時代を象徴するデザインを発見しているグッドデザイン賞では、印刷に関わるデザインも多数受賞している。印刷におけるグッドデザインとは何だろう。
先にアップした記事「モノとコトが溶け合う2020年のグッドデザイン」では、2020年度のグッドデザイン賞から、大賞をはじめとする特別賞の一部を紹介しながら、モノとコトのデザインの関係について考えてみた。
グッドデザイン賞が対象とする分野はプロダクトや建築などの有形のもの(モノのデザイン)から、システムや取り組みといった無形のもの(コトのデザイン)まで幅広く、特に近年はコトのデザインの応募が増えている。審査に当たっても、モノのデザインとコトのデザインは対立するものではなくセットとして捉えるようになっている。
これは印刷・メディアのデザインにとっても大切な観点だ。印刷物は物体であると同時に、顧客の事業活動を支えるサービスであるため、おのずとモノとコトがセットになった製品なのである。現在、印刷関連技術は素材開発や動画・アプリなど幅広い分野に応用され、それに伴い社会課題に応える可能性も広がっている。
では、今年の受賞結果から、印刷に関わりのあるデザインを見てみよう。
印刷会社の技術を生かした提案
●3mmLEAF3/4、3mmLEAF2/1、FILENOTE(三光/九州大学)―グッドデザイン賞
九州大学大学院芸術工学研究院の学生が、自身の勉強に役立つノートをデザインし、佐賀県の印刷会社 三光が印刷・加工技術を提案した。学内だけでなく一般の小売りにまで販路を広げる商品に成長している。
メタルフェイス(技光堂)―グッドデザイン賞
2018年度 東京ビジネスデザインアワード 最優秀賞を獲得した技術が、さまざまなメーカーとのプロジェクトを通じて発展している。特殊印刷を得意とする技光堂がデザインコンサルティング会社kenmaがタッグを組み、素材開発事業という新たな分野への参入に道を開いた。
農作業事故体験VR(全国共済農業協同組合連合会[JA共済連])―グッドデザイン賞
農作業事故の低減を目的としたVR体験型学習プログラムで、凸版印刷がディレクターとしてクレジットされている。 JA共済連の推計によると、農作業事故は年間約7万件、死亡事故は建設業の2倍、全ての産業と比べると10倍以上の発生率だという。一般の人々に見えにくい農業の問題が今回の受賞で広く知られることになった。
2018年に、「おてらおやつクラブ」のグッドデザイン大賞受賞が子供の貧困問題に光を当てたことが思い起こされる。グッドデザイン賞は、良いデザインを発掘するとともに、そのデザインが生まれるきっかけとなった社会課題も浮き彫りにするのである。
経口補水液オーエスワン(大塚製薬工場)―グッドデザイン賞
利用の多い高齢者に配慮して、開けやすさ、握りやすさにこだわったパッケージデザイン。フジシールと大日本印刷がディレクターとしてクレジットされている。 パッケージのユニバーサルデザインは年々進化しているが、一般の消費者にその価値は、なかなか伝わりにくいのではないだろうか。人は使いにくさには気付くが、使いやすさにはなかなか気づかない。グッドデザイン賞で、こうした目に見えにくい技術にスポットが当たることは大切だ。
紙メディアが支えるコトのデザイン
「ひより食堂」へようこそ 小学校にあがるまでに身に付けたいお料理の基本(ひより保育園)―グッドデザイン金賞
鹿児島県の保育園が実践してきた食育活動の成果が、一冊のレシピ本で多くの地域に共有された。同園はウェブサイトやSNSも積極的に活用しているが、誰もが気軽に手にとることができ、より広く伝える媒体として、書籍という形が適切だったのである。
Medicine Pack Like a Post-it Note(China Resources Sanjiu Medical & Pharmaceutical Co., Ltd―グッドデザイン賞
付箋と内服薬の袋を組み合わせ、冷蔵庫など目に触れる場所に貼って使用する製品である。患者が服薬を忘れないよう、また家族が患者とコミュニケーションを取れるようにと考えられている。
付箋の多くはアイデア文具として開発されているが、この製品は医療の課題解決の手段として機能している。現在の中国のデザイン力を示している。
暮らしに溶け込むプリント技術
P-TOUCH CUBE PT-P910BT(ブラザー工業)―グッドデザイン・ベスト100
高いクオリティのラベルを作成できるスマートフォン用ラベルプリンターである。審査では「ペーパーレスの時代に、新たなプリントの価値を生み出す提案」として評価された。
ネイルプリンター(カシオ計算機)―グッドデザイン賞
コーセーとの共創による、気軽にネイルアートが楽しめるプリンターである。外観もナチュラルな雰囲気でライフスタイルに溶け込みやすい。今後、化粧品分野でのプリント技術活用がもっと進んでいくかもしれない。
FUJIFILM Year Album(富士フイルム)―グッドデザイン賞
2019年度に「結核迅速診断キット」でグッドデザイン大賞を受賞した富士フイルムであるが、企業の原点である写真プリント事業も、消費者ニーズを捉えて進化している。
フィルムカメラの時代もスマートフォンが普及した現在も、子供の写真を整理仕切れないというのは、子育て世帯共通の悩みなのであろう。Year Albumは、1年間の画像を最短5分でまとめるフォトブック作成サービスとして累計143万冊が作られてきた。さらに今回は、AIによる効率化やマルチデバイス化を図っている。
フォントの価値に光を当てる
ダイナフォント金剛黒体(威鋒數位開發股份有限公司 /ダイナコムウェア)―グッドデザイン賞
グローバル化するデジタル環境向けにデザインされたゴシック体フォント。審査では「複雑度の高いアジア地域の言語の美しさを維持しながら、同じフォントセットとしてまとめることは、これからのデジタル時代において大きな意義がある」と評価された。
メーカーサイトのイメージ動画が美しく、このフォントにかける意気込みが感じられる。
ディン・ネクスト(Monotype Imaging Inc.)―グッドデザイン・ロングライフデザイン賞
1930年代にドイツの工業規格のために作られた書体を、タイプディレクター 小林章氏の指揮で現代的なデザインに改良し、使用される領域が広がった。 2019年度の「ノイエ ・フルティガー」に続き、欧文フォントに光が当たった。
グッドデザイン賞の審査は、機能性のほか新規性、持続可能性なども考慮しているため、単に見栄えが良いだけでは評価されず、受賞のハードルが高い。ただし、審査委員は優れたデザインを選出するというよりも、審査委員自身が共感できるデザインを見出して後押しをしたいという思いで審査に臨んでいるという。大きな志を持って取り組めば誰にでも受賞のチャンスはある。
印刷会社はあらゆる業種を顧客に持ち、異分野の人々とつながりやすい。まずは顧客との繋がりを深め、仕事の幅を広げることから始めよう。小さな取り組みの連鎖が、やがては大きな価値を生むこともある。
印刷分野で今後も新たなグッドデザインが誕生することに期待する。
(JAGAT 研究調査部 石島 暁子)