印刷技術を拡張し、新たな表現を追求する

掲載日:2024年7月18日

印刷博物館 P&Pギャラリーで開催された「GRAPHIC TRIAL 2024 –あそび–」を通じて、印刷表現の魅力と可能性を探る。

TOPPANグループは、クリエイターとプリンティングディレクター(以下、PD)が協力して印刷表現の実験を行う「GRAPHIC TRIAL」を2006年から継続しており、その成果であるポスター作品の展覧会が国内外の注目を集めてきた。

今回で18回目となる「GRAPHIC TRIAL 2024 –あそび–」では、型にはまらない自由な発想によって新たな印刷表現を生み出すことを目指し、全体のテーマを「あそび」とした。参加クリエイターは日比野克彦、岡崎智弘、津田淳子×大島依提亜、生島大輔の各氏計4組で、それぞれがテーマを解釈して作品のコンセプトを決め、PDと一緒に最適な表現を求めて印刷実験を繰り返した後、その成果を5点ずつポスター作品に結実させた。

4月27日~7月7日まで印刷博物館 P&Pギャラリーで開催された展覧会では、完成したポスターとともに、実験過程の印刷物も展示された。以下では、各組のトライアルを紹介する。

日比野 克彦「Jours et nuits passés avec M. Redon(ルドンさんと過ごした昼と夜)」

●担当PD:長谷川 太二郎

日比野氏は2023年からVRペインティングの実験を続けている。この手法はVRゴーグルを装着して仮想空間上でアート作品を作るもので、画材の種類や作品サイズの制約がないのがメリットだが、完成した作品は仮想空間でしか鑑賞できない。そこで、これを印刷物へと変換することに挑戦した。

自身が館長を務める岐阜県美術館が今秋に開催するオディロン・ルドンの回顧展と連動し、ルドンの壁画「昼」「夜」「沈黙」が保存されているフォンフォロワド修道院図書室(フランス)を訪ね、壁画から受けた印象を描いた。大胆な解釈と自由奔放なタッチが魅力である。この部屋は作品保護のため画材を持ち込めなかったことから、VRペインティングは有効な手段であった。そして印刷用データに変換する際、低解像度のオリジナル画像のスムーズな拡大やノイズ低減などを試みた。また、絵の具のようなタッチを表現するために、油性オフセットインキとグロスニスを使用した。

日比野 克彦「Jours et nuits passés avec M. Redon(ルドンさんと過ごした昼と夜)」

①「昼と夜をつなぐ地上絵」、②「昼⇄夜を泳ぐ」、③「昼と夜をつなぐ天井画」、④「昼と夜を行き交う時間/noir et blanc」、⑤「昼と夜を行き交う時間/bleu et jaune」。裏面には表面の色調を反転させた絵柄を印刷した。会場では作品を天井から吊るし、奥に鏡を設置することで、裏面も鑑賞できるようにしている。

VRペインティングによる制作風景

VRペインティングによる制作風景

岡崎 智弘「Anima in Printing Technology」

●担当PD:山口 理一

ポスターに記録媒体としての機能を持たせることに挑戦した。紙面を細かく分割し、その一コマ一コマに印刷実験の要素を配置していった。印刷実験の対象はインキが重なった時の見え方、箔押しや厚盛りニスなどの表面加工、オフセット印刷の網点の線数や角度の変化による見え方の違いなどである。また、同じ絵柄で用紙を変えて印刷する実験も行った。

さらに、これらのポスターの各コマを撮影し、その画像をつなげて制作されたアニメーション作品も会場にて上映された。
印刷の仕組みと素材の面白さを再発見することができるユニークなトライアルである。

岡崎 智弘「Anima in Printing Technology」

①②はプロセスインキの重なりや銀インキの隠蔽力の実験。同じ絵柄を①は塗工紙、②は非塗工紙に印刷した。③④は箔押しや厚盛りニスなどの表面加工の実験。同じ加工を③は白い紙、④は黒い紙に施した。⑤線数と網角の変化による見え方の違いを示した。

アニメーション作品

作品⑤の絵柄をコマ撮りしたアニメーション作品

津田 淳子×大島 依提亜「Play」

●担当PD:田中 一也

オフセット印刷でいかにスクリーン印刷に近い表現ができるかに挑戦した。さまざまな色の用紙を5種類選び、その上にインキを重ねて紙地を隠蔽するとともに、部分的に紙地を残し、紙面のどこが印刷でどこが紙地なのかを考えながら見てもらうようにした。オフセットインキはスクリーンインキよりも皮膜が薄いが、比較的隠蔽力の強いUVインキを採用して、銀と白の刷り重ねで紙地を隠蔽した。

ポスターのデザインは「すなばあそび」「おばけごっこ」「つみきあそび」など、子供の頃に親しんだ遊びを題材とするイラストで構成されており、楽しさと懐かしさを感じさせる。5枚それぞれの表裏に違う絵柄を印刷し、合計10種類の作品を制作した。

津田淳子×大島依提亜「Play」

ポスターの表面。モチーフは①すなばあそび、②おばけごっこ、③ふうせんあそび、④つみきあそび、⑤のぞきあな。それぞれの裏面には違う遊びの情景が描かれている。会場では作品を天井から吊るして展示し、作品の両面を鑑賞できるようにしている。

インキによる紙地の隠蔽力の比較

油性オフセットの白インキ(左)とUVオフセットの白インキ(右)による紙地の隠蔽力の比較。

生島 大輔「Let’s 業」

●担当PD:横田 信一郎

人の心の状態を一目で分かる形で表すために、感情の記号化を試みた。落ち込んだり前向きになったりというさまざまな心の動きを、矢印に足が生えたキャラクター「矢印君」で擬人化し、ユーモラスに表現した。沈んだ心を表現するに当たってはフロッキー加工を利用した。

通常は印刷物の表面を均一に覆う加工法であるが、今回は心の葛藤を表すために階調表現を試みた。植毛の際に電圧の高さとパイルの長さを変えることでパイルが密生している部分とまばらな部分を作り、紙面の調子に変化を出した。一方で前向きな心の表現では、プロセスインキに蛍光インキを混入するなどして鮮やかな色合いに仕上げた。

生島大輔「Let’s 業」

矢印君が心の状態に合わせてさまざまなポーズを取っている。①プロセスイエローと蛍光イエローを配合した特色インキで鮮やかな黄色を表現。②プロセス4色と特色銀・金インキを使用。③④オフセット印刷の上からフロッキー加工。⑤プロセスマゼンタと蛍光ピンクを配合した特色インキで鮮やかなピンクを表現。

植毛実験

電圧の高さとパイルの長さを変えて植毛する実験


今回のトライアルでは、デジタルメディアとの連動による印刷の拡張の試みや、既存の印刷・加工技術を応用した新しい表現への挑戦もあった。これらの実験は印刷会社やクリエイターに対し、価値ある印刷物を生み出すためのヒントを提供している。今後もさまざまな分野のクリエイターを起用して、印刷の可能性を多角的に追求してほしい。

GRAPHIC TRIAL 2024 –あそび–
2024年4月27日(土) ~ 7月7日(日)
会場:印刷博物館 P&Pギャラリー
展覧会特設ウェブサイト 

(JAGAT 石島 暁子)

会員誌『JAGAT info』 2024年6月号より一部改稿

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