2018年度グッドデザイン賞の受賞結果から、社会とデザインに関するこの1年の動きと、印刷との関わりについて考える。
暮らしや社会に役立つデザインを評価
2018年度グッドデザイン賞の受賞結果が10月3日に発表された。
→2018年度グッドデザイン賞受賞概要
グッドデザイン賞受賞一覧を見て、「これがデザインと言えるのか」と驚く方も多いのではないだろうか。
この賞は、「デザインによって私たちの暮らしや社会をよりよくしていくための活動」と位置づけられ、見栄えや使い勝手のみならず、社会の課題解決に役立つもの、新しい事業領域を拓くもの、今後の成長が期待されるものなどが評価される。
対象分野も日用品やデジタル機器から建築、医療、ソフトウエア、まちづくりなど幅広く、有形無形に関わらず、どんな取り組みでも評価の対象となるのである。
今年度の「グッドデザイン・ベスト100」から時代を映し出すデザインと、印刷に関わりの深いデザインを幾つかあげる
地図集制作活動 [福島アトラス-原発事故避難12市町村の復興を考えるための地図集制作活動-]
(特定非営利活動法人 福島住まい・まちづくりネットワーク)
東日本大震災後7年が経過し避難指示解除が進むなかで、避難者・帰還者が復興状況の全体像をつかむためにつくられた地図集。
NPOと複数の大学、建築家、グラフィックデザイナーらが協働し、インフォグラフィックスを活用して美しく見やすい媒体に仕上げている。
2017年にアトラス01を被災12市町村全戸に4万部を配布、2018年はアトラス02と03を作成し、02は自治体・住民リーダー向けに1万部、03は対象住民に1.5万部を配布予定だという。
災害復興に印刷媒体が力を発揮する事例として、注目したい。
東日本大震災はデザイナーにも衝撃を与え、価値観を見直す契機となった。グッドデザイン賞も震災後、サービスやシステムといった「機能」そのものへの評価をより高めるようになった。(「グッドデザイン賞の歴史とこれから」より)ここ数年、地震や豪雨災害などが全国各地で起こり、それぞれの被災地の状況に即して、デザインが取り組むべき課題は多いと思われる。
電子契約 [クラウドサイン]
(弁護士ドットコム株式会社)
企業間取引の契約締結に関わる全作業がクラウド上で完結するアプリ。従来必要とされた「紙と印鑑」をクラウドサインに置き換え、契約締結までの時間を短縮し、契約業務の負担も軽減する。2001年に電子署名法が施行されたものの普及していないという現状に対する解決策。直感的なUIで「とっつきにくさ」を低減した。
審査では「デザインから一見遠いが、企業活動にとって欠かせない領域の課題をテクノロジーとデザインで解決している点」が評価された。
この場合、デザインされたのは契約という「業務」である。現代では、経済活動そのものがデザインの対象となり得るのである。
エンタテインメントロボット [aibo]
(ソニー株式会社)
1999年から販売されているペットロボットの2018年版製品。「人に寄り添い、新しい関係性を築けるロボット」をテーマに開発された。丸みを帯びた外観、感情を表現する目の動き、多彩な動きを実現する22軸の駆動アクチュエータなど随所に工夫が凝らされている。
旧製品「AIBO」は1999年に発売され、同年のグッドデザイン賞大賞を受賞した。そのシャープなデザインを懐かしむ向きもあるだろう。
一方、新「aibo」は、AIと製造技術の進化によって、より本物のいきものに近く、家庭に馴染む存在となっている。人々に愛されるロボットが今後もさまざまな分野で開発されていくのではないだろうか。
サービス付き高齢者向け住宅 [ゆいま〜る高島平]
(株式会社コミュニティネット)
サービス付き高齢者向け住宅とは、介護認定を受けていない人や軽介護度の高齢者を主な対象とするバリアフリーの賃貸住宅である。
高島平団地は東京都板橋区で昭和40年代に建てられた巨大な団地である。その1住棟の全121戸から各階に分散している30戸を、単身または夫婦の高齢者が暮らしやすい住まいへと改修した。
改修に当たり、地域の人々との話し合いや生活実態調査を行い、設計に生かした。高齢者向け施設のあり方を示すとともに空家活用の新しいモデルとしても注目される。
高齢者の暮らしを支える事業は、利便性、安全性、分かりやすさ、そして利用者の家族や地域とのコミュニケーションなどが求められ、デザインの力が発揮できる分野といえる。
絵本 [1人称童話シリーズ]
(株式会社高陵社書店)
「桃太郎」「シンデレラ」「浦島太郎」という誰もが知っている童話を、主人公の1人称で書き直し、1人称視点で描いた絵本。読み手が主人公の気持ちになって話に入り込めるよう、両ページのセンターに絵を配置した。SNS上にも蔓延する、顔の見えない相手に対するいじめが問題になる中、子供たちが他者の心を、特に痛みの心を想像する力を育むようにとの願いを込めて制作された。
審査委員の評価に「読書を通した新しい体験が未だ残されていたとは大きな発見だろう。」とある。2017年度に金賞を受賞した『うんこ漢字ドリル』に続き、出版分野の新たな可能性を感じさせる事例である。
「グッドデザイン・ベスト100」に選出されなかった受賞デザインの中にも、興味深い製品・サービスがある。
ウェアラブルメモ [wemo]
(株式会社コスモテック)
第27回日本文具大賞で機能部門の優秀賞を受賞している、「いつでも どこでも かける おもいだせる」を謳った身に付けるメモ。
参考:消費者ニーズを掘り起こして用途開発に成功 ウェアラブルメモ「wemo」
ものづくり企業とデザインの協業が生んだヒット商品だ。
フォント [たづがね角ゴシック]
(Monotype株式会社)
小林章氏のディレクションで、Monotypeの欧文書体、Neue Frutiger®に合う日本語書体として開発された。欧文書体のエッセンスを取り入れながらも、日本語書体単体としての見え方が自然になるように工夫したという。公共施設のサインでよく見られるFrutigerと合わせ、今後さまざまな場面で採用されることを期待したい。
フォント [MORISAWA BIZ+]
(株式会社モリサワ)
これまで、主にデザインや印刷のプロ向けに提供されてきたUDフォントを、ビジネス文書にも利用できるようにしたサービス。「BIZ UDフォント」と、Microsoft Office用テンプレートや利用ガイドを提供する。審査では「このサービスが普及すれば、日本全体の情報伝達の品質が底上げされる」と評価された。
気泡緩衝材 [浮世絵ぷちぷち]
(川上産業株式会社)
川上産業の定番商品である緩衝材のプチプチ®に、江戸時代におくりものを包むのに使ったという浮世絵を印刷。昨年「Tokyo Midtown Award」受賞。2018日本パッケージングコンテストで「包装アイデア賞」を受賞した注目製品。グッドデザイン賞の審査では、アイデア、コスト、販路拡大の可能性などが評価された。
企業活動と暮らしの到達点が見える
以上、受賞デザインの、ごく一部を紹介したが、まだまだ優れたデザインが全部で1353件受賞している。それらが今後、一般公開される予定だ。
現在、今年度グッドデザイン賞審査委員86名による「私の選んだ一品2018」がGOOD DESIGN Marunouchiで開催されている。会期は11月4日までだ。
受賞デザイン全件を紹介する「2018年度グッドデザイン賞受賞展」は10月31日から11月4日まで、東京ミッドタウンで開催される。
グッドデザイン大賞ほか、特別賞は10月31日に発表される。
グッドデザイン賞の受賞デザインを俯瞰すると、企業活動と私たちの暮らしの到達点、そしてこれから進む方向が見えてくる。社会にどんな課題があって、消費者が何を求めているか。企業や団体はそこにどんな形で応えているのかが分かってくる。
また、自分の知らないさまざまな業界や研究分野を知り、視野を広げることができる。
印刷業界の人々も、可能なら受賞展などに足を運んでほしい。何らかのビジネスヒントが見つかるはずだ。
(JAGAT 研究調査部 石島 暁子)