見本市「インテリア ライフスタイル」より

古来の製本加工技術を応用

ikueは製本加工技術を応用して作られたアクセサリーである。重ねた紙の断面に金箔を施し、型抜き、糊付け、組み立ての工程を経て仕上げられる。

現在開発されているアイテムはピアスとイヤリング。その外観は貴金属を思わせる硬質でシャープなものであるが、触れてみると紙ならではのしなやかさがある。見た目のボリュームから想像するよりも重量は軽く、着けた時の負担が少ない。

また、紙の地色を生かして繊細な色が表現できることも特徴の一つだ。使用している紙の銘柄は現在のところ竹尾のサガンGA・ジェラードGA・タントで、色の組み合わせはダーク、ホワイトのほか、鮮やかなグラデーションのラインアップもある。

通常の紙製品より長期使用に耐える工夫もなされている。もともとikueは書物を保護するために天・地・小口の三方に金箔を貼る「三方金」と呼ばれる技術からインスピレーションを受けて開発されており、さらに耐水加工が施されている。

つけ心地が軽やかで、紙と箔の色の組み合わせによって印象が大きく変わる。ターゲット層は幅広く、普段づかいより少しドレスアップしたい場面での着用を想定している。

美しさと強度を追求

ikueはデザインオフィスのTANTと製本会社の篠原紙工による共同プロジェクトで開発された。

左から原田 元輝氏、篠原 慶丞氏、横山 徳氏

▲「インテリア ライフスタイル」に出展したikueのブランドメンバー。
左から原田 元輝氏、篠原 慶丞氏、横山 徳氏

TANTはプロダクトデザイナー原田元輝氏とアートディレクター横山徳氏によるユニットだ。もともとはフリーランスで活動していた両氏だが、2016年に東京都主催の事業提案コンペティション「東京ビジネスデザインアワード」に共同で参加し、ikueのベースとなる提案で最優秀賞を獲得した。2人は2017年4月に同社を設立し、原田氏がプロダクトデザインを、横山氏は使用する紙の選定やプロモーションツールの作成を主に担当し、事業化を進めていった。

篠原紙工は技術と提案力で定評がある製本会社である。同社バインディングディレクターの篠原慶丞氏は、品質を保ちながらも効率的な製造方法を確立するために、課題を一つひとつクリアしていった。

ikueの形状は書物が基本となるため、製造には従来の製本加工の設備と技術を使用している。とはいえアクセサリーの製造は本作りにはない困難さがあった。

まず身体に長時間触れる上、長期にわたって繰り返し使用するものであることから、耐久性・耐水性・安全性が保障されなくてはならない。また滑らな表面を作るため、紙の束を360度均一に開く必要があった。

耐久性の点では、束ねた紙の端を接着する糊が決め手であり、さまざまな種類をテストしてPURにたどり着く。PURは接着力が強く経年劣化も少なく、塗布量が少なくてすむので紙の開きが良い。
耐水材についてもテストし、耐水・耐油性に優れ、人体への影響も少ないフッ素コーティング剤を採用することになった。

製造工程ではサイズが極小なので、従来の機械を使いながらもより繊細な技術が要求された。特に最後の組み立ては、一つひとつ人の手で行っている。

ikueの構造

▲「インテリア ライフスタイル」展示より
左:耐水性を示す展示。開発過程では密封された空間で蒸気を当て続ける実験を行い、撥水・撥油・防水・防湿・防汚に優れ、かつ人体への影響が少ないフッ素コーティング剤を採用した
中:天金(三方金)を施した紙。ブロック状に断裁した紙の束の断面を削り平坦にすることで、金の付着強度が増し、かすれのない滑らかな表面を作ることができる
右:型抜き、糊付けされたikueの原型。これを360度開き、金具を取り付けてピアスを完成させる。PUR糊を使用しているため強度がある上、紙が均一に開き美しい外観を作る

SNSと展示会で販路を開拓

商品としての完成度を高めると同時に、販路開拓も進めている。2018年1月にWebサイトをオープン、Facebookインスタグラムとも連動し、横山氏のアートディレクションによるスタイリッシュなビジュアルが展開され、都会的で高級感のあるブランドイメージが作られている。

2018年1月にフランス・パリで行われた欧州最大級のインテリア&デザイン見本市「メゾン・エ・オブジェ・パリ」、同年5月30日〜6月1日に東京ビッグサイトで行われたインテリア・デザイン市場のための国際見本市「インテリア ライフスタイル」に出展、いずれも多数の来場を得、紙をジュエリーにするアイデアと繊細な和のイメージが好評価を得た。

参考記事:国際見本市「インテリア ライフスタイル」で見つけた紙ものたち

また「婦人画報」2018年7月号では表紙と特集ページのスタイリングで起用されている。
ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館などのミュージアムショップ、国内のポップアップショプで販売するほか、ブランドサイトでのオンライン販売も行っている。

今後はファッション感度の高い層に向けてプロモーションを行っていく。ピアスの次はリングをリリースする予定で、メンズ分野でカフスなどの開発も目指す。

「ikue」のネーミングには、紙が幾重にも重なる様と同時に、時代を重ねてきた技術への敬意とその継承発展など、重複した意味合いが込められている。原田氏と横山氏は、プロジェクトを通じて実感した匠の技の魅力、そして紙製品が持つ多彩な可能性を伝えていきたいと語る。
ikueのプロジェクトはこれからが勝負といえる。印刷・製本業界が事業展開していく方向の一つを示す事例として、着実に実績を重ねていってほしい。

*初出:「JAGAT info」2018年7月号/「紙とデジタルと私たち」2018年7月20日

(JAGAT 研究調査部 石島 暁子)

国際見本市「インテリア ライフスタイル」で見つけた紙ものたち2018

インテリア・デザインの見本市で、多彩な紙製品が発表される

インテリア ライフスタイル会場風景

「Interior Lifestyle Tokyo/インテリア ライフスタイル」(主催:メッセフランクフルト ジャパン株式会社)が2018年5月30日(水)〜6月1日(金)に東京ビッグサイト(東京国際展示場)で開催された。

第28回を迎えた今回は、3日間で25,302名が来場、世界29カ国・地域から810社(国内:615 社 海外:195 社)が出展し、会場はライフスタイルのトレンドを探す来場者で賑い、商談が活発に行われた。

「インテリア ライフスタイル」は近年、家具や雑貨などのインテリア製品にとどまらず、服飾雑貨、食品、ギフトアイテムなど製品分野が多様化している。そのなかで、紙素材や印刷・製本加工技術を応用した製品も多数発表されている。

数多くの出展から一部を紹介する。

大成紙器製作所―紙の道具「紙器具(しきぐ)」を提案

大成紙器製作所

パッケージ印刷の老舗、TAISEI(株)が母体。
書き込みのできる紙製マグネット、筒型のぽち袋「POCHI-PON」、サイズ違いの箱の組み合わせで、デクストレーのような使い方ができる「FUMIBAKO」 などを紹介した。

ikue―製本技術が生んだ、紙と金のジュエリー

ikue

(株)TANTと(有)篠原紙工による共同開発。
古来より書物を劣化から護る紙加工技術として培われてきた「三方金」の技術を応用し、スタイリッシュなアクセサリーに発展させた。7月発売を目指す。

石川紙業(株)の美濃和紙プロダクト

美濃和紙の産地、岐阜県美濃市で創業明治35年の和雑貨メーカー。
「豊かな日本の心をプレゼント」をテーマに、和紙のマグネット、コースター、がま口、ケース類、ブローチ、和紙貼り陶器人形など、多彩な製品を展示。

kamiterior(カミテリア)―紙をインテリアに

カミテリア

ザラザラ、デコボコなど、紙の表情をテーマにしたメモ「memoterior」、立ち上がるシール付箋「POPit」、好きなところに貼って楽しむ新感覚ペーパー・インテリア「airflow series」などのラインアップを展示。

KamiPLAY(カミプレ)―「心にひびく紙のもの」がテーマ

カミプレ

萩原修、鷲見恵史、馬渕 晃、矢野まさつぐの4人のクリエイターが全国を旅して出会った紙や印刷加工技術をもとに作ってきた。
紙風船をアレンジした動物や国旗のシリーズ、祝儀袋にもお面にもなる「かみめん」など、遊び心あふれる製品を展示。

PAPER MESSAGE(ペーパーメッセージ)―印刷会社による紙製品ショップ

PAPER MESSAGE

(公財)高知県産業振興センターのブースに出展。
本山印刷(株)が運営し、高知市帯屋町と東京・吉祥寺に実店舗を持つほか、オンラインショップもある。
ウェディングアイテム、ボックスやカードなどの自社製品を展示。

frel.―紙の風合いを生かしたデザイン雑貨

frel.

岩橋印刷(株)[現:プログラフ(株)]によるプロダクト。
カドを立たせた箱にステーショナリーをセットした「お道具箱 KADO」のほか、動物をモチーフにした「アニマル インデックスシール」「ぽちマル」など可愛らしいステーショナリーを紹介。

PALEVEIL(ペールベール)―薄紙を生かしたペーパープロダクツ

ペールベール

薄紙印刷の高い技術を持つ岩岡印刷工業(株)が、デザイン会社のSAFARI incとのコラボで立ち上げた。
使用する用紙はオリジナル開発。ノート、新製品のカレンダーなどを展示。

GOKANKAKU―五感から広がる新たなライフスタイル

GOKANKAKU

創業130周年を迎える祝儀袋など紙製品の老舗企業(株)マルアイが手掛ける。
和紙で花をかたどったフレグランスディフューザー、小さな水引のフレグランス、UVシルクスクリーン印刷による点字をデザインに生かしたカードやぽち袋などを展示。

tabie―旅をテーマにしたステーショナリー

tabie

特殊印刷やダイカット技術に定評のある(株)マルモ印刷の新ブランドで、8月に発売予定。
世界の名所が起き上がるポップアップメモ「ポップアップワールド」、旅先のチェックリスト作りに役立つTo-Doリスト「スルコト」、ふた付きポケットファイルなどを展示。

 +lab(プラスラボ)―日常をちょっと楽しくするステーショナリー

+lab(プラスラボ)

名刺・封筒をはじめとする紙製品で知られる(株)山櫻が手掛ける。
じゃばら状に開き、時間や思考の流れに沿って記録できる「アコーディオンノート」、折り筋に沿って封筒が作れるノートパッド「フウトウパッド」などを展示。

紙と印刷で、暮らしにうるおいと喜びを

以上、紙と親和性の高いステーショナリーが目立つ傾向にはあるが、ファッション雑貨、インテリア用品、玩具などへの展開例も見られる。
紙と印刷は、情報を伝えるだけでなく、私たちの暮らしに潤いと喜びをもたらしてくれるものでもあるのだ。

そして印刷関連企業の出展がいくつも見られるのは嬉しいことだ。インテリア・デザインの市場に参入していくには、デザイン力に加えて印刷物製造とは異なる独自の技術や知識、マーケティング、プロモーション手法など、いくつものハードルを超えなくてはならない。しかし試行錯誤のなかから、新たなビジネスパートナーとの出会いがあり、スタッフの成長、企業の活性化といった変化も生まれるに違いない。

紹介した企業とブランドが消費者に長く愛され、継続発展していくことを願う。

*初出:「紙とデジタルと私たち」2018年6月15日

(JAGAT 研究調査部 石島 暁子)

2020年パラリンピックをデザインの力で応援

JAGDAつながりの展覧会 Part 2 会場風景

「JAGDAつながりの展覧会 Part 2 チャリティ・アート・タンブラー」が、2019年2月1日(金)〜3月10日(日)まで東京ミッドタウン・デザインハブで開催された。

JAGDAつながりの展覧会 Part 2 メインビジュアル

▲メインヴィジュアル(アート:簑田利博 デザイン:古屋友章)

デザインの力で障害のあるアーティストと、パラリンピックを目指すアスリートを応援するために、2018年から2020年までの3年間に渡って展開する企画で、2018年の「Part 1 マスキングテープ」に続き、今回が2回目となる。

企画・運営の公益社団法人日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)は、これまで社会とデザインのつながりを探求し続け、特に2011年の東日本大震災以降、チャリティ販売活動や、東北の企業の復興支援事業などに取り組んできた。

これまでの実績を力に、さらに社会貢献の規模を広げようというのが今回の企画である。

障害のあるアーティストの作品ライブラリー「エイブルアート・カンパニー」登録作品をもとに、JAGDA所属のデザイナーがタンブラーのカバーをデザイン。
このタンブラーを東京ミッドタウン・デザインハブを皮切りに、1年をかけて全国で展示・販売し、アーティストへの作品使用料や製造原価を除く販売収益を、日本パラリンピアンズ協会に寄付する。

オープニングトーク

▲オープニングトーク(2019年2月1日)より。日本パラリンピアンズ協会、エイブルアート・カンパニー、JAGDAのデザイナーの交流が図られた。

一般社団法人日本パラリンピアンズ協会(PAJ)

パラリンピック出場経験のある選手(パラリンピアン)有志による選手会だ。
活動のキャッチコピーは、「突きぬけろ! We can make a paradigm shift.」。

発足のきっかけは、1998年の長野パラリンピック。冬季パラリンピックではアジア初の開催となったことから注目を集め、日本選手もたくさんの応援を受けた。
その感謝の気持ちを力に、パラリンピアン有志が、お互いのつながりを作りながら、誰もがスポーツを楽しめる社会を目指そうと活動を始め、2003年に発足、2010年に一般社団法人となった。

2019年1月現在の会員数は220名。企業や教育機関への講師派遣、パラリンピアンの競技環境実態調査、パラリンピックを目指す学生への奨学金制度など多彩な活動を行っている。

障害者スポーツへの理解は進んできているが、まだまだ課題は多い。
例えば、PAJの競技環境実態調査では、パラリンピアンの2割がスポーツ施設の利用を制限、拒否された体験を持つという実態が明らかになった。

その中でも、パラリンピアンたちは、自らの能力向上を図りながら、選手同士の交流を深め、さらに周囲の人々を巻き込んで、社会全体の意識を変えていこうとしている。
最近では、2020年パラリンピック出場選手の強化施設となる、東京都北区のナショナルトレーニングセンター周辺のバリアフリー化を求めて、国、都、交通事業者などに働きかけている。

エイブルアート・カンパニー

2007年に障害のあるアーティストの活動を支援するために発足し、3つのNPOが共同で運営している。
2年に一度の審査会で作家を発掘し、作品を登録して作品を使用したい人と作家を仲介し、作家の社会参加や収入支援につなげてきた。

現在、登録作家113人による1万2525作品をデジタルデータ化し、ウェブサイトに公開している。
作品は、出版物、パッケージ、アパレルなどさまざまな分野で採用され、作家には著作権使用料を還元している。

登録アーティストは、エイブルアート・カンパニーの支援によって社会との接点が生まれ、生きる力を得ている。
本展初日のオープニングトークに参加したtomokoさんは、20歳代前半に利き手である右手を負傷し義手となった。
現実を受け入れられない日々の中で、エイブルアート・カンパニーの存在を知り、一念発起して左手で絵を描き始める。1年間描きためた作品がエイブルアート・カンパニーの審査会で認められ、登録作家となった。
その後、登録作品が企業の商品デザインに起用されて自信がついた。友人のショップカードを手がけたり、メディアの取材を受けたりと活動の場が広がり、障害のある生き方が、以前より明るいものに思えるようになったという。

デザイナーとアーティストのコラボレーション

本企画に参加したJAGDAのデザイナーは、エイブルアート・カンパニー登録作家のうち1名の3作品までを選び、組み合わせてタンブラーカバーをデザインした。
また、JAGDA賛助会員である中央印刷株式会社の協力で、インラインコールドフォイラーを使用した金または銀の箔印刷を施しており、デザインに華やかさを与えている。
デザイナーの感性と構成力により、原画の魅力をそのままに、新しいアートが生まれている。

企業・自治体とのコラボレーション

今回タリーズコーヒージャパン株式会社が特別協力し、作品のうち4点を商品化して全国のタリーズ店舗で販売する予定だ(一部店舗を除く)。

2018年の「Part 1 マスキングテープ」でも、さまざまなコラボレーションが生まれている。

Part 1で製造協力したカモ井加工紙株式会社は、2018年にマスキングテープブランド「mt」が10周年を迎え、記念イベントを全国5か所で開催した。その会場ではJAGDAつながりの展覧会のマスキングテープも販売され、多数の売り上げがあった。

神奈川県川崎市では、商業施設のラゾーナ川崎プラザで、2018年12月にPart 1のテープが販売された。
また、川崎市役所では、市内在住のエイブルアート登録作家の作品をデザインしたマスキングテープを、2019年4月から、ふるさと納税の返礼品に採用する予定だ。

このように、JAGDAがつなぐチャリティ活動は、企業・団体を巻き込んで広がっている。
それはチャリティという側面だけでなく、作品の一つ一つに消費者を引き付ける魅力があるからだろう。
人々がパラリンピアンを応援するのも、彼らの競技する姿に勇気をもらえるからだと言える。
障害者に限らず、誰もが、何かしらの困難を抱えて生きているけれども、できないことを挙げていくのではなく、できることを探していくことで、道が拓ける。
エイブルアート・カンパニーと日本パラリンピアンズ協会の活動に触れることで、多くの人々が、自分の生き方をも捉え直すきっかけとなるのではないだろうか。

この企画のコンセプトであるデザインの「つなぐ力」とは、立場の違う人々の生き方を可視化することによってお互いの理解を進め、より良い社会づくりにつなげる力なのだと言える。
2020年までの展開に期待したい。

●企画概要

名  称:東京ミッドタウン・デザインハブ第77回企画展
「JAGDAつながりの展覧会 Part 2 チャリティ・アート・タンブラー」
会  期:2019年2月1日(金)〜3月10日(日)11:00–19:00
会期中無休・入場無料
会  場:東京ミッドタウン・デザインハブ
主  催:東京ミッドタウン・デザインハブ
企画運営:公益社団法人日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)
協  力:エイブルアート・カンパニー、中央印刷株式会社
特別協力:タリーズコーヒージャパン株式会社

●作品概要

・デザイン:JAGDA会員151名による151種類
・原画:エイブルアート登録アーティスト74名(その他2名)によるアート作品
・仕様:タンブラー(500ml)1本と“着せ替え”カバー3枚のセット
・価格:1セット1,500円(税込)

展覧会紹介ページ

*初出:「紙とデジタルと私たち」2019年2月26日

(JAGAT 研究調査部 石島 暁子)