「2019年度グッドデザイン賞に見る社会課題とデザイン(2)」に続き、2019年度グッドデザイン大賞のファイナリスト(大賞候補)のデザインを考察する。
ファイナリストはいずれも、グッドデザイン金賞を受賞している。
いわきの地域包括ケアigoku(いごく)
igoku編集部
死をタブー視しないコミュニティデザイン・プロジェクトである。
いわき市地域包括ケア推進課といわき市内の印刷会社の株式会社植田印刷所、デザイナーの協業で取り組まれている。
「地域包括ケアシステム」は、厚生労働省が掲げる「高齢者の尊厳の保持と自立生活の支援の目的のもとで、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができる」という目的のもとに構築されてきた。
厚生労働省の調査では、71.7%の人が人生の最期を自宅で過ごしたいと考えているが、実際に自宅で亡くなる人の割合は全国平均で12.8%、いわき市は11.6%であるという。
(フリーペーパー「igoku」vol.1より 出展:厚生労働省 在宅医療にかかる地域別データ集から引用)
圧倒的多数の人が死にたい場所で死ねないという現実がある。
いわき市役所地域包括ケア推進課では、この理由について第一に、死について考えることがタブー視されてきたこと、第二に、自宅で過ごせるサービスの存在が知られていないことにあると考えた。
地域住民が、日頃から人生の最期について意識するためには、どうしたらよいか。
よりよく死ぬことは、よりよく生きることでもある。
そこで、地域の人々が自分らしく生き生きと暮らせる環境づくりを目指し「igoku(いごく)」の取り組みが始まった。
「いごく」とは「動く」のいわき訛り。地域で誰かのために動いている人々の姿を伝えることで、地域を活性化させたいという願いを込めている。
取り組みは、フリーペーパー・Webポータルサイトなどによる情報発信と、体験型イベントの2本柱で進めている。
高齢者も若者も興味を持ってもらえるよう、楽しく面白くカッコよく伝えるをモットーに、企画内容やデザインにこだわっている。
情報発信では、認知症や生活習慣病などの難しいテーマや地域包括ケアの仕組みについて、図版や写真を交えて解説するほか、集会所や学校で行われる食・健康・学びなどのつどいを取り上げたり、地域の高齢者・さまざまな活動をしている人を登場させている。
▲2019年度グッドデザイン賞受賞展よりフリーペーパー「igoku」の紹介
イベントでは、生と死の祭典「いごくフェス」を開催している。実際に棺に入ることで改めて生を考える「入棺体験」、認知症の人が見える世界を実際に体験する「VR認知症体験」、65歳以上を対象にした「シニアポートレート撮影会」などを実施してきた。「いごくフェス2019」では、埼玉県立不動岡高校の生徒たちが研修旅行の一環でフェスに参加し、地元に帰ってから学園祭で「いごくフェス@ふどうおか」を開催したという。
なお、植田印刷所 代表取締役の渡邉陽一氏は、「いごく」プロジェクトのディレクターを務めており、同社はフリーペーパーを始めとする各種印刷物の制作を手掛けている。
グッドデザイン賞の審査会では「極めてユニークかつ前向きなこの取り組みは、全国に大きなインパクトと強烈なメッセージを与えることになるだろう。」と評されている。
他のファイナリストがいずれも名の知られた大企業である中、地方自治体の一部署が高い評価を受けたことは、全国の自治体職員を励ますものだ。
いわき市は、多くの地方自治体と同様に人口減、高齢化に直面している。深刻な状況ではあるが、市の職員自身が核となり、地域の有志と連携しながら、より良い地域社会へと道を切り開いていこうという姿勢が見える。
国の制度「地域包括ケアシステム」を自らの地域に合わせて解釈し、高齢者支援だけでなく地域活性につなげている点、借り物ではない独創的な企画を次々に編み出している点は、他の自治体も学ぶべきだろう。
高齢者の尊厳と自立の保証への道は険しい。家族の物理的・経済的負担、公的支援の体制など、課題は山積している。
これらは各自治体で一つ一つ、より良い方向を模索していくしかないが、そのためには、サービスを提供する側の自治体職員と、受ける側の地域住民がお互いに信頼関係を確立し、知恵を出し合うことが必要だ。
本件のような取り組みは、自治体と住民の距離を近づけ、価値観を共有することにつながるだろう。
自動運転バス 「GACHA」
株式会社良品計画
無印良品が全天候型の自動運転バスをデザインした。現在フィンランドで実験運行中である。
このプロジェクトは、自動運転技術の研究開発を行うフィンランドの企業 Sensible 4がソフトウェアを開発し、無印良品がデザイン面を担っている。ヘルシンキ周辺のエスポー、ヴァンター、ハメーンリンナの3都市からサポートを受け開発を進めている。
無印良品がプロジェクトに参加した理由は、「公共交通機関として開発」「全天候型が前提」という点に共感し、このプロジェクトが目指す少子高齢化・人口減少への課題解決が日本でも重要になると考えたからである。
個人所有の自動車には利用の格差があるのに対し、公共交通は誰もが平等に利用できるものである。特に厳しい気象条件でも走ることができる「GACHA」は、これまで十分な交通手段のなかった地域に恩恵をもたらす。完全自動運転のシステムは、高齢化社会におけるドライバー不足も解決する。
フィンランドは、法律上公道を走る乗り物に必ずしも運転手が乗車している必要がないことも、開発を後押しした。
一口に自動運転と言っても、自動ブレーキなど一部の機能に限るものから完全無人運転までさまざまな段階があり、一般的には、アメリカの非営利団体 SAE Internationalによる定義が採用されている。
参考:
SAE Webサイトより「Levels of Driving Automation(自動運転のレベル)」の解説
SAEの定義をもとにした、日本の国土交通省による「運転自動化レベルの定義」(PDF)
この定義によれば、自動運転の段階には、全く自動化しないレベル0から完全自動化のレベル5までがある。
「GACHA」は、限定された地域内で運転自動化システムが全ての操作を行うレベル4を実現している。レベル4の中でも全天候型に対応したものはまだ少ないが、気象条件の厳しいフィンランドで運行するには必須の技術であった。
デジタルマップとそれを正確にトレースしながら走る自動運転システムを搭載。通常のバスでは難しい小道での運行も可能。
将来的には、専用アプリで「GACHA」がいる場所を確認し、近づいたタイミングで乗り込むことができたり、固定ルートだけでなく、ユーザーのリクエストに応じた最適なルート設定なども想定しているという。
デザインのコンセプトは、トイカプセル「ガチャガチャ」である。
丸く愛らしいカプセルが人々を乗せて街をコロコロと走り回るという、ワクワクするような状況を思い浮かべながらデザインした。
前後左右がなく、シンプルで親しみやすい形が特徴だ。
シンプルな造形を実現するために、ヘッドライトとLED表示が一体となったベルト、曲面ガラスにディスプレイを挟んだ構造など、技術的なチャレンジを行った。
インテリアは、運転席がない広々とした空間を生かしてラウンド型のベンチシートを設置し、乗り合わせた人々の交流を活発化させる環境を整えた。
▲2019年度グッドデザイン賞受賞展より「GACHA」デザインのパネル展示
2019年3月8日に、プロトタイプをヘルシンキ近郊で一般公開した。
これ以降、エスポー、ヴァンター、ハメーンリンナで試乗が行なわれている。12月にヘルシンキで試乗が行われる予定である。
他の国からのオファーもあり、2021年に量産を考えている。
今後は、キオスクや図書館のような、さまざまなサービスを提供することも検討している。移動手段としてだけでなく、新しい地域コミュニティが生まれる場にすることを目指している。
富士フイルムと同様に、日本企業のリソースが海外において地域課題解決に役立っていることは嬉しい。
無印良品のデザインは、Sensible 4の設計思想を、人間味にあふれた造形で体現した。
あらゆる人に移動の自由を保障するとともに、さらに進んで、モビリティをコミュニティ創生の手段として再定義したデザインといえる。
こうして、大賞候補となったデザインを見ていくと、分野は違っても、公共に資するデザインを目指していること、企業の強みを自覚し、それをどう継承発展させるかを考えていること、他者との連携を通じて新たな可能性を開いていることなどの共通点が見出される。
大企業が社会的責任に基づいて取り組む一方、地方自治体からも、新しい挑戦が始まっていることを評価したい。
以上、グッドデザイン賞大賞ファイナリストにスポットを当ててきたが、ベスト100を始め、1420件それぞれが創意工夫にあふれたデザインである。
今後、受賞デザインから印刷に関わりの深いデザインにも言及したい。また、グッドデザイン・ロングライフデザイン賞についても触れたいと思う。
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2019年度グッドデザイン賞に見る社会課題とデザイン(1)
2019年度グッドデザイン賞に見る社会課題とデザイン(2)
(JAGAT 研究調査部 石島 暁子)