見る者の感情を動かす印刷表現

掲載日:2023年6月29日

印刷博物館 P&Pギャラリーで開催されている「グラフィックトライアル2023 ‒Feel‒」で展示されている、さまざまな印刷手法を駆使した実験の結果を紹介する。

凸版印刷は、クリエイターとプリンティングディレクター(以下、PD)が協力して印刷表現の実験を行う「グラフィックトライアル」を2006年から継続している。

17回目となる今回のテーマ「Feel」には、見る者の感情を動かす印刷表現を目指すという意図が込められている。

参加クリエイターは木住野彰悟氏、村上雅士氏、TELYUKA(石川晃之氏・石川友香氏のユニット)、島田真帆氏の4組。それぞれがテーマを解釈して作品のコンセプトを決め、PDとともに最適な表現を求めて印刷実験を繰り返した後、その成果を各5点のポスター作品に結実させた。

4月22日~7月9日まで印刷博物館 P&Pギャラリーで開催されている展覧会では、完成したポスターとともに、実験過程の印刷物も展示されている。

「グラフィックトライアル2023 ‒Feel‒」特設サイト 

以下、各組のトライアルの概要を紹介する。

木住野 彰悟 氏「再構築」

担当PD:三木 聖也 氏

木住野氏は、印刷物の魅力を素材から捉え直したいと考え、印刷やクリエイティブの現場から出る廃材で再生紙を作り、再生紙に持たれているダウンサイクルのイメージに対し、新しい素材へとアップグレードさせることに挑戦した。 トライアルで使用する再生紙の原料には、段ボールの廃材、紙製パッケージ製造の型抜き工程で出た抜きカス、裁ち落とされた印刷用紙のカラーバー部分、チップボールの型抜き後の抜きカス、製本の三方断裁工程で出る断ちクズと書道半紙クズの混合物の5種類を選び、それらの素材を生かした5種類の紙を試作した。

こうして作られた再生紙は、表面が平滑ではなく白色度も低い。そこでインクジェット印刷機を用いて白インクで下刷りした後、絵柄を4色で印刷した。

ポスターのモチーフは、再生紙の原料となった廃材である。配置やライティングに工夫を凝らして撮影した各廃材を紙面に大きく配置し、絵画を思わせる印象的なポスターとした。

木住野 彰悟 氏「再構築」

木住野彰悟氏「再構築」のポスター。絵柄のモチーフは再生紙の原料となった廃材。

村上 雅士 氏「透過と反射」

担当PD:冨永 志津 氏

村上氏は、見た人それぞれが新しい感覚を呼び覚ますようなものを目指し、ポスター単体で完結するのではなく、ポスター・展示場所・そして鑑賞者という三者の関係で成り立つ作品を構想した。

そのアイデアのヒントになったのは、工業製品の表面加工などに用いられるミラーインキである。これはスクリーン印刷用のインキで、アルミ粉末が含まれており、透明素材の裏面に印刷すると表面に当たった光が反射して鏡面のような効果が得られるものである。
このミラーインキで透明シートに絵柄を印刷し、絵柄以外の部分は透明シートの地を残すことで、鏡面でできた絵柄・そこに映り込む鑑賞者・作品の向こう側にある景色という三種類の像が同時に見えるポスターを制作した。

完成した5点のポスターはいずれも、展示場所や鑑賞者の立ち位置によって見え方が変わるところに面白さがある。

村上 雅士 氏「透過と反射」

村上雅士氏「透過と反射」のポスター。紙面いっぱいに配置された図形は、五感を示す「視・聴・味・嗅・触」の漢字を大胆にアレンジしたもの。

TELYUKA「空間のはざま_写し世」

担当PD:長谷川 太二郎 氏

CG制作ユニットのTELYUKAは、2015年に3DCGによるヴァーチャル高校生「Saya」を発表し、好感の持てる自然な表情や仕草が話題となった。

今回のトライアルでは「Saya」がコンピューターの世界から現実世界に飛び出してきたという設定で5つの物語を作り、それぞれ5点のポスターで表現した。

物語1「天岩戸」で「Saya」は現実世界への一歩を踏み出す。蛍光色を含む8色のインキとグロスニスを用いた。
物語2「空蝉」では、現実世界のもろさ・はかなさを知る。和紙の一種である極薄の典具貼紙(てんぐじょうし)にインクジェットで印刷した。
物語3「回廊遊戯」では、3次元の現実世界で光と影の変化を知る。絵柄を印刷した紙と厚みのある色紙を貼り合わせて合紙を作成し、抜き加工を施して、パズルとして遊べるポスターを制作した。
物語4「二人静」では、もう一人の自分と出会う。オフセット印刷で銀インキを刷り、その上にプロセスインキを薄めた淡色インキと白インキで印刷した。
物語5「面」では、さまざまな体験によって感情を育んだ「Saya」が一筋の涙を流す。黒の上質紙にオフセット印刷で銀・白のネガ版を刷って、暗闇に絵柄が浮かび上がる効果を狙った。

TELYUKA「空間のはざま_写し世」

TELYUKA「空間のはざま_写し世」のポスター。左から「天岩戸」「空蝉」「回廊遊戯」「二人静」「面」。

島田 真帆 氏「風光」

担当PD:田中 一也 氏

島田氏は、四季それぞれの魅力を表現することで見る人の気持ちを穏やかなものにしたいと考えた。 完成した5枚のポスターは「初春」「春」「夏」「秋」「冬」の五つの季節をイメージしている。

「初春」は夜明けの空の雲とかすみゆく天の川を表現。オフセット印刷で4色と白と銀のインキを刷り、その上から偏光パールインキを用いたスクリーン印刷で、見る角度によって色が変化する効果を与えて光の移ろいを表現した。
「春」は桜吹雪を表現。プロセスインキに白インキを刷り重ねる効果を試した。
「夏」は雨と入道雲を表現。色紙にさまざまな階調で白インキを刷り重ねた。
「秋」は月と羊雲を表現。薄紙に両面印刷することで色彩の変化や深みを表現した。
「冬」は雪解けを待つ春の野草を表現。フルカラーの写真を4色分解し、各版を全て銀インキで刷ることで生まれる効果を試した。

島田 真帆 氏「風光」

島田真帆氏「風光」のポスター。右から順に「初春」「春」「夏」「秋」「冬」。


今回のトライアルには、環境問題やCGの活用などの現代の課題を「Feel」というテーマと結びつけて可視化したものが見られ、グラフィックトライアルが印刷実験にとどまらず、印刷と社会との関係を模索するという性質を強めているように感じた。表現手法にも、RGBの色域の再現や五感に訴える表現などの進化が見られる。

今後もさまざまな分野のクリエイターを起用して、印刷の可能性を多角的に追求してほしい。

(JAGAT 研究調査部 石島 暁子)

会員誌『JAGAT info』 2023年6月号より抜粋

グラフィックトライアル2023 ‒Feel‒

会期:2023年4月22日(土)~7月9日(日)
会場:印刷博物館 P&Pギャラリー
会館時間:10:00~18:00
休館日:毎週月曜日
入場料:無料 ※印刷博物館展示室に入場の際は入場料が必要
主催:凸版印刷株式会社 印刷博物館
企画:凸版印刷株式会社 トッパンアイデアセンター
後援:公益社団法人日本グラフィックデザイン協会(JAGDA)

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