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これまで何度か印刷会社の公益性の高さについて述べ、社会起業家としてのミッションを担いうるポジションにいることに言及してきた。また、管理からマネジメントへの転換、メディア産業のコストセンターからプロフィットセンターへの転換ということにも言及してきた。
これらの要件を含み込みながら、実現していくビジネスの姿をより具体化させる一つのヒントとして、これも度々言及してきた「マーケットアウト」という概念が意味を持つのではないかと考えている。そこで今回は、より詳しくその概念を説き明かしてゆきたい。
2007年の経営シンポジウムでご講演いただいた西武文理大学教授・小山周三氏は、著書『サービス経営戦略』(NTT出版、05)の中で「わざわざ買い手を探すのではなく、ドラッカーが言うように「販売を不要にしてしまうような需要創造・顧客創造」という状況を作り出すのがマーケティングの究極の姿である。そのためのマーケティングの革新に企業は努力しなければならない」として、プロダクトアウト、マーケットインの先にあるものとしてこのマーケットアウトについて論じている。
「マーケットアウト」は、当時、金型部品商社であったミスミの創業者・田口弘氏が生み出した概念で、あるインタビューで田口氏は、マーケットアウトの概念創出について、自身を大声で部下を指導するタイプではないとした上で、「私は経営理論を徹底的に追及することで、明確なロジックによって組織を動かす独自のスタイルを確立しました。ドラッカーなどを研究し、徹底的に顧客視点に立ち事業を行ってきました。その結果として「マーケットアウト」といったビジネス手法を生み出しました」と述べている。
プロダクトアウトとは、生産ありきの発想で、まずものを作り、その作ったものをどう売るかを考えることからビジネスをスタートさせる手法であり、プロダクトアウトしたものをマーケットインするという流れとなる。そして近年よく言われるようになった「プロダクトアウトではなく、マーケットインを」という掛け声も、市場ニーズを的確にキャッチするマーケティングを施し、プロダクトアウトしなさい、ということであり、それは同じモデルの発想なのである。一方で、マーケットアウトとは、それとは発想がまったく異なり、顧客の側に完全に立ち、その顧客の要望にそったものを調達、あるいはプロダクトインするのである。
このことをより動的に理解するためには、ミスミの位置していた「代理店」の立場で考えるのがよい。プロダクトアウトは「販売代理」型で、メーカーに代わって顧客にモノを売る代理店として、メーカーに対して商品を売り切る責任を負うことになるため、顧客の望みよりメーカー都合が優先され、営業に重きをおく企業構造ができ上がってしまう。それに対してマーケットアウトは「購買代理」型で、顧客に代わって購買・調達するために、顧客に対して購買責任を負うことになる一方で、顧客の利益が自社の利益に直結するため、顧客がより適切な判断ができるよう育成に努める構造に企業が変わる。
当時のミスミの主要顧客は金型製造業者と設計者であり、金型はユーザーごとに求める規格が異なっていたが、彼らは少数の限られた規格から選び取るか、自作あるいは特注品を発注する以外に調達方法がなく、業界内には「柔軟に低価格で調達できないものか」というニーズが大きくあったという。しかも営業販売、価格体系などがユーザーに不利益な慣行に支配されていたという。それを解決するために生み出されたのが「マーケットアウト」の手法である。マーケットアウトへと転換することで、商品規格の標準化、カスタマイズの柔軟な対応、小ロット販売、定価販売と価格の適正化、高質のカタログ通販導入と営業の属人性排除、受発注の簡便化を実現したのである。さらに、購買代理店として、顧客に対して購買責任を負うことになり、その責任を全うするため、開発保証・供給保証・納期保証・適正価格保証という商慣習の標準化も行った。さらに、顧客利益の最大化をはかるため、中核資源のみを自社で保有し、それ以外については外部に委ねる「持たざる経営」も採用した。
プロダクトアウトの流れで提供された商品・サービスは、ユーザーにとってはできるだけ安価に収めたいとするコストの対象であったが、マーケットアウトの流れで調達された商品・サービスは、ユーザーにとって価値そのものになるのである。
前者が必要を外的に植え付けられ、その後で対価が示されたのに対して、後者はその対価を含めて必要が内発的に生じていた、ということである。だからプロダクトアウトでは、自社の商品・サービスの営業のためには情報を選んで提供し、ユーザーが賢くなりすぎないように努めたが、マーケテットアウトでは、ユーザーが商品・サービス自体の知識や購入判断基準をもってもらうことが利益を高めることになり、そのための情報提供を行い、ユーザーを賢くしていくように努める。
「需要」を生み出すユーザーが「賢く」「自覚的な」存在になること、それこそがマーケットの拡大に結びつくのであり、競争と競合の原理から脱け出る他にはない途でもある。受注産業、装置産業としてのノウハウを蓄積してきた印刷会社にあって、この「マーケットアウト」というビジネス手法の導入研究は、真剣に向き合ってみる価値が充分あるものと考える。
印刷業界の課題や業界慣習も見えている。しかし、マーケットアウトの手法を印刷ビジネスに取り込んだ事例はまだ聞こえてきていない。